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待たせたな!  作者: 僧籍
外伝1 南方戦線に取り残された同胞の救出を誓う

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カリマンタン島大空戦 3

1945年7月20日、正午過ぎ。

カリマンタン島の東端、海へと鋭く突き出したマンカリハット半島の上空は、吸い込まれるような静寂に包まれていた。しかし、高度12,800メートル。空気が地上より7割も薄いその極限の世界で、オーストラリア空軍、第81戦闘機航空団のF.R.W. チャーチル中佐は戦況の変化に焦燥感と戸惑いを覚える。

「……コールドウェル大佐がやられただと? 馬鹿な、あのスピットファイアが、ジャップに食われたというのか!」


チャーチル中佐は酸素マスクの中で毒づく。無線から流れてくる第80航空団の悲鳴と断絶は、彼が信じていた「空の秩序」が崩壊したことを告げていた。


彼の眼下には、自慢のP-51Dムスタングが100機近い大編隊を組み、その後方に続くB-24重爆撃機の道を作っている。チャーチルは、第一波と同じわだちを踏むまいと、あえて高度をさらに上げ、太陽を背にする理想的な攻撃位置を確保しようとした。


「各機、増槽ドロップタンクを投棄せよ。敵が『下から』突き上げてくる前に、我々が上から奴らの脳天を叩き割る。先手を取るぞ!」


何百という増槽がマンカリハット半島のジャングルへと落下し、身軽になったムスタング隊が、獲物を探すハヤブサのように機首を巡らせた。


****


高度12,800メートル

バリクパパン沖に展開する空母『瑞鶴』から発艦した烈風改(A7M4)瑞鶴隊。


「敵指揮官は……。定石通り、高度優位を求めてきたな」


瑞鶴隊長は、麾下の部隊に無線で素早く命じました。


「全中隊に伝達、予定通り『釣瓶打ち(つるべうち)』の陣形へ。第一・第二中隊は高度を下げて敵を誘い込む。第二・第三中隊が、さらにその『上』から敵部隊を撃破する」


****


高度12,800メートルを埋め尽くすのは、100機の精鋭戦闘機――オーストラリア空軍が誇る第81戦闘機航空団のP-51Dムスタングの大群。対するは、空母『瑞鶴』から発進した烈風改、わずか50機。

数は2対1。しかし、この高高度の戦場において、数という概念を烈風改はねじ伏せる。


****


烈風改瑞鶴隊のコックピット。隊長の眼前に据えられたブラウン管のPPIスコープは、グリーン一色の不気味な光を放っていた。艦隊のレーダー網と戦域索敵機が捉えた100の「敵」が、デジタル化された光点としてブラウン管に表示される。


[ 目標: 082 ]

[ 距離: 7.8㎞ ]

[ 相対速度: +時速1,200km ]


「敵機、数100。……動き統制されている、練度はなかなかだな」


隊長は、金星七一型エンジンの心地よい重低音を全身で感じながら、無線機を操作する。

「一、二小隊は予定通り。三、四小隊は上空待機。……『数の暴力』を『精密な情報戦』で切り裂くぞ」


****


「チャーチルより各機! 敵は2個中隊規模だ! 囲んで食い潰せ!」


チャーチル中佐の号令と共に、100機のムスタングが、あえて高度を下げて「隙」を晒した瑞鶴隊長の陽動部隊へと殺到しました。銀色の弾丸と化した100機の複数の編隊が、獲物を飲み込もう様に収束していく。


ムスタングの12.7mm機銃が火を噴く直前――距離、わずか400。


「今だ、分散!」


瑞鶴隊長の叫びと共に、それまで緩やかに飛んでいた烈風改たちが、爆発的な機動力で四方八方へと分散。金星七一型が叩き出す2,300馬力超のパワーが、希薄な空気を強引に掴み、機体を垂直へと跳ね上げました。左右に分かれながら空へ駆け上がるその軌跡は、ムスタング隊の照準器から文字通り「蒸発」したかのような衝撃をオーストラリア空軍のパイロットたちに与えた。


****


「何っ、どこへ消えた!?」


困惑し、速度を出しすぎたムスタング隊が前方に突き抜けたその瞬間。

さらに高高度、13,500メートルで虎視眈々と待っていた瑞鶴隊の残り25機が、太陽を背にして真っ逆さまに降り注いできた。


ドォォォォンッ!


