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待たせたな!  作者: 僧籍
第五部 悪鬼・羅刹

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悪鬼・羅刹 追撃戦、バイカル湖までシベリア鉄道を走れ 9-3 鉄道隧道の近接白兵戦ーーバイカル湖

1945年10月下旬


北方防衛開放軍のソヴィエト侵攻軍はハルビンの駅から進撃を開始した。

先行して、鉄道軍はすでにバイカル湖までの路線を列車が通れるように修復と点検を行っている。そして、空軍は工兵隊および航空基地地上要員によって、ハルビン第1飛行場から第4飛行場を再整備した。航空部隊はここからバイカル湖周辺の攻撃目標に進撃をする。戦闘機部隊、攻撃機部隊、戦略爆撃機、索敵機、航空挺身隊を乗せた輸送機が駐機場で発進準備を行っている。


北方防衛開放軍の車列は空軍の防衛の下、シベリア鉄道を驀進していく。

バイカル湖方面のソヴィエトの制空権を守る「ザバイカル方面軍第12空軍」はすでに満州戦役において、壊滅済みだ。


イルツーツク攻略部隊はハルビンからバイカル湖へ向かうルートの主要都市を経由していく。


* チチハル(斉斉哈爾): 嫩江(のんこう)川を渡る戦略的要衝。

* ハイラル(海拉爾): 大興安嶺山脈を越えた先にある。

* 満洲里(マンチュリ):【重要】 満州とソヴィエトの国境駅。

* 赤塔(チタ): シベリア鉄道本線との合流点。

* ウラン・ウデ: バイカル湖東岸の主要都市であり、モンゴルへの支線の始発駅。


そして、この作戦の危険個所であるバイカル湖畔鉄道。


* バイカル湖(イルクーツク方面): シベリア鉄道の難所であり、最重要拠点。


---


バイカル湖上空の偵察機からの報告


航空管制官が先行している航空偵察索敵部隊に状況を確認していた。


「偵察索敵部隊、バイカル湖畔鉄道の状況は?」


百式司令部偵察機の通信員

「現在、伊の18の地点で複数のソヴィエト軍の工兵を確認している」


航空管制官

「了解した。そのまま、状況を続けて送ってくれ」



---


その一日前の深夜。雲が月明りを覆い隠している闇夜の中、バイカル湖畔鉄道の周辺へ一〇〇式輸送機の39機の編隊が、高度1000メートル以下の低空で侵入してきた。一〇〇式輸送機の狭い機内は、排気ガスの臭いと緊張に満ちていた。それぞれの機体の中では海軍の横須賀鎮守府第一特別陸戦隊(横一特)と陸軍の第1挺進団の兵士たちが、空挺降下装備を背負って立っていた。


「降下準備!」


降下長の陸軍大尉が怒鳴る。横一特の司令官、加藤中佐は、紺色の特殊降下服に身を包み、九九式小銃を抱え直した。彼らの目標は、バイカル湖畔鉄道の敵工兵部隊の索敵と排除である。安藤大佐の第1挺進団の目標は占領と防衛である。


「降下、降下!」


赤いランプが点灯すると同時に、加藤は真っ先に飛び出した。

機外は、突風と、眼下の暗闇、加藤はその暗闇に底にとびこんだ。

空は、紺色の落下傘で埋め尽くされた。

加藤は、風圧に耐えながら、暗闇の底を睨んだ。

なるべく平坦な広場へ向けて、彼は落下傘を操作した。


「全機、降下完了。輸送機部隊、離脱」


---


着地


加藤中佐は広場に、膝を折って着地した。

衝撃を吸収し、即座に落下傘のハーネスを外す。九九式小銃を構え、周囲を点検した。


「横一特、集合! 」


彼の呼びかけに応えるように、森の中から、紺色の降下服を着た兵士たちが、次々と這い出してきた。

第1挺進団の兵士たちも、落下傘を捨て、這い出していた。


加藤中佐

「これより、我が部隊はバイカル湖畔鉄道の防衛行動に入る、また、司令部から航空索敵によってソヴィエト軍工兵隊を発見した場合、殲滅する」


「それまで、各部隊は分かれて索敵と路線の点検を行え、敵を発見次第、急行し、これを排除する」


---


バイカルの深淵:バイカル湖畔鉄道の血戦


横須賀鎮守府第一特別陸戦隊(横一特)と陸軍の第1挺進団の兵士たちとソヴィエト軍・工兵部隊のバイカル湖畔鉄道をめぐる戦闘が始まろうとしていた。一日前、一〇〇式輸送機の編隊から闇へと投じられた「紺碧の落下傘」たちは、すでに獲物の喉元に食らいついている。バイカル湖畔に張り付く切り立った断崖は、静寂を装っていた。しかし、その岩肌の裏側では、ソヴィエト連邦の「脊髄」を巡る戦いが始まる。


