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待たせたな!  作者: 僧籍
第四部 北方防衛開放戦線

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通遼の黄昏:赤軍の滅却 1-2 昭和二十年十月十五日 十七時三十分

ソヴィエト軍に対する攻撃は終わらない。


プリエフ集団の壊滅


「警戒すべき部隊」として日本軍にマークされていた、イッサ・プリエフ少将率いるソ蒙騎兵機甲集団――通称「プリエフ集団」は、この絶望的状況下でも動いていた。

戦車の突進力と、モンゴル人騎兵の柔軟な展開力を併せ持ち、ゴビ砂漠を縦断してきた「砂漠の亡霊」である。プリエフ少将は、包囲網の最も薄いと思われる南西方向への強行突破を試みた。


「ウラー!」


モンゴル人派遣部隊の騎兵たちが、手綱を握り、サーベルを抜いて疾駆する。その後方を、T-34-85戦車部隊が排気煙を上げて追従した。

だが、彼らが飛び込んだのは、今村均大将と掛井大将が率いる南方軍の「十字砲火」だった。

地平線から姿を現したのは、最高時速80キロを超えるM18「電光」の群れであった。


「速すぎる……!」


M18は指揮官の命令によって十字砲火の火点の位置まで急速に移動し、騎兵の隊列を、12.7mm重機関銃M2を掃射した。一瞬にして人と馬が肉片となって平原に転がる。

続いて、アウトレンジからM36「雷轟」の90mm砲が火を噴いた。プリエフ集団のT-34は、自らの有効射程外から放たれた徹甲弾によって、正面装甲を容易に撃ち抜かれた。車内で砲弾が誘爆し、戦車兵たちはハッチから火だるまになって転がり落ち、砂に顔を埋めて動かなくなった。


爆風によって指揮車から投げ出され、赤土と硝煙に塗れて地表へ叩きつけられたイッサ・プリエフ少将は、朦朧とする意識の中でなおも冷えた拳銃のグリップを握り締めていた。


視界の先では、騎兵たちがM18「電光」の重機関銃弾に薙ぎ払われ、T-34戦車がM36「雷轟」の90mm砲によって次々と撃破される。耳を裂く爆音と悲鳴が遠のいていく感覚の中で、彼の脳裏には、走馬灯のように己の激動の半生が駆け巡っていた。


「俺の人生は、常に風と土とともにあった……」


ロシア帝国テルスコイ州の小さなスタリ・バタコ村で生まれた幼少期。出稼ぎ先のカナダで父親が事故死したという報せを受け、幼くして羊飼いの手伝いをして家族を養った。親類を頼って移住した先では、極寒のボイラー室で真っ黒になりながら助手として働き、商店の雑用で日銭を稼ぐ日々。貧しくも懸命に生きていた少年時代の景色が、懐かしく胸を突く。


あの歴史を揺るがした革命こそが、己の運命を根底から変える転換点であった。共産ソヴィエト政権の軍へ入隊すると、生来の優れた騎兵としての素質が見出された。そこからは疾風のごときキャリアであった。騎兵学校を卒業し、精鋭の集うフルンゼ軍事大学で学びを深め、モンゴルでの軍事顧問を経て、白ロシア軍管区の第6騎兵師団長へ。軍内部を吹き荒れた凄惨な粛清の嵐すらも実直な性格と卓越した能力、そして前線での確かな実績が評価されて生き延び、ソ連軍の最高学府である参謀本部アカデミーの門を叩き、そこを卒業した。


卒業と同時に勃発したナチス・ドイツの侵攻。モスクワ防衛戦での命懸けの疾走、スターリングラードでの凄惨な激闘、そしてウクライナから東欧へと至る苛烈極まる解放戦線――。幾千の死線をくぐり抜け、赤軍の誇り高き将軍として駆け抜けてきた己の軌跡。


「そして、この遥かなる満州の地において……とうとう、俺の人生は終わろうとしているのだな」


砂塵を巻き上げて迫り来るM18の無限軌道の足音が、地響きとなって全身を揺らす。プリエフ少将は最後の力を振り絞り、かすむ目で青空を仰ぐと、引き金に指をかけた。


「ウラー……!」


最後の咆哮は、エンジン音と乾いた一砲の炸裂音の中に消えた。プリエフ少将とソ蒙騎兵機甲集団は、こうして満州の荒野の露となり、その壮絶な歴史に静かに幕を下ろしたのだった。


---



火の海の絶望:砲兵の最期


平原の中央では、数個の戦闘師団の部隊長たちが、全周防御の陣地を築こうと足掻いていた。


「砲兵! 敵の戦車を止めろ! 早く撃て!」


砲兵達は122mm榴弾砲を操作していたが、彼らが照準を完了する前に、空から無数の航空爆弾が降り注いだ。さらに、日本軍のダッジ WC多目的トラックの車列が、驚異的な速度で陣地の側面に回り込む。トラックの荷台に搭載されたロケット砲や重迫撃砲が、一斉に火を噴いた。


「弾薬が……!」


ソヴィエト軍兵站部隊の兵達が、弾薬箱を運ぶ間もなく、陣地全体が爆風と土煙に包まれた。日本軍はGMC CCKWトラックを主軸とする圧倒的な輸送能力により、一発の無駄もなく、絶え間なく弾薬を前線に供給し続けている。赤軍の砲兵陣地は、反撃の砲声を一発も上げることなく、鉄くずと化した大砲の下で全員が肉塊となった。