20mm機銃4門から放たれる「炸裂徹甲弾」が、ムスタングの列を次々と貫く。

新連合艦隊特製の炸薬は、命中した瞬間に機体内部を猛烈な爆発で埋め尽くす。


衝撃の連鎖: 先頭のムスタングが火を噴くと同時に、後続の機体も逃げ場を失い、次々と爆発。100機の密集陣形が、逆に「避けられない地獄」へと変わる。


反転: 急上昇して左右に分かれた瑞鶴隊長の小隊が、高度14,000付近で鮮やかに合流。Uターンを描いて、混乱の極致にある敵の側面へと突入する。


****


「チャーチルより各機! 散開しろ、包囲されているぞ! 敵の正確な位置を報告せよ!」


チャーチル中佐の絶叫に近い命令が無線を飛び交うが、オーストラリア軍のパイロットたちに返せる言葉はなかった。彼らの肉眼に見えるのは、薄い空気の中で太陽光を乱反射させ、物理法則を無視した機動で背後へ回り込んでくる「残像」だけだ。


****


瑞鶴隊のコックピットでは、ブラウン管のPPIスコープが冷徹に戦場を「分析」した。

自機を中心に展開される360度の走査線が、艦隊から転送されるレーダー情報をリアルタイムで更新し、100機のムスタングの座標、高度、速度ベクトルを記号化して描き出す。


「第2中隊、敵の左翼へ。第4中隊は右翼から回り込め、我々、第1中隊、第3中隊はは中心を垂直に割る」


瑞鶴隊指揮官は、金星七一型エンジンの重厚な振動を指先で感じながら、スロットルを押し込みました。高度13,000メートル付近。通常の航空機なら失速寸前のこの高度で、大出力エンジンと巨大な主翼を持つ烈風改は、まるで平地の如く自在に加速を開始した。


****


左右に分かれ、急上昇で敵の射程外へ消えていた2個中隊が、高度14,000メートルで鮮やかに反転、合流した。そこから金星七一型の咆哮とともに、敵部隊のど真ん中へ、文字通り「天」から突き刺さる。


「……計算通り、全機、撃滅せよ!」


烈風改が20mm機銃4門を解き放つ。

炸裂徹甲弾の火線が、密集して混乱するムスタングの群れをなぎ払います。一発でも命中すれば、炸裂徹甲の特性により、ムスタングの強固なエンジンブロックやラジエーターが内部から「破裂」する。


空中分解の連鎖、翼を根元から吹き飛ばされたムスタングが、制御を失って、垂直に眼下の海へ墜落する。爆発の火球が、酸素の薄い高高度で一瞬だけ鮮烈に輝き、黒煙の尾を引いて垂直に墜ちていく。


逃げ場のない包囲網、 左右から回り込んだ別動隊が、逃げようとする個々のムスタングに対し、完璧な迎撃進路で待ち伏せている。


****


高高度の静寂を切り裂くのは、もはやエンジンの咆哮ではなく、スピーカーから溢れ出す100人分の絶望だ。


オーストラリア空軍第3戦闘航空団。かつて北アフリカや太平洋で「空の覇者」と称えられた精鋭たちが、高度13,000メートルの極限世界で、物理法則を超越した銀色の死神に追い詰められていた。


蹂躙される銀翼


「こちらレッド2! 背後だ、真後ろに……うわあああッ!」


短い爆発音と共に、通信が砂嵐に変わる。チャーチル中佐の目の前で、長年連れ添った部下のムスタングが、まるで紙細工のように空中分解した。20mm炸裂徹甲弾は、ムスタングの誇る重装甲を内側から食い破り、一撃で機体を「破裂」させていた。


