悪鬼・羅刹 追撃戦、バイカル湖までシベリア鉄道を走れ 9-6 イルクーツク制圧作戦 P-63との闘い ロング・トムの咆哮 1945年11月3日
高度一万メートルの ―― 百式司偵の眼
ウラン・ウデの第99航空工場を接収した北方防衛開放軍航空隊は、すぐさま前線滑走路の整備を完了させ、次なる跳躍の足がかりを固めていた。その眼下、バイカル湖の南端を這うように伸びるシベリア鉄道の太い軌条の上を、伊勢神忠雄中将率いる北方本国軍の重装甲列車と地上部隊を搭載した貨車が、イルクーツクへ向けて力強い黒煙を上げながら突き進んでいた。
1945年11月のシベリア上空。標高一万メートルの極寒の空域を、滑らかな流線型の美を誇る『百式司令部偵察機』が飛行を続けていた。
「——緊急、緊急! 前方150キロ、イルクーツク上空より、敵機多数を発見、本隊へ向けて南東へ急速移動中!」
百式司偵の無線士が吐き出した悲鳴に近い電文は、瞬時にウラン・ウデ基地の北方防衛開放軍司令部、そして進撃中の伊勢神中将の指揮装甲列車へと到達した。
「イルクーツクの残存航空部隊が動き出したか……」
伊勢神中将は作戦卓の地図から視線を上げると、即座に傍らの直通電話を握りしめた。
「地上進撃部隊の頭上を奪わせるな。上空直衛中の零戦六四式改に即時迎撃を命じよ。ウラン・ウデで待機中の『麒麟』および『稲妻』全隊、直ちに緊急発進! シベリアの空からソヴィエト空軍を撃滅せよ!」
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アラスカ・シベリア空路の遺産 ―― アメリカ製戦闘機隊
イルクーツク上空から飛来したソヴィエト空軍の編隊は、これまで日本軍が直面してきた部隊とは根本的に一線を画していた。
史実において米軍が自軍採用を見送り、レンドリース法を通じてソヴィエトへ大量譲渡された『P-63 キングコブラ』および『P-39 エアラコブラ』。この世界線では、対日戦に備えた「極東密約」に基づき、アラスカ・シベリア空路を渡って2,400機以上という途方もない数のP-63が極東へ集中投入されていた。満州の怒濤の敗走を経てなお、イルクーツク周辺の航空機製造工場や整備廠には、最終整備中の多くのキングコブラと、それらをテストする最精鋭のテストパイロット、教官パイロットたちが温存されていたのである。
中央の胴体にエンジンを配置し、プロペラ軸の中心から強大な37mm大口径機関砲を突き出したP-63。その圧倒的な一撃必殺の火力と優れた運動性能を誇る機体群が、双発爆撃機『Pe-2』や重爆撃機『Il-4』を厳重に護衛し、進撃する日本軍の鉄道部隊を全滅せしめんと地平線から迫る。
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150キロ上空の衝突 ―― 零戦六四式改の防空戦
鉄道部隊の前方150キロ、雲海が途切れる高度六千メートルにて、両軍は激突した。
ソヴィエト軍先鋒のP-63編隊に雲の切れ目から滑り込んできたのは、上空警戒行動を維持していた『零式艦上戦闘機六四式改』の精鋭隊であった。
最新型の金星エンジンの咆哮を上げ、零戦六四式改は驚異的な上昇力で敵の先頭へ割り込んだ。
「敵機、P-63 キングコブラ! 大口径砲に警戒せよ! 格闘戦で捻り潰す!」
ソヴィエトの熟練テストパイロットが銃撃した37mm砲の曳光弾が空を切り裂く。だが、帰還鋼にて軽量かつ洗練された翼体を持つ零戦六四式改は、寸前のところでその砲弾をかわすと、背後から一瞬の旋回でP-63の死角へ回り込んだ。
ズババババッ!
20mm機銃の集中的な弾幕がP-63のエンジンを捉える。炎とエンジンオイルを撒き散らしながら爆発を起こすP-63。零戦隊はその圧倒的な運動性能と格闘戦能力で、突進しようとする敵爆撃機隊と敵戦闘機隊の第一波を完全に足止めし、その鋭い突進を正面から打ち砕いた。
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鋼鉄の裁き ―― 麒麟と稲妻の怒濤の突入
最初の空戦によってソヴィエト軍の陣形が乱れた瞬間、ウラン・ウデから駆けつけた日本軍の増援部隊が躍り出た。
高度七千メートルの高空から、ジュラルミンのボディを輝かせて急降下してくるP-51『麒麟』の部隊。そして、大馬力エンジンと重装甲を誇るP-47『稲妻』の重戦闘機隊である。
「『麒麟』は敵護衛機を引き剥がせ! 『稲妻』は敵爆撃機隊へ突入! 一機も逃すな!」
最高時速700キロを超える超高速で突入した『麒麟』隊は、混戦模様を呈していたP-63やP-39の頭上から、12.7mm重機関銃6門の怒濤の掃射を叩き込んだ。高度の優位を活かした完璧な一撃離脱戦術の前に、旋回運動に入ろうとしていたソヴィエト戦闘機が次々と翼とエンジンを破壊され、撃墜されていく。
そして、護衛を奪われ無防備となったPe-2およびIl-4の爆撃機隊へ、重戦闘機P-47『稲妻』が躍り出た。
主翼にズラリと並んだ8門の50口径重機関銃が、一斉に火を噴く。
ドドドドドドドッ!