---



完全なる滅却:歩兵達の最期


十七時三十分。

「死ね、この地より」「死ね、この世から」「死ね、この時代から」「死ね、永遠に、常しえに」

「貴様らに、来世も、転生も、救いもいらぬ、ここで朽ち果てて、すべてを終わらせる」


日本軍の冷徹な意志の通り、包囲網は一気に収縮した。

生き残った歩兵達は、泥濘んだ地面を掘っただけの掩体壕に身を潜めていたが、彼らの耳に届いたのは、乾いた、しかし途切れることのない銃声だった。日本軍歩兵が手にする小銃の連射音が、平原を完全に圧している。


「突撃して白兵戦に持ち込め!」


ある師団長が叫んだが、その直後、目の前の視界が真っ赤な炎で埋め尽くされた。

日本軍の火炎放射器から放たれた数千度の業火が、塹壕に降り注ぐ。中にいた歩兵も、彼らを背後から脅していた政治将校も、等しく引き裂かれるような悲鳴を上げて、黒焦げの炭へと変わっていった。

戦線は完全に崩壊した。


---


最後―― 司令部塹壕


外の地獄は、急造された野戦塹壕の薄い土壁を激しく揺らしていた。


ある師団長が何かを絶叫した次の瞬間、屈曲部から突入した火炎放射の業火が塹壕の通路を灼熱の朱に染め上げた。中で抵抗していた歩兵も、彼らの背中に銃口を突きつけていた政治将校も、区別なく引き裂かれるような悲鳴を上げて黒焦げの炭へと変わっていく。戦線という名の秩序は、完全に灰燼に帰していた。


その最奥部、猛烈な追撃から逃れ、泥まみれの土嚢を積み上げただけの粗末な司令部塹壕。


ザバイカル方面軍司令官、そして臨時極東第一・第二方面軍司令官の三人は、上からパラパラと崩れ落ちてくる土砂と硝煙が充満する中で、無言のまま佇んでいた。


泥と血で汚れた野外卓の上に広げられた地図は、赤と黒の自軍の潰滅を示す線で塗り潰されている。モスクワからの死守命令、共産主義が約束した世界革命の理想、そして「無敵の赤軍」という壮大な虚飾――それらすべてが、頭上を揺らす日本軍の重砲撃と、目と鼻の先で迫る自動小銃の断続的な作動音の前に、虚しい紙くずへと成り下がっていた。


退却に退却を重ね、かろうじて掘っ立てたこの溝のような塹壕すら、もはや数分と持たない。


「……奴らが、来る」


誰かがかすれた声で呟いた。それは敗北の無念ではなく、地表を覆い尽くすあの「悪魔」たちに生きて捕らえられることへの、理性を狂わせるほどの純粋な恐怖であった。


彼らは覚悟を決めた、不発や死にきれず生き残ってしまう失敗は断じて許されない。他者の手に頼る猶予もなく、一人だけ取り残される悪夢すら恐ろしい。彼らは自らの手で確実に命を終わらせるべく、それぞれ無言のまま腰のホルスターからトカレフ TT-33を抜き取った。


言葉による遺言も、祖国への賛歌もなかった。そこにあったのは、迫り来る足音から一刻も早く逃れようとする、極限の恐慌だけだった。


各自が固く握りしめた右手で撃鉄を起こす。カチリ、カチリと硬質な金属音が硝煙の満ちる塹壕内に響く。


三人はそれぞれ、己の震える銃口を己の側頭部へ、骨が鳴るほど深く強く押し当てた。射損じをなくすため、自らの指でしっかりと銃身を固定する。冷たい鋼鉄の感触だけが、彼らに残された最後の現実だった。


パンッ、パンッ、パンッ――ッ!


途切れなく連続して弾けた乾いた銃声。各自の手で引かれた弾丸が脳頭蓋を貫き、三つの死体は泥の床へと力なく崩れ落ちた。


直後、至近弾の激しい爆破音とともに積まれた土嚢が派手に吹き飛び、黒煙と熱風が塹壕内へ一気に雪崩れ込んできた。


そして、凄まじい轟音と共に、クラフチェンコ上級大将のいる野戦司令部の塹壕が、榴弾の直撃の爆風で跡形もなく吹き飛んだ。


吹き飛ぶ土砂や肉片の中、全身を泥と血で汚したクラフチェンコの遺体は細切れに吹き飛んだ。


かつて欧州を震撼させ、満州へ侵攻したソヴィエト大軍団の最高指揮部隊は、こうして歴史の表舞台から完全に消滅したのである。


偶然に生き残った兵士が夕闇に染まる通遼の黄昏を見上げた。

思想も、階級も、兵力も、すべてが無意味となった絶対的な暴力の空間。そこにいるのは、もはや将軍や兵士ではない。すり鉢の底で、等しく完全な消去の順番を待つ、哀れな獲物の群れでしかなかった。


---


組織的な抵抗が完全に消失した後も、日本軍の動きに容赦はなかった。

彼らは戦場の残敵を一つずつ探し出し、部隊からはぐれ、負傷し、泥の中を這って逃げようとする一人ひとりを、地の果てまで追いかけていった。

足を撃たれ、平原の草むらに倒れ込んでいた一人の赤軍歩兵が、影に気づいて見上げた。

目の前に立っていたのは、銃剣を血に染め、感情の消えた瞳で自分を見下ろす日本兵だった。

命乞いをする言葉すら、喉にへばりついて出てこない。狂信的なイデオロギーの末路が、この冷徹な復讐者たちの前での死だった。


兵士は、最後に残った力で、その復讐者に向けて叫んだ。


《Японский чёрт (ヤポンスキー・チョールト/日本の悪魔)!》


ド、ン。


銃声が響き、叫んだ者は、すぐに地上から消えた。

通遼平原を満たした硝煙の向こう、ソヴィエト軍の数十万の兵力は、ただの静まり返った焦土の一部となり、十月の寒風の中に完全に消し去られた。


満州奪還・ソ連軍包囲殲滅作戦 終


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