悪鬼・羅刹 追撃戦、バイカル湖までシベリア鉄道を走れ 9-2 イルクーツク
ソヴィエトの脊髄:バイカル湖・イルクーツク遮断作戦
1945年10月20日、ハルビン。かつての帝政ロシアの残り香を漂わせる「ヤマトホテル」の大会議室には幕僚会議が続いていた。大きなテーブルに広大なシベリアの地図が広げられ、そこにはソヴィエトの脅威を断つための「道」が示されていた。
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一、天然の隘路:逃げ場なき湖畔の鉄路
総参謀長兼先任参謀、武田五郎大佐が指示棒を地図のバイカル湖周辺へと突き立てた。
「諸君、バイカル湖は単なる巨大な湖ではない。世界最深の深淵であり、周囲をサヤン山脈などの険しき山々が取り囲む、天然の障壁である。ソヴィエト軍が東西を繋ぐには、この湖を避けて通ることは叶わぬ。北は永久凍土と山岳に阻まれ、鉄道は必ず湖の南端に存在するわずかな隙間を通る宿命にある。つまり、イルクーツクからウラン・ウデ間を封鎖すれば、欧州と極東は物理的に完全切断されるのだ。代替ルートは存在しない。それは我々の場合は逆にここを破壊されたらイルツーツクへの進撃路を失う」
武田大佐の言葉に、掛井道真大将は深く頷き、静かに戦局を見据えた。
二、工学的な急所:バイカル湖畔鉄道
続いて、後方参謀(兵站)の榎本隆正大佐が、鉄道工学の観点から細密な図面を提示した。
「我らが進撃する『バイカル湖畔鉄道』は、シベリア鉄道建設史上、最難所中の最難所です。切り立った崖に敷かれたこの線路は、短い区間に数十のトンネルと多数の鉄橋が集中しております。この脆弱性こそが、我らの勝機です。主要なトンネルを一本でも崩落させれば、復旧には数ヶ月を要し、西からの増援は完全に停止することになります。しかし、我々がイルクーツクに進撃するためには、この路線を破壊させてはなりません」
伊勢神中将の傍らで、北方軍参謀長の高瀬仁志少将や航空連絡参謀の桜木徹少佐が、空からの精密打撃の可能性を検討し、目を光らせた。
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三、ソヴィエトの「ターミナル」:イルクーツクの解剖
榎本大佐の説明は、シベリアの中核都市、イルクーツクの内部構造へと移った。
「バイカルを止めれば、スターリンの巨体は麻痺する。」
榎本大佐は、イルクーツクが単なる通過点ではなく、巨大なソヴィエトの「ターミナル」である理由を三点に絞って詳述した。
1. 動員と調整の「司令部」
イルクーツクはシベリア軍管区の本拠地であり、人的資源と物資を前線へ割り振る司令塔である。欧州から帰還した熟練兵や新兵は、すべてここで再編成され、極東の各方面軍へ振り分けられる情報のハブなのだ。
2. 戦略上の危険個所:アンガラ川
市街を貫くアンガラ川にはシベリア鉄道の巨大な鉄橋が集中している。ここを破壊すれば、西からの補給は非効率な船舶輸送に頼らざるを得なくなる。また、ここは難所・湖畔鉄道へ挑む前の最後の巨大な操車場でもある。
3. シベリアの工廠:第39航空機工場
ここではPe-2爆撃機や最新のYer-2とC-47のライセンス生産版のLi-2が生産・整備されている。また、米国製トラック(スチュードベーカーなど)の組み立てや、戦車の重整備を行う修理工場、大規模な燃料・弾薬の中央集積所が集中している。通遼やハルビンで戦うソヴィエト兵のパン一つ、弾薬一発までが、このイルクーツクを経由しているのだ。
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四、戦力構成
伊勢神忠雄中将が、鋭い視線を地図に向けた。
「イルクーツクの守備兵力はどうなっているか」
榎本大佐が即座に答える。
「イルクーツクには後方の総元締めである軍管区司令部がありますが、精鋭戦車師団が居座っているわけではありません。そこにいるのは動員待ちの流動兵力、および鉄道警備を担う内務人民委員部(NKVD)の守備隊です。航空機工場やアラスカ経由の米国製航空機もストックされていますが、実態は『運び屋』と『修理工』の集団です。」
榎本大佐は結論づけた。
「彼らは正面切った機甲戦には不向きです。我らがウラジオストクで鹵獲した広軌用機関車、『ロシアン・デカポッド』を改修済みの鉄路で逆走させ、一気にイルクーツクへ突入させれば、この巨大な機構は崩壊します。イルクーツクは、その膨大な物量を集積し、兵器を生産する重要な後方拠点なのです」
掛井大将は立ち上がり、列席する将星たちを見渡した。
「バイカルはソヴィエトという巨人の脊髄である。ここを叩けば、いかなる赤軍の戦車師団もエネルギーを失い、動けなくなる。これより、鉄道をもってシベリア鉄道を逆走し、イルクーツクの奪取を敢行する。」
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決断:バイカルへ
「伊勢神中将、北方軍の奮闘に期待する。今村大将の第8方面軍、そして関東軍とも密に連携し、この東清鉄道とシベリア鉄道を以てシベリアを打通せよ」
「はっ。北方防衛開放軍北方軍、これよりバイカル湖・イルクーツクに向けて、全軍進撃を開始いたします」
伊勢神中将の力強い声が、ヤマトホテルの石造りの壁に反響した。
北方防衛開放軍の、凍土を貫く反撃の火蓋が、ハルビンの地で切って落とされたのである。
10月下旬の強い風を切り裂き、黒煙を上げる蒸気機関車が北へと進路を取る。かつての「失敗」の象徴であったトンネルは、いまや榎本大佐の緻密な兵站計画によって、バイカル湖へと続く進撃路と変貌を遂げたのである。
ハルビンの夜、反撃計画が決定された。
ウラジオストク、ハルビン、そして通遼から、機関車たちが蒸気を上げ、北西へと進路を取る。
列車には、装甲を纏った戦車軍と、復讐に燃える精鋭たちが満載されている。
目標1:バイカル湖周辺のソヴィエト軍根拠地の占領。
目標2:モンゴル共産党の壊滅。
戦略爆撃隊は、すでにバイカル湖畔の司令部施設を射程に収めた。
シベリア鉄道を逆送する鋼鉄の軍団が、スターリンの心臓部へと突き進む。日本軍の「逆襲」は、満州奪還に留まらず、ソヴィエトの脅威が崩れるまで止まることはない。




