5 将星たちの落日:泥濘と火の海を越えて 4
1975年、ニューギニア島――かつて人々が「ホーランディア」と呼んだその沿岸の街は、三十年の歳月を経て、柔らかな潮風と熱帯の静けさの中に包まれていた。
かつて、この空と大地と海を揺るがした「大戦」があった。
肌の白い兵隊と、肌の黄色い兵隊。異国の地からやってきた者たちが、この緑豊かな島を凄惨な殺戮の舞台へと変えた時代である。
空では百を超える鉄の鳥が入り乱れ、黒煙と爆音を撒き散らしながら墜落していった。大地では無数の兵士たちが銃と銃剣、手榴弾を握りしめ、泥と血に塗れて命を奪い合った。鉄の履帯を鳴らす機甲部隊が密林をなぎ払い、巨大な大砲の猛砲撃が木々とともに人々の肉体を吹き飛ばした。そして眼前のアウフス湾(フンボルト湾)では、巨大な巡洋艦が火花を散らして大砲を打ち合い、駆逐艦が白い航跡を引いて迫り、射出された魚雷が漆黒の海を貫いた。
いまもなお、その静かな湾底の闇には、撃沈された幾多の艦艇が「鉄の墓標」となって静かに眠り続けている。
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だが、1975年のホーランディアの砂浜には、ただ穏やかな夕暮れが訪れていた。
太陽が太平洋の彼方へと落ちると、空は茜色から深い藍色へと溶け込み、やがて見上げた視界のすべてを埋め尽くすほどの巨大な天の川が、天頂高く横たわった。降るような星々の群れが、夜空のキャンバスに銀色の砂を撒き散らしたかのように輝いている。
周囲を覆うのは、満ち足りた静寂。
ただ、寄せては返す夜の潮騒だけが、太古からのリズムを刻んで規則正しく響いていた。
波打ち際では、一日の仕事を終えた地元の若者たちが集い、車座になって語り合っている。談笑する男女のさざめく声援、柔らかな歌声、時折こぼれる甘やかな笑い声。
誰かが裸足のまま浅瀬へと歩みを進める。
その足粒が海水を揺らすたび、砂底に潜むウミホタルたちが刺激を受けて、一斉に妖しくも美しい青白の光を放った。引き波が残す湿った砂浜の上では、無数の夜光虫たちが波の余韻に揺らされ、まるで海の中に散りばめられた星屑のように青く明滅している。
若者たちの瞳を覗き込めば、そこには天に煌めく悠久の銀河と、足元で蠢く生命の青い光線が重なり合い、世界中のあらゆる命を優しく包み込むような絶景が映り込んでいた。
過酷な歴史の傷痕を抱えながらも、この地で生き続けてきたトバティ族やエングロス族の人々。彼らは空の下で自らの古き良き伝統と文化を大切に守り抜き、自然とともに穏やかな日常を紡いでいた。かつて地獄の戦場となったこの土地は、今や彼らにとって、愛しき暮らしと生命が息づく大切な故郷にほかならなかった。
少し離れた深いジャングルの中へと足を踏み入れれば、そこには今も、緑の蔦に絡まり、苔に覆われて赤さびた戦車の残骸が佇んでいる。木々の隙間に首を突っ込んだ撃墜機、泥に埋もれた大砲の砲身、穴の開いた鉄帽――。
かつて人間が殺戮のために持ち込んだ凄惨な爪痕さえも、熱帯の豊かな自然は呑み込み、静かに風化させていく。そこにもまた、人間の愚行を優しく許すかのような平和な静寂が漂い、樹木の破れ目から覗く頭上には、ただ等しく巨大な天の川が広がっていた。
かつて争い、命を散らしていった兵士たちが夢見ても届かなかったもの。
いま、ここには、人が人を愛し、家族を思い、夜の訪れを静かに喜ぶという、あたりまえの夜がある。
命が与えられたことの感謝に満ちた、あまりにも当たり前で、あまりにも素晴らしい夜が、この世界をどこまでも深く、温かく満たしていた。




