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待たせたな!  作者: 僧籍
外伝1 南方戦線に取り残された同胞の救出を誓う

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カリマンタン島大空戦 2

1945年7月20日。赤道直下の太陽が、高度13,100メートル――空気が薄く、空が紫がかった黒色に変色する「成層圏の入り口」を照らし出していた。


そこは、通常のプロペラ機にとっては死の領域だ。しかし、豪州最高のエース、クライブ・コールドウェル大佐が率いる第80戦闘機航空団のスピットファイア Mk.VIII隊にとって、そこは「絶対的な狩場」だ。



1945年7月、高度1万メートル。

成層圏に近いこの高空では、太陽の光さえも刺すように冷たく、コックピットの風防の外側には薄い氷の結晶が這い始めていました。


クライヴ・コールドウェル中佐は、顔に食い込む高圧酸素マスクの奥で、荒い呼吸を繰り返しました。彼の駆るスピットファイア Mk.VIIIは、過給機が空気を圧縮させ、希薄な空気を強引にエンジンのシリンダーへ送り込んでいた。


スピットファイアの守護

「こちらコールドウェル。各機、酸素圧を確認せよ。眼下のB-24を見ろ。我らが守護する『破壊槌』だ。日本の油田基地を叩き潰すぞ!」


無線から流れるコールドウェルの声は、酸素マスク越しに籠もり、金属的な響きを帯びていました。機体の両翼の下には、通常の倍近い容量を持つ巨大な増槽(外部燃料タンク)がぶら下がっている。


そのさらに数千メートル下方。

第82爆撃航空団のB-24リベレーターが、銀色の鱗を並べた巨大な龍のように、整然とした編隊を組んで雲海を割っていた。その腹の中に詰め込まれた数トンの爆薬は、カリマンタンの心臓部――ブルネイとバリクパパンとタラカン島を灰燼に帰すためのものだ。


絶望的な計算:片道の翼

コールドウェルは、計器盤の端に貼られた手書きのメモに目を落としました。

そこには「Return Point: NONE(帰還点:なし)」という、冷酷な文字が記されている。


今回出撃するオーストラリア空軍の機体でスピットファイアだけがどうやっても帰還できなかった。

スピットファイアの航続距離は、増槽を使い切っても最大1,500km。モロタイ島を出発し、カリマンタンで戦闘を行えば、基地へ戻るためのガソリンは一滴も残らない。


(……済まないな、相棒)


彼は愛機の操縦桿を軽く叩いた。

作戦計画では、爆撃終了後、全機は可能な限り南下。オーストラリア海軍の巡洋艦隊が待機する公海上で不時着水し、救助を待つことになっていた。それは、世界第4位の空軍が、その「財産」を文字通り海へ投げ捨てる、狂気じみた消耗戦だった。


****


1945年7月の状況において、オーストラリア軍(オーストラリア空軍および陸軍第1軍団)が自力でカリマンタン島に近いスラウェシ島のケンダリ、マカッサル、メナドを占領することは、軍事的に「極めて困難であり、事実上の自殺行為」だった。


その理由を、当時の兵力バランスと地理的制約から解説する。


兵力差と「地獄の要塞」

スラウェシ島は日本海軍の拠点であり、特にケンダリは「東インド諸島最強の航空基地」として要塞化されていた。


日本軍の守備力: スラウェシ島には、海軍の第二南遣艦隊兵力や陸軍の第57旅団など、数万単位の精鋭が「自給自足」の体制を整えて待ち構えていた。彼らはフィリピンでの敗北を教訓に、洞窟陣地や対空砲火を徹底的に強化していた。


オーストラリア軍の制約: 陸軍(モースヘッド中将の第1軍団)を上陸させるには、大量の輸送船団を必要とします。しかし、フィリピンを失い、日本軍の「新・連合艦隊」がカリマンタン周辺を遊弋ゆうよくしている現在、護衛のない輸送船団は上陸前に海上に沈められる可能性が極めて高い。


補給線の不在(ロジスティクスの断絶)


占領は「奪って終わり」ではない。


もしメナドを占領できたとしても、そこへ燃料、弾薬、食料を運び続ける「補給線」が日本海軍(新・連合艦隊)によって遮断される。


占領した翌日には、カリマンタンから飛来する日本軍の爆撃機によって、滑走路は蜂の巣にされ、孤立したオーストラリア軍は「第2のガダルカナル」のような飢餓地獄に陥る。


・あらゆる方策を探る、ボストック司令官

メルボルンの作戦会議室。ボストック少将は、震える指でスラウェシ島の「ケンダリ」を指差しました。


「元帥、ここだ。ケンダリを奪えば、我々のスピットファイアはカリマンタンへ往復できる。燃料の心配も不時着の恐怖も消える。……オーストラリア空軍の総力を挙げて、ここに空挺部隊を叩き込むべきだ!」