重爆撃機の頑丈な機体すら、数秒の掃射でブリキの玩具のように粉砕された。ガソリンタンクを穿たれたPe-2が空中で爆発して火の玉のようになって墜落していく、炎上するIl-4が巨大な火柱となってシベリアの雪原へと垂直に落ちていく。『麒麟』と『稲妻』の完璧な打撃と火力の前に、ソヴィエト軍の爆撃機部隊は目的地の鉄道部隊を視界に収めることすら叶わず、全機撃破という無残な最期を遂げた。
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イルクーツクの決死隊 ―― 熟練パイロットたちの逆襲
だが、ソヴィエト軍も黙って全滅を受け入れるほど甘くはなかった。
「爆撃機隊が全滅だと!? 各員、残存する全機を出せ! 工場に残るテスト機もすべてだ! 東洋の悪魔どもを叩き落とせ!」
爆撃機隊壊滅の打撃に激昂したイルクーツク飛行場の司令官は、さらに現地に留まっていた熟練テストパイロット、教官、整備員の中から操縦可能な者をかき集め、最後の増援部隊を緊急発進させた。
未塗装の銀色の肌を晒したP-63や、整備を終えたばかりのLa-7、P-39の混成部隊が、イルクーツクの空を埋め尽くして殺到する。極限の操縦技術を持つ彼らは、無謀とも言えるアクロバティックな急旋回と密接な小隊連携を駆使し、日本の航空隊へ死に物狂いの逆襲を仕掛けてきた。
空は交錯する曳光弾と黒煙、そして断末魔のエンジンの叫びで埋め尽くされた。
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圧倒的制空権の確立
しかし、この決死の逆襲すらも、すでに勝敗の決した空の天秤を覆すことはできなかった。
「敵の増援、イルクーツク方面より到達! 量は多いが陣形がバラバラだ! 各小隊、個別に撃破せよ!」
熟練の戦闘機パイロットを揃えた日本軍航空隊は、焦りから単独で突入してくるソヴィエトのテストパイロット隊に対し、冷静かつ冷徹に対応した。
高空からの絶対的なエネルギーアドバンテージを維持する『麒麟』が上空から敵の頭を抑え込み、圧倒的な耐弾性と火力を誇る『稲妻』が正面からの火力戦を粉砕する。そして、低空へ引きずり込もうとするソヴィエト機の旋回に対しては、熟練の日本軍パイロットが操る『零戦六四式改』がその遥か上を行く格闘性能で背後を追い回した。
「馬鹿な……旋回速度でも、高速離脱でも勝てないというのか!?」
ソヴィエトの教官パイロットが悲鳴を上げた瞬間、彼のP-63の上空から『麒麟』が打ち下ろした複数の12.7mm弾が飛来して、操縦席から胴体、翼にかけて大きな穴が次々と穿たれる。
性能の優位、高度の優位、そして過酷な南太平洋や満州の死線をくぐり抜けてきた熟練操縦者たちの絶対的な戦術連携。三位一体となった日本軍の大部隊は、イルクーツクから押し寄せたソヴィエト空軍の精鋭部隊を、文字通り「死の祭壇」へと引きずり込んだ。
一機、また一機と、赤い星を描いたアメリカ製の高性能戦闘機たちが黒煙の尾を引いて破砕され、極寒のシベリアの原野へ激突していく。
わずか一時間余りの空中戦の末、空を覆っていたソヴィエト軍機は完全に途絶えた。
シベリアの蒼空に残されたのは、風にたなびく無数の黒煙の筋と、何事もなかったかのように静まり返る極寒の静寂だけであった。
「全機へ、敵機全滅。これより鉄道部隊の上空直衛を再開する」
無線から流れる戦闘完了報告。頭上の絶対的な制空権が完成されたことを確認した伊勢神中将の重装甲列車は、一切の足を緩めることなく、黒い煙を力強く吐き出しながら、勝利の約束された地・イルクーツクへと向かって線路を疾走し続けるのだった。
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対空網の無力化と「ロング・トム」の咆哮
上空のソヴィエト空軍部隊の完全排除が打電された直後、イルクーツクを眼前に臨むシベリア鉄道の軌道上に、北方防衛開放軍の重装甲列車と輸送列車群が一斉に滑り込み、重厚なブレーキ音とともに停止した。
「全車、即時展開! 端部傾斜道を敷設せよ!」
最後尾の貨車にスロープが泥と雪の混ざり合う地表へに設置される。排気音の地鳴りとともに、新素材《帰還鋼》を身に纏った『新一式中戦車』と『新九七式中戦車』が、履帯を軋ませながら次々と地上へ滑り降りていった。
同時に、重積載貨車からは重牽引トラック『GMC CCKW』と巨砲群が降ろされた。沖縄戦などで大量に捕獲・再整備され、いまや北方軍の遠距離打撃の要となった『M59 155mmカノン砲』――愛称「ロング・トム」である。
「第1砲から第12砲、陣地設営完了! 照準、敵・東部対空陣地群!」
長大な砲身が一斉に仰角を上げ、イルクーツク外囲を固めるソヴィエト軍の防空要塞へと砲口を向けた。そこには、大量の37mm自動高射砲 M1939(61-K)やDShK 12.7mm重機関銃が密接陣地を組み、さらにその背後にはソヴィエト軍の「対空の目」である早期警戒レーダー『RUS-2 レドゥート』のアンテナが鎮座していた。
「——打てぇっ!」
ズゥゥゥンッ! ズゥゥゥンッ!