「各機、パニックになるな! 降下して雲に逃げ込め!」


チャーチルが叫ぶが、その命令すら空虚に響く。


「だめだ、降下しても追いつかれる! 奴ら、下り坂のムスタングより速いぞ!」


「ブルー4より各機! 敵は一機じゃない、空間そのものに偏在している! どこを向いても敵機が……ひっ、来るな、来ないでくれ!」


無線機からは、すすり泣きや狂乱した叫びが無秩序に流れ出していた。


逃げ場なき包囲網


「イエロー3! 左だ、左に回れ!」


「無理だ! 舵が……空気が薄すぎて効かない! 奴らはなぜあんなに動けるんだ!?」


高度13,000メートル。ムスタングの翼が希薄な空気を掴めず、失速寸前でふらつく中、大翼を持つ烈風改は、まるで低空を舞う燕のように鋭く、優雅に旋回をしていく。


「助けてくれ! 誰か、後ろの奴を追い払ってくれ!」


「……すまない、ジャック。俺の目の前にも、二機いる。……ああ、神様……」


その直後、通信は凄まじい金属音と共に途絶えました。瑞鶴隊にとって、逃げ惑うムスタングは、蜘蛛の巣に掛かった蝶に過ぎない。


断末魔の叫び


「こちらチャーチル! 全機、自由解散! 各自の判断で戦域を離脱せよ! 繰り返す、自力で――」


その言葉が終わる前に、無線は悲鳴の合唱に飲み込まれた。


「帰れるわけないだろ! 逃げられる隙が無い!」


「高度を下げたら下のB-24が餌食になる! でも、ここにいたら……うわあああッ!」


「メーデー! メーデー! エンジン停止! 冷却液が噴き出した! 母さん、母さぁぁぁん!!」


酸素マスク越しに漏れる、嗚咽。かつて「無敵」を信じた若者たちが、高高度の冷たい太陽の下で、一機、また一機と黒煙の尾を引いて垂直に墜ちていく。


チャーチル中佐は、自らの目で「絶望」を見ていた。


50機の烈風改は、まるで100機の動きをあらかじめ知っているかのように、常にオーストラリア空軍の死角から現れました。


「奴ら……我らを囲い込んでいるのか? 50機で100機を追い込んでいるんじゃない。50機で100機を『処刑場』へ誘導しているんだ!」


一機、また一機と、オーストラリアの若きエースたちが「死神」に見据えられ、高高度の塵となって消えていきます。金星七一型が奏でる重低音は、敗北を知らぬ第81航空団にとって、死神の足音そのものだ。


わずか45分。100機のムスタングは、マンカリハット半島のジャングルの上に降り注ぐ、燃える破片の雨へと変えられた。


終焉の沈黙

瑞鶴隊のコックピットには、敵の阿鼻叫喚は届きません。ただ、スコープ上の光点が一つ、また一つと消えていくだけだ。


「……第3中隊より、敵指揮官機と思われる機体を撃墜。残存勢力、四散。……追撃に移るか?」


瑞鶴隊長の耳に、冷徹な報告が入りる。


「追撃戦だ。燃料を使い果たした連中は、帰還するか、捨て身の攻撃を仕掛けてくる。第3中隊は追撃、そして、我々の仕事は、あの『B-24』を粉砕することだ」


眼下では、護衛を失い、丸裸にされたB-24の編隊が、死神が降りてくるのを震えて待っていた。

100機のムスタングの断末魔は、やがて薄い空気の中に吸い込まれ、完全な静寂へと戻った。


あとに残されたのは、真っ逆さまに海へと向かう、無数の黒い煙の筋だけだ。


****


マンカリハット半島に、100機のムスタングのうち、無事に戦域を脱出できたのは数えるほど。対する瑞鶴隊は、数機の被弾を確認したのみで、悠然と編隊を組み直した。


指揮官は、グリーンに輝くスコープに「敵機消失」した事を確認した。


「古村司令長官に伝えてくれ。……敵部隊、第二波を撃滅」


眼下では、100機の銀翼が遺した破片が、マンカリハット半島のジャングルの上で星のようにキラキラと輝きながら墜ちている。


後方から《戦域索敵機型》彩雲が、フィリピンの空を背景にはるか上空より、見下ろしていた。


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