オーストラリア軍総司令官、トーマス・ブレイミー元帥は、氷のような冷ややかな視線でボストックを見据えた。


「ボストック、君は空からの地図しか見ていないようだな。陸軍の視点から言わせてもらえば、それは『集団自決』の別名だ。メナドやケンダリに兵を降ろしたとして、誰が彼らに飯を食わせる? 日本軍の潜水艦と新鋭艦隊がひしめく海域を、丸腰の輸送船で横切れと言うのか?」


ブレイミーは地図を乱暴に畳みました。


「アメリカという補給の巨人を失った今の我々に、そんな贅沢な兵遊びに回す『命』は一分いちぶたりとも残っていない。占領は不可能だ。我々は今ある手札――モロタイからの限界飛行で、日本軍の喉元を突くしかないのだ」


「くそ、スピットファイア隊だけは、いくら増槽タンクつけても、基地には帰れない、すまない・・・」


****


「ジャップの戦闘機が来ても、この高度までは上がってこれまい。窒息する前に、我々が上から叩き落としてやる」


コールドウェルは不敵に笑いました。

彼の知る日本軍の機体――零戦や隼は、高度1万メートルを超えればエンジンの馬力がガタ落ちし、機動性を失う「瀕死の鳥」に過ぎませんでした。酸素不足でふらつく敵を、上空から一撃で仕留める。それが、唯一の生存戦略でした。


しかし、そのとき。

水平線の向こう、ブルネイの遥かに高い上空から、多数の編隊が、B-24の編隊の正面へ迫ってくるのが見えた。


****


戦闘機がどんどん、接近してくる。


「……12時方向、敵機を目視で確認、ジークと違う」


「ジークなら、この高高度ではエンジン出力が低下し息が持たないはずだが、、、全機、注意せよ!」


威容を放ち、威圧感をもって接近してくる機体は、かつての零戦とは明らかに異なる巨体を持つ「怪物」だ。タラカン島沖に展開する空母『翔鶴』から発艦した、最新鋭戦闘機『烈風改』。


その巨大な翼は、極薄の空気の中でも十分な揚力を生み出し、排気タービン過給機を備えた大出力エンジンが、成層圏の冷気を力強い咆哮に変えていた。


****


「ジャップのB-24への攻撃を阻止しろ!ドロップ・タンクス! 旋回するな、一撃離脱だ!」


コールドウェルの叫びと同時に、スピットファイア隊は一斉に燃料タンクを投棄。身軽になった「鉄火娘」たちが、突き上げてくる日本機を迎え撃つべく機首を下げた。


しかし、烈風改の加速はコールドウェルの計算を遥かに凌駕していた。


「 スピットファイアかちょうどいい、オーストラリア空軍の伝説を一つ終わらせてやる、全機、我に続け!」


烈風改の操縦桿を握る『翔鶴』飛行隊のエースが、照準器の中にスピットファイアの美しい曲線美を捉えた。


烈風改の翼内に備えられた4門の20mm機銃が、火を噴いた。薄い空気の中、曳光弾が真っ直ぐな光の針となってスピットファイアの陣形を貫く。


****


コールドウェルは、強烈なGに耐えながら操縦桿を引き絞り、烈風改の射線をかわした。しかし、その眼下では、部下のスピットファイアが一撃で空中分解し、破片となって暗い空に散っていくのが見えた。


「あんなジャップの機体、聞いたことがない! 旋回性能、上昇力、火力……すべてが互角以上だ!」


コールドウェルは戦慄した。これまで出会った日本兵は、「歴戦の操縦士、または練度不足の操縦士」だった。しかし今、目の前にいる連中は、それらの操縦士の動きとは違っていた。


高度13,100メートル。


「散れ! 旋回で引き込め!」


コールドウェルの怒号が飛ぶ。

スピットファイアは翼を翻し、得意の旋回戦に持ち込もうとする。しかし、烈風改はそれを許さない。

自動空戦フラップが作動し、大柄な機体が予想だにしない半径でスピットファイアの背後を捉えた。


「馬鹿な……あの巨体で、スピットより回るのか!?」


烈風改の飛行隊のエースは、冷徹に照準環の中央に敵影を据えた。


「墜ちろ」


親指が発射ボタンを押し込む。


主翼に装備された20ミリ機銃が火を噴いた。

それは「射撃」というより「粉砕」だった。

20ミリ弾の一撃を受けたスピットファイアの左翼が、まるで紙細工のように根本から消し飛ばされる。発火する間もなく、豪州軍の誇りはバラバラの破片となって虚空に散った。


