逆転の咆哮
絶対的優位の崩壊
東シナ海の空は、アメリカ海軍第58任務部隊(TF58)が放った艦載機の爆音で埋め尽くされていた。旗艦バンカー・ヒルの艦橋横、いつもの特等席に座ったマーク・ミッチャー中将は、長いひさしの野球帽を深く被り、水平線の先を見つめていた。
「『大和』を仕留めれば、帝国の息の根は止まる」
参謀長アーレイ・バーク大佐の言葉に、ミッチャーは無言で頷いた。第1任務群(TG 58.1)のホーネットやベニントンから発進した第一次攻撃隊は、すでに獲物を捉え、一方的な屠殺を開始しているはずだった。
だが、無電がその確信を切り裂いた。
『緊急! 我、敵機動部隊の伏撃を受けり! 攻撃隊、壊滅中!』
「何だと……?」
バークが絶句する。レーダーが、北東から急速に接近する巨大な機影の群れを捉えた。それは「大和」を囮として南下してきた、日本海軍が秘匿し続けた最後にして最大の機動部隊か?。
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「全機、突撃!」
雲を切り裂いて現れたのは、地獄の使者たちだった。
大和へ向かった米軍攻撃隊は、突如背後から現れた日本軍の精鋭部隊によって、爆弾を抱えたまま次々と海へと叩きつけられた。空の主導権は、一瞬にして日本軍へと転じたのである。
機動部隊司令官の号令とともに、蒼穹を埋め尽くした「烈風改」の群れが、獲物を狙うハヤブサのごとく急降下を開始した。 それまで大和をなぶり殺しにしていた米軍のF6Fヘルキャットが、次々と火を噴き、黒煙を引いて海面へ叩きつけられていく。烈風改の圧倒的な速度と旋回性能の前に、米軍パイロットたちは無線で悲鳴を上げた。
「ジャップの新型機だ! 速すぎる、背後を取れな……ッ!」
その悲鳴すら、烈風改の20ミリ機銃が切り裂く。 上空の制空権が瞬く間に塗り替えられる中、海面低く、死神の如き低空飛行で接近する一団があった。
艦上攻撃機「流星改」――。 魚雷を搭載可能であると共に、爆弾で急降下爆撃すらこなす「万能の魔鳥」が、米軍第58任務部隊の目鼻の先にまで肉薄していた。
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米艦隊の壊滅
第58任務部隊は沖縄本島の東方から南東海域の200キロ先に位置していた。アメリカ海軍空母「バンカー・ヒル」の艦橋では、マーク・ミッチャー提督が絶句していた。 レーダーは「あり得ない数」の反応で埋め尽くされ、目視できる距離には、すでに雷跡を引いた流星の群れが迫っている。
「迎撃しろ! 対空砲火、全門撃て!」
「敵機、急降下! 10、20……数え切れません!」
TG 58.3の対空砲火が火を噴くが、低空で肉薄する日本軍の雷撃機群は、これまでの特攻とは一線を画す練度を見せていた。
時空を超えて現れた機動部隊の「流星改」は、熟練の極致にあった。 また新型の金星七一型エンジンを搭載し対空砲火の網を、それぞれの流星改が蝶が舞うような身のこなしで潜り抜け、次々と魚雷を解き放つ。
まず、軽空母「バターン」が捕まった。二発の魚雷がその脇腹を食い破り、火薬庫が誘爆。噴き上がる火柱が、南の海を赤く染めた。続いて軽空母「カボット」が、流星改の爆撃攻撃機の急降下爆撃の直撃を受けて艦橋が崩壊、航行不能となったところへ魚雷の追撃を受け、あっけなく転覆していった。
「放てッ!」
重厚な衝撃音が海に響く。バンカー・ヒルの右舷に三本、左舷に二本の魚雷が吸い込まれた。 巨大な水柱が甲板を突き破り、一撃でその航行能力を奪う。さらに、爆撃機隊の攻撃を受ける。
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旗艦バンカー・ヒルの最期
「提督、退艦を!」
バークの声も、爆発音にかき消された。
ミッチャーの眼前で、自らの座乗艦バンカー・ヒルの飛行甲板がめくれ上がった。日本軍の「流星改」が放った爆弾が中央部に直撃し、格納庫内で補給中だった機体が連鎖爆発を起こしたのだ。
ミッチャーは立ち上がらなかった。彼は、自分が愛した「空母」が、日本軍の一撃によって終わりを告げようとしていることを悟っていた。
「バーク、クラークとラドフォードに伝えろ。……沖縄へ引け。これ以上の出血は、無意味だ」
バンカー・ヒルは大きく傾斜し、黒煙がミッチャーの姿を覆い隠した。
かつてマリアナで「灯りを点けろ」と命じ、部下を救った不屈の提督は、燃え盛る旗艦と共に、東シナ海の深い底へとその伝説を沈めていった。
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血塗られた退却
「全艦、取舵! 全速! 沖縄へ退避せよ!」
TG 58.1のジョセフ・J・クラーク少将は、燃えるTG 58.3を視界の端に捉えながら、血を吐く思いで命じた。
正規空母ホーネット、ベニントンを擁する第1任務群、そしてヨークタウン、イントレピッドを擁する第4任務群(ラドフォード少将指揮)は、傷ついた艦を置き去りにする苦渋の決断を下し、沖縄本島付近に展開する第5艦隊主力の防空圏内へと逃げ込んだ。
空の要塞と呼ばれた第58任務部隊が、これほどまでの敗北を喫したことはなかった。
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やがて、水平線の向こうに巨大な爆発の光がいくつも上がり、やがて静寂が訪れた。 第58任務部隊は、第3任務群 (TG 58.3)の司令官のマーク・ミッチャー中将の乗る旗艦バンカー・ヒルと空母のほとんどを喪失。その他の任務群の艦艇も、艦載機を失い、散り散りになって敗走を始めていた。
大和の上空を、任務を終えた一機の「烈風改」が低空でパスしていく。 パイロットが風防越しに親指を立てるのが見えた。
大和の甲板では、血と油にまみれた水兵たちが、互いの肩を抱き合い、あるいはその場に泣き崩れながら、空に向かって精一杯に手を振って「ありがとう」と叫んでいた。
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夕闇が迫る海域に、「大和」が静かに存在していた。
傷つきながらも、その巨体は健在だった。そして、生き残った護衛艦、初霜、雪風 傷ついた冬月、涼月。周囲を護衛するのは、《帰還艦隊》空母機動部隊。
この日、坊ノ岬沖は「最後の日本艦隊の墓場」ではなくなった。沖縄の運命は、そしてこの戦争の結末は、再び動きだす。