「……来たぞ」


第三十九号隧道の漆黒の闇の中、濡れた岩肌と同化していた横一特(横須賀鎮守府第一特別陸戦隊)の司令官、加藤中佐が麾下の隊員と共に現れた。彼の左右には、陸軍第1挺進団の精鋭たちが、呼吸すらも殺し、鞘から解き放たれた軍刀の如き殺気を孕んで伏せている。


隧道内は、不気味な湿気と線路の油の匂い、そして焦燥に駆られたソヴィエト軍工兵たちの荒い息遣いが充満していた。カーバイドランプの微かな揺らめきの下、赤軍の兵士たちが汗だくになりながらダイナマイトの束をレールと洞壁の隙間に突っ込み、起爆電線を焦りとともに結線している。


「早くしろ! 日本軍の装甲列車がチタを越えたぞ! あと5分でこの坑道を爆破する!」


ソヴィエト軍大尉の怒号が隧道の曲折部に反響した。だが、彼らが直後に耳にしたのは、爆破命令の返答ではなく、闇の奥から急激に押し寄せてきた「風の鳴る音」――空気を切り裂く無数の跳躍音であった。


『突撃ッ!』


加藤中佐のハンドサインが、暗破の沈黙を粉砕した。


次の瞬間、カーバイドランプの光の届かぬ漆黒から、紺色の空挺服を身に纏った死神たちが躍り出た。


先頭を切る横一特の兵士たちは、九九式短小銃に三十年式銃剣を装着し、低く構え、脱兎の如き速度で間合いを詰める。発砲音すら立てない。最初の犠牲者となったソヴィエト軍歩哨は、銃を構える間もなく、喉笛を正確に刺し穿たれた。着剣された刃が頸椎を破砕し、声にならない血の泡を吐き出させながら、横一特の兵士はその体を盾に押し込み、後方の敵の視界を遮った。


「敵襲! 敵襲っ――」


悲鳴を上げかけたソヴィエト軍曹長に対し、挺進兵の影が躍りかかった。一〇〇式機関短銃の銃身を掴んだ挺進兵は、引き金を引くことなく、重量のある鉄製銃床をソヴィエト兵の側面から顔面へ叩きつけた。鼻骨と頬骨が叩き割れる重い衝撃音が洞内に響く。体勢を崩した曹長の首筋へ、そのまま抜き身の九八式軍刀の尖端が滑り込み、頸動脈を一閃した。溢れ出た温かい血が、コンクリートの壁面に赤黒い絵の具のように撒き散らされる。


「ウラーッ!」


巨漢のソヴィエト軍工兵が、作業用の大型バールを振りかざして死に物狂いで横一特の将校へ襲いかかった。狭い隧道内では、長身の銃は時に鈍重な隙を生む。しかし、日本軍の精鋭たちはその狭隘さすら殺傷の技術へと昇華させていた。


バールが空を切り、隧道の岩肌を打って激しい火花を散らす。その一瞬の隙を見逃さず、横一特の兵士は相手の懐へ潜り込んだ。腕でソヴィエト兵のいなすと同時に相手の足の後ろに足を突っ込んで、そこを軸に活き良いよく地面に叩きつけ、右手に握った自前の空挺用に改造した短刀をソヴィエト兵の脇腹――防寒服の隙間から肋骨の間へ深々と突き刺した。


「ガハッ……!」


刃を捻り上げながら引き抜くと、生暖かい内臓の匂いが暗闇に立ち込める。ソヴィエト兵が膝から崩れ落ちる前に、兵士はすでに次の標的へと視線を滑らせていた。


狭隘なトンネル内部は、銃撃の閃光と咆哮、そして肉が割かれ骨が砕ける生々しい音の渦と化した。


ソヴィエト軍の二等兵が、半狂乱になりながら腰のトカレフ拳銃を引き抜き、至近距離から乱射を試みた。ババァン! と洞内に爆音と硝煙が炸裂する。だが、挺進兵は影のように横滑りし、拳銃を構えたソヴィエト兵の腕を一瞬で両手で挟み込み。さらに踏み込み、肘とともに手首の骨を脱臼させ、奪い取ったトカレフの銃口をそのままソヴィエト兵の顎下へと押し当てる。


ダンッ!