空戦はわずか数分で一方的な「殲滅戦」へと変貌した。

スピットファイアの7.7ミリや20ミリ機銃が烈風改の防弾装甲に弾かれるのを尻目に、烈風改は圧倒的な上昇力で再び高度を稼ぎ、一撃離脱で確実に敵機を仕留めていく。


「怪物め……! 日本にこんな力があったというのか!」


****


高度13,100メートル。

紫がかった黒い空の下、オーストラリアの空の王者クライブ・コールドウェル大佐は、人生で初めて「獲物」から「標的」へと転落した屈辱を味わっていた。


コールドウェルの駆るスピットファイア Mk.VIIIが、高度一万三千の薄い空気を切り裂いて急旋回を見せる。しかし、背後に食らいついた烈風改は、その巨大な翼で薄い揚力を強引に掴み取り、まるで重力を無視するように追随した。


「……ありえん。この高度で、あの機体サイズで、なぜそれほど回る!」


コールドウェルが叫びながら機体を反転(スプリットS)させ、一気に垂直降下へと逃げ込む。スピットファイアの強みである急降下加速で振り切る算段だ。


一方、烈風改の操縦桿を握る翔鶴飛行隊長――数多の戦場を潜り抜けてきた「日本海軍のエース」は、酸素マスクの奥で静かに微笑みました。


「逃がさんよ。豪州の『エース』殿。この烈風は、貴様の知る『ゼロ』とはすべてが違うのだ」


****


決死のダイブ:高度10,000から3,000へ


二機は矢のような速度で成層圏を突き抜け、高度10,000、7,000、5,000と、一気に雲海へと飛び込みむ。

急降下速度が音速の壁に近づき、スピットファイアの翼が激しく振動し始める。コールドウェルは機体が空中分解する寸前の限界を見極め、高度3,000メートルで強引に引き起こし、水平旋回へ持ち込む。


「ここなら俺の土俵だ!」


コールドウェルはスピットファイアの旋回性能を信じ、烈風改を懐に引き込んで返り討ちにしようと、操縦桿を横に倒した。


しかし、烈風改の主翼に備えられた20mm機銃4門が、その隙を与えない。


****


炸裂徹甲弾の洗礼


「墜ちろ」


烈風隊長がトリガーを引くと、4門の20mm機銃が密度の高い火線を形成しました。装填されているのは、「炸裂徹甲弾」だ。


一瞬の静寂の後、スピットファイアの右主翼の付け根に2発の20mm弾が吸い込まれる。

通常の徹甲弾なら貫通して終わるはずの弾丸が、機体内部で猛烈な爆発を起こした。


ドォォン!


「なっ……機銃一発でこれほどの破壊力か!?」


コールドウェルは、愛機の右翼が根元からへし折れ、火を噴くのをミラー越しに目撃した。炸裂徹甲弾は、スピットファイアの優美なセミモノコック構造を、内部から紙細工のように引き裂いた。


****


高度1,500メートル。

制御を失い、螺旋を描いて墜ちていくスピットファイア。コールドウェルは絶望的な状況下で風防を蹴り飛ばし、辛うじて脱出に成功した。


落下傘が広がり、マンカリハット半島のジャングルの海を見下ろす彼の頭上を、烈風改がゆっくりと旋回していた。烈風隊長は、落下傘で降下する敵のエースを撃つことはせず、再び獲物を求めて戦場へと機首を向けた。


クライヴ・コールドウェル中佐にとって、世界は突然、絶対的な「静寂」と「重力」だけになった。

数秒前までの、過給機の咆哮と20ミリ機関砲の振動、そして酸素マスク越しの荒い呼吸は、遠い前世の出来事のように思えた。


眼下に広がるのは、カリマンタン島東岸、マンカリハット半島のジャングル。それは「緑の海」というよりは、すべての光と音を飲み込む「緑の奈落」だった。


「……感謝する、日本のサムライ」


コールドウェルは、去りゆく烈風改の銀翼を見上げ、乾いた唇で呟いた。落下傘で降下するパイロットを撃たない。それは、彼自身が北アフリカで貫いてきた騎士道だったが、この絶望的な南方戦線でそれを守る敵に遭うとは、皮肉なものだ。


しかし、彼の幸運はそこまでだった。

湿った熱気が下から突き上げてくる。時速150キロ以上で、彼はその「奈落」へと叩きつけられた。


パキパキ、ドサッ!


