第30親衛狙撃連隊の決断 1
一、通遼の決別(十七時十五分)
通遼平原は、文字通りの地獄と化していた。
全方位から収縮する包囲網。南からは米軍譲りの近代兵器を駆使する南方軍のM36・雷轟が、一千メートル以上の彼方から正確無比な狙撃でT-34-85を鉄くずへと変え、北からは伊勢神忠雄中将率いる北方本国軍の新一式中戦車が、新素材《帰還鋼》の胸甲で76mm砲弾を火花とともに弾き返しながら進撃していた。空からは一式陸上攻撃機やB-17の重爆撃機隊が、絨毯爆撃を敢行し、大地そのものを磨り潰していく。
「降伏の選択肢は与えられない。完全なる消去・滅却だ」
全周波の無線から流れた北方防衛開放軍の冷徹な宣言は、赤軍の野戦司令部を絶望で満たした。
「全兵員に告ぐ! 祖国のために肉弾となって突撃せよ! 退却する者は私がその場で処刑する!」
胸に赤い星のバッジをつけた政治将校ニコライ・イワノフが、目を血走らせてトカレフ拳銃を振り回していた。彼にとって、兵の命は世界革命の消耗品に過ぎなかった。
だが、その銃口の前に立ちはだかる男がいた。第30親衛狙撃連隊長、ヴィクトル・ボリソヴィチ・プロホロフ大佐である。スターリングラードの死闘を生き抜き、胸に親衛の徽章を輝かせる叩き上げの職業軍人であった。
「退け、イワノフ」
プロホロフの低く、地鳴りのような声が響いた。
「これは戦闘ではない。ただの屠殺だ。我々はコミュニストの狂信者である前に、祖国を守る軍人だ。これ以上、我が連隊の勇敢な兵たちを無意味な犬死にに付き合わせるわけにはいかない」
「反逆か、プロホロフ!」
イワノフが引き金を引こうとした刹那、プロホロフの傍らにいた先任曹長が、トカレフを握る政治将校の手首を容赦なく掴み、ねじ上げた。鈍い破裂音とともに拳銃が泥に落ちる。プロホロフは大振りの拳でイワノフの顎を打ち抜き、気絶した狂信者を泥の中に転がした。
「第30親衛連隊、これより統制を保ったまま包囲網を脱出する。目標は北西、バイカル湖方面」
プロホロフは周囲の将兵を見回した。
「我が連隊は略奪をせず、無辜の民を殺さず、ただ軍人の誇りとともに戦ってきた。生きてロシアの土を踏むぞ。目立つ戦車から降り、負傷者を担架に乗せろ。歩調を合わせるんだ!」
十七時三十分、凄まじい硝煙と夜闇が平原を覆う中、第30親衛連隊の生き残り約四百名は、東翼を守る関東軍騎兵第71連隊の包囲網のわずかな隙間――激戦によって生じた一瞬の戦術的空白を突き、音もなく泥濘の中を北西へと這い出していった。