頭蓋を貫いた弾丸が天井の岩肌を穿ち、砕けた骨と脳漿が雨のように降り注いだ。


一〇〇式機関短銃の抑圧された短い連射音――「タタタン、タタタン」という機械的な打撃音が、散発的に闇を切り裂く。それは掃射と言うより、解体作業に近かった。配線を持ったまま固まっている工兵の胸腔を、銃撃が抉り抜き、火薬箱へ伸びた手は届かない。


不意打ちの混乱、閉鎖空間の恐怖、そして何より、一切の無駄な動作を削ぎ落とした「見敵必殺」の暗殺術。赤軍が誇る頑強な工兵たちは、反撃の体勢を整えるどころか、己の置かれた状況を理解することすらできずに肉塊へと変えられていった。


戦闘開始から、わずか二分。


かつて爆薬の準備で活気と焦燥に満ちていた第三十九号隧道は、立ち込める白煙と、鉄と血の嫌な匂いが充満する肉の屠殺場と化していた。


日本軍の兵士たちは、前日からの降下直後に行われた隠密哨戒により、この隧道の構造はもちろん、敵の配置、警備の交代時間、さらには爆破装置の配線位置まで完全に把握していた。その緻密な情報の下で繰り出された白兵戦は、もはや「戦い」ではなく、洗練された暴力による「一方的な抹殺」であった。


転がる無数の死体の合間を、血濡れた軍刀と銃剣を拭いながら、横一特と挺進団の兵士たちが足音もなく配置についていく。起爆電線はすでに数カ所で切断され、土嚢の陰に仕掛けられていた大量のダイナマイトは完全に無力化されていた。


『化け物か……。貴様ら、本当に人間か……!』


最後の一人となったソヴィエト軍大尉は、壁に背をあずけ、腰の嚢から手榴弾を取り出そうとする指を激しく震わせていた。足元には、自らの部下たちだったものが、不自然な形に折れ曲がり、血の海の中に沈んでいる。


加藤中佐は、血煙の向こうから静かに歩み寄った。その軍服には一滴の返り血すら払われておらず、手に握られた九八式軍刀の刃先だけが、落ちたカーバイドランプの光を反射して怪しく光っていた。


加藤は大尉の震える手元を一瞥し、まだ配線すら完了していない起爆装置の残骸に視線を遣ると、流暢で冷徹なロシア語を隧道内に響かせた。


『我々は、この鉄路を走る鉄道部隊の先遣隊に過ぎん』


大尉の指から激発ピンが付いたままの手榴弾が滑り落ち、鈍い音を立てて血溜まりの中へ沈んだ。その瞳から戦意の光が消え去るのと同時に、加藤の軍刀が静かに鞘へと収まる金属音が、死に絶えた隧道の中に冷たく渡った。


---


バイカルの黎明、機関車の咆哮


戦闘開始からわずか数分。第三十九号隧道を守備していたソヴィエト工兵部隊は、文字通り壊滅した。

隧道内には硝煙と鉄の臭いが立ち込め、静寂が戻る。加藤中佐は、無線機から信号を中継する索敵機へ、隧道の確保の報告をした。そして、懐から信号銃を取り出し、バイカルの空に向けて一発の青い光を放った。


「全隧道、占領完了。鉄道防衛線に異常なし」


その信号が夜明けの空に消える頃、東の地平線から重厚な地響きが伝わってきた。

榎本隆正大佐が率いる、鹵獲された巨大な蒸気機関車。ウラジオストクから逆走してきた黒い鋼鉄の塊・北方防衛開放軍の車列が、黒煙を上げて近づいてくる。貨車の上には、M36・雷轟の巨砲を構えた第8方面軍の兵士たちが、勝利を確信した表情で立っていた。


バイカル湖畔鉄道は守られた。バイカル湖は紅葉(赤や黄色)に彩られた湖畔と朝日に煌めく湖面が美しかった。

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