何層にも重なった巨大なシダの葉と蔓が、辛うじて衝撃を吸収した。しかし、彼の体は地上10メートルの高さで、太い蔓に絡まり、宙づりになった。


「うっ……、ぐあああッ!」


全身を走る激痛。肋骨が数本折れているのは間違いなかった。彼は震える手でナイフを抜き、絡みついた落下傘の紐と蔓を切り裂いた。


ドスン!


泥と腐葉土の地面に、オーストラリア空軍のエースは、無残に転がった。


第2の戦場:飢えと熱病

ジャングルの地上は、上空から見た緑の世界とは一変していた。

光は届かず、湿度は100パーセントに近い。腐った植物と、正体不明の生物の排泄物の臭いが、鼻を突く。


コールドウェルは、辛うじて立ち上がった。手元にあるのは、ナイフ、コンパス、そして数日分の非常食だけだ。


「……南へ。海へ出るんだ」


彼は、自分に言い聞かせるように呟いた。オーストラリア海軍の救助艦隊が待つ海域までは、直線距離でも50キロ以上はある。しかし、このジャングルでは、1キロ進むのに1時間を要する。


1日目。

彼は、蔓を切り裂きながら、南へと歩いた。肋骨の痛みで、一歩進むたびに視界が白くなる。

非常食のチョコレートは、熱気ですぐに溶け、泥と混じった。

そして、彼を最も苦しめたのは、羽音を立てて群がる蚊の群れだった。彼の顔や手は、すぐに熱病を媒介する蚊によって蜂の巣にされた。


2日目。

コンパスの針が、狂ったように回る。(ボルネオ島は火山列島の一部であり、地下に磁性を持つ火成岩(マグマが冷えて固まった岩石)が多く存在する。これが地磁気を乱し、コンパスに異常を引き起こすことがある)巨大なヒルが、彼のブーツの中に忍び込み、血を吸って膨れ上がっていた。

彼は、自分がどこを歩いているのか分からなくなった。


「……コールドウェル、しっかりしろ。君はエースだ。北アフリカの砂漠を生き抜いたんだ」


しかし、砂漠にはなかった「湿気」が、彼の精神をじわじわと蝕んでいく。


3日目。

非常食は尽きた。彼は、正体不明の蔓から水をすする。


「……おいしい。……生きてる」


彼の意識は、現実と幻覚の間を彷徨い始めた。

幻覚の中で、彼はダーウィンのパブでボストック少将と冷えたビールを飲んでいた。ジョーンズ中将が、書類を片手に笑っていた。


(……済まない、みんな。……もう、歩けない)


彼は、巨大なシダの根元に、力なく崩れ落ちた。

全身が熱を帯び、意識が闇に沈んでいく。オーストラリア空軍のエースは、名もなきジャングルの土に還ろうとしていた。


霧の中の救済:民兵の救援


(……誰かが、来る?)


闇の中で、コールドウェルは、正体不明の「声」を聞いた。それは日本語ではなかった。

そして、泥を這うような足音。


彼は、最後の力を振り絞り、ナイフを握り直そうとした。しかし、指先は動かなかった。


「……ジャップか? ……それとも?」


彼の視界に、泥にまみれた裸足と、使い古された鎌の刃が映った。

見上げると、そこには日本軍の軍帽を被り、しかし服装は現地のボロボロの作業着を着た、数人の男たちが立っていた。彼らは、ブルネイ帝国から、撃墜され脱出した搭乗員の捜索を依頼された、このジャングルを熟知する現地の民兵、郷土防衛義勇軍だった。


「……アウストラリ?(オーストラリア人か?)」


そのうちの一人が、片言のインドネシア語で、コールドウェルに話しかけた。

コールドウェルは、言葉にならぬ呻き声を上げ、意識を失った。


彼が次に目を覚ましたのは、煙臭い高床式の小屋の中だった。

現地の民兵たちが、彼に薬草の煮出し汁を飲ませていた。


「……生きている。……私は、生きている」


コールドウェルは、涙が溢れるのを止められなかった。

高度1万メートルで義侠心を貫いた烈風隊長。そして、奈落のジャングルから彼を救い出した、名もなき民兵たち。


オーストラリアのエースは、戦場からはじき出され、しかし、最も人間らしい「善意」によって、再び生命の灯火を燃やし始めた。

彼の戦いはまだ終わっていない。

戦果報告:波状攻撃の第一波、壊滅


バリクパパンとタラカン島の中間地点マンカリハット半島の沖合。

空を見上げれば、さらに敵の護衛部隊がB-24重爆撃機部隊と直掩の護衛部隊の前に飛行している。そして、烈風改瑞鶴隊と護衛部隊の合戦が始まる。

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