モンゴル征伐 10-3 作戦会議 11月11日
1945年11月11日
掛井総司令官と武田総参謀長は指令室で話し合っていた。
掛井総司令官は大きな地図の上を指しながら、武田総参謀長に言った。
「モンゴルを攻める場合は、ウラン・ウデからモンゴルへと続く路線こそが、奴らの最も脆弱な部分だ。ウラン・ウデからの鉄路を止め、モンゴル国内の補給基地を叩けば、モンゴル軍は平原においての移動は馬だ、19世紀の戦いだな」
武田総参謀長は地図上の首都ウランバートルと国境付近のチョイバルサンを指して答えた。
「ウランバートルに総司令部があります。ここはシベリアからの物資の中継点であり、そして、チョイバルサンは対日侵攻の最大の前進基地です。鉄道の終着点であり、燃料・弾薬が蓄積されていました」
掛井総司令官はこの作戦の目的を決める。
「奴らの拠点はウランバートルだ。ここがシベリア鉄道からの細い命綱の終着駅だ。すでに我々はイルツーツクを占領し、 バイカル湖方面からの砲弾、ガソリン、食料、医薬品が届かない。平原の真ん中で、数万の敵兵はすでに現代戦を戦える状態ではない。先の戦いの策源地、チョイバルサンの旧拠点には軍も物資も残っていない。最終目的は、敵の兵站線を絶ち。首都の共産政権を転覆させて、親日政権に交代させることだ。いいか、ウラン・ウデからウランバートルまで、この千キロを超える細い鉄路こそが、奴らのアキレス腱だ。我が方の鉄道部隊を逆走させ、部隊を送り込め。共産主義者どもをモンゴルから追放するのだ。」
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「総司令官のおっしゃる通りです。打つべき手はすでに明確であります」
武田総参謀長が重々しく頷くと、作戦卓を囲む若き幕僚たちが一斉に一歩前へと進み出た。
「では、具体的作戦計画の立案に入ります」
作戦参謀・沢田中佐が静かな、しかし熱を秘めた声で口火を切った。作戦卓の上には、イルクーツクからウラン・ウデ、そしてモンゴルの広大な大平原へと伸びる巨大な地勢図が広げられている。
「まずは敵の正確な現況把握が先決です。情報参謀の久我少佐、航空参謀の桜木少佐と連携し、直ちに情報収集作戦を展開されたい」
情報参謀・久我少佐が素早く手帳を開き、状況を確認する。
「了解いたしました。現在、我々が占領したイルクーツク飛行場には、長距離航空索敵が可能な精鋭機が控えております。これを即座に発進させ、ウラン・ウデからウランバートル、さらに東部のチョイバルサンに至る全域の空中索敵を敢行します」
航空連絡参謀・桜木少佐が地図上の飛行ルートを指でなぞりながら付け加えた。
「高高度からの高精度カメラによる偵察を実施し、敵の防空陣地、燃料・弾薬集積所、および動く目標――特に補給車列や残存装甲部隊の配置を徹底的に洗い出します。敵の対空火力が脆弱な今、我が方の『空の目』から逃れられるものは存在しません」
「よろしい。直ちに取りかかれ」
沢田中佐の承認を受け、イルクーツク基地からは直ちに複数機の長距離偵察機が極寒のシベリアの空へと飛び立った。数日間にわたる徹底的な空中索敵により、ウランバートル周辺にすし詰めとなったモンゴル・ソヴィエト連合軍の配置、そして寸断されて機能を停止しつつある兵站線の実態が鮮明な写真と情報となって総司令部へと次々に送られてきた。
「見事に露呈しましたな」
久我少佐が卓上に並べた写真を指し示した。
「ウランバートル周辺に敵の残存戦力が集中していますが、補給が断たれたことで車両の大部分が稼働率を大幅に低下させています。対して、チョイバルサンの旧拠点にはもはやもぬけの殻。我々の進撃を阻止し得るまとまった兵力は存在しません」
この鮮明な情報を基に、作戦卓での議論は一気に熱を帯びた。
兵装・技術参謀の小倉中佐が、装甲部隊と火砲の運用について発言する。
「敵の重装甲部隊の稼働が限られている以上、我が方の機甲部隊は速度を最優先とした編成が可能です。ただし、モンゴルの厳しい冬の気候と凍土は車両の足を奪う。鉄道沿線に沿って進撃し、主要な駅舎や施設を確実に抑えながら前進するのが最も確実です」
「空からの支援も万全を期します」と桜木少佐が続く。「地上部隊の進撃に先立ち、主要な敵陣地およびウランバートル郊外の通信拠点を爆撃機隊で無力化。地上軍には一切の脅威を与えさせません」
そして、この壮大な大進軍の命脈を握る「最重要ピース」を提示したのが、北方軍から派遣された後方参謀・榎本大佐であった。
榎本大佐は、緻密な線と数字がびっしりと書き込まれた巨大な「軍用鉄道ダイヤグラム」を広げて作戦卓の中央に置いた。幕僚たちの視線が一斉にそこに集まる。
「総司令官、ならびに参謀長。ウラン・ウデからウランバートルに至る千キロの鉄路、これを逆手にとった超大規模輸送計画――『ウラン進撃ダイヤ』の策定が完了いたしました」
榎本大佐の太い指が、シベリア鉄道から分岐して南下する一本の鋼鉄のラインを力強く叩いた。
「我々が鹵獲・接収したソヴィエト軍の重機関車および大量の無蓋・有蓋貨車をフル稼働させます。ウラン・ウデの操車場を起点とし、第一波から第四波に至る増援部隊、重砲、戦車、そして膨大な弾薬と燃料を、分刻みのスケジュールでモンゴル国内へと滑り込ませます。文字通り『鉄路のピストン輸送』です」
「敵の線路破壊の可能性は?」と沢田中佐が問う。
「工兵大隊を最前線の装甲列車に同乗させます。敵が線路を爆破したとしても、数時間以内に修復して後続の本格大部隊を通してみせます。このダイヤの通りに列車を走らせれば、歩兵部隊は疲弊することなく、完全な状態でウランバートルの喉元へ一気に躍り出ることが可能です」
絶妙に噛み合う情報、作戦、航空支援、兵装、そして完璧な鉄道輸送計画。
掛井総司令官は、幕僚たちが作り上げた完璧な作戦図を満足げに見つめると、ゆっくりと腰を上げた。
「見事だ。作戦方針は完全に決した。モンゴル進攻の主力を担うのは、我が北方防衛開放軍『南方軍』とする。全軍、直ちに『ウラン進撃ダイヤ』に基づき発動準備に入れ。共産主義者達へ終わりを告げよ、ウラン・ウデの汽笛を響かせるのだ!」
「ハッ!」
幕僚たちの気迫に満ちた敬礼が重なり合い、指令室の緊張感は最高潮へと達した。1945年11月11日、モンゴルの焦土を駆け抜ける大反撃作戦の歯車が、静かに、そして力強く動き始めた。