極寒の大気を極圧の衝撃波が引き裂いた。重厚な155mm榴弾が、超音速の放物線を描いて敵対空陣地の頭上へと飛翔する。
直後、陣地上空数百メートルで正確な空中炸裂が連鎖した。白熱する火球から解き放たれた無数の赤熱した鋼鉄の破片が、猛烈な爆風とともに豪雨のごとく陣地へ降り注ぐ。
「ヒッ……空から鉄片が——!」
防空陣地に留まっていたソヴィエト兵たちは、タコツボ壕に飛び込む暇すら与えられなかった。猛烈な熱風と鉄片の雨が37mm高射砲の砲身を折り曲げ、DShK重機関銃の陣地を砂塵へと変え、操作員を一瞬で沈黙させる。
さらに、砲撃の煙が収まらぬうちに、突入を開始した新一式中戦車の砲身が火を噴いた。長砲身からの高初速徹甲弾が残存する要塞化陣地を正面から打ち抜き、重厚な履帯が『RUS-2 レドゥート』の八木アンテナと通信車両を踏み潰して粉砕した。
「敵対空陣地、完全に沈黙! 早期警戒電探網の破壊を確認!」
一掃された対空陣地から、現場指揮官が無線機へ向かって叫んだ。
「敵対空陣地を完全占領しました。航空爆撃部隊の進出を願います!」
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陥落
要請を受けた瞬間、雲海を突き破って蒼空から舞い降りてきたのは、前線仮設飛行場から発進した『九九式艦爆二二型改』の大編隊であった。
「対空砲火なし! 予定通りの高度で突入する!」
対空の目が奪われ、火力を失ったイルクーツクの街に対し、九九式艦爆二二型改の精鋭隊は、まるで練習飛行のごとき滑らかな急降下を描いた。
急降下とともに解き放たれた爆弾が、市街外囲に残るソヴィエト軍の通信センター、弾薬庫、そして最後の抵抗拠点となっていた防御陣地へと寸分の狂いもなく着弾する。巨大な火柱が次々と立ち上り、ソヴィエト軍の組織的打撃力は根底から破砕された。
航空部隊の完全なる制空権、そして対空陣地の破砕――。この時点で、イルクーツクのソヴィエト軍に戦局を覆す手段は皆無であった。
市街地に残されていたのは、満州戦線の精鋭兵ではなく、主に「新兵訓練部隊」や「傷病兵の原隊復帰訓練部隊」、そして後方医療機関の職員や工場労働者たちであった。彼らには、日本軍の諸兵科連合の戦力に立ち向かう術も装備も存在しなかった。
「歩兵隊、戦車の側背を警戒しつつ進撃! 抵抗する陣地は火炎放射と迫撃砲で個別に潰せ!」
新一式・新九七式中戦車を盾とし、ダッジ WCから下車した歩兵隊が手にした自動小銃の乾いた連射音を響かせながら、格子状の街区を冷徹に掃討していく。地上部隊が敵の立てこもる建物を特定すれば、上空で待機する九九式艦爆が低空からピンポイントで爆撃を叩き込み、一瞬で無力化する。
寸分の無駄もない空地一体の精密な「解体作業」の前に、ソヴィエト軍の防衛線は一つ、また一つと確実に雪崩を打って崩壊していった。
1945年11月3日。
東部ユーラシアの絶対的要衝であり、シベリア鉄道の心臓部たるイルクーツク市街の行政庁舎の上に、日本軍兵士によってソヴィエト軍の労農赤旗に代わり、北方防衛開放軍の旗が掲げられた。
主要な工業プラントと鉄道網はほぼ無傷で奪取され、日本軍はシベリアの深奥部に不滅の支配拠点を作り上げたのである。




