天津へ上陸 張家口の戦い 7-3 第8方面軍は天津に上陸する 1945年10月5日
天津上陸 第8方面軍
1945年10月5日正午、黄海の波濤を越えた南方軍の最後の上陸艦隊が、天津近郊の塘沽港に接岸した。 この港は華北最大の積み出し港として整備されており、巨大な兵站基地となっていた。
岸壁には巨大なクレーンと貨物鉄道線が整然と走っている。艦首のハッチが開き、重厚な鋼鉄の響きとともに、第8方面軍の機甲部隊が大陸の土を踏んだ。司令官・今村均大将は、指揮車両の傍らで、静かに上陸作業を監視していた。
第8方面軍の編制と指揮系統
今村大将を頂点とする第8方面軍の司令部は、実務と機動力を重視した精鋭によって固められていた。
司令官 今村均大将
幕僚団
加藤鑰平中佐(参謀長)、広瀬四郎少将(高級参謀)、高橋鶴夫大佐(高級参謀)、松久徳太郎大佐(高級副官)
各部長
舟山貞治少将(兵器部)、広田明主計少将(経理部)、上原慶軍医中将(軍医部)、湯川忠一獣医大佐(獣医部)、矢島昌良法務少将(法務部)
情報
成松長正少佐(特殊情報部長代理)
上陸部隊の中核は、第17師団、第38師団、および第65旅団である。これに第8方面軍通信隊と第9砲兵司令部が随伴し、広大な大陸での長距離通信と重火力の提供を担保していた。
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上陸した部隊の最大の特徴は、アメリカ軍から接収した最新鋭の装甲車両で完全に機械化されている点にあった。これは日本軍自前の装備を遥かに凌駕する攻撃力と機動力を備えていた。
M4・神官戦車 信頼性と汎用性に優れた傑作中戦車。75mm砲搭載型は歩兵支援に威力を発揮し、一部の部隊には対戦車能力を高めた76.2mm砲搭載型も配備されている。
M36・雷轟自走砲 強力な90mm砲を備えた対戦車自走砲。満州の広大な平野部において、ソヴィエト軍の戦車を射程外から撃破する「射程外戦法」の主役として期待されていた。
M18・電光駆逐戦車 最高時速80km/hを超える快速の牙。ソヴィエト軍の側面を突き、補給線と司令部を電撃的に叩くための機動打撃部隊に集中的に配備された。
M24・迅雷軽戦車 75mm砲を搭載した新世代の偵察車両。高性能無線機を標準装備し、航空部隊や歩兵との緊密な諸兵科連合を可能にしている。
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天津飛行場の確保と航空支援体制
上陸と並行して、工兵隊および航空基地地上要員は、直ちに天津飛行場(張貴荘飛行場)へと出動した。この飛行場は1944年から45年にかけて大規模な改修と設備強化が施された華北の重要拠点である。かつては浜松陸軍航空爆撃隊などが利用していたこの基地を、南方から北上してくる基地航空隊の受け入れ先として再整備することが、工兵隊に課せられた至上命令であった。
「滑走路の整備を急げ。カリマンタン島から飛来する第四航空軍を迎え入れるぞ」
工兵隊の指揮官が檄を飛ばす中、飛行場の各所では航空燃料の貯蔵庫や弾薬庫の点検が、分刻みのスケジュールで進められた。
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滑走路の整備が終わるころ、工兵隊の報告とほぼ同時に、管制室の無線受信機が交信音を拾い上げた。
『……こちら、カリマンタン第四航空隊所属、第一飛行隊長・佐藤少尉。長距離航続を終了し、天津上空に到達。着陸許可を乞う』
「こちら天津飛行場管制! 待っていたぞ、佐藤少尉! すでに滑走路の受入準備は完了している。風向き北北西、風速三ノット。第一滑走路へ進入されたし!」
雲を突き破り、降り注ぐ昼光を浴びて現れたのは、流線型の美を誇る銀翼――P-51「麒麟」の精鋭編隊であった。主翼の下には空になった大容量の増槽タンクが脱落した痕跡が残り、過酷な長距離飛行の激しさを物語っている。先頭を行く佐藤少尉の「麒麟」は、優美なシルエットを保ったまま機首を緩やかに下げ、水冷エンジンの滑らかな低音を響かせながら滑走路へと接近した。
キィッ……と短いタイヤの悲鳴とともに、主脚が真新しいアスファルトを捉える。一分の狂いもない滑らかな着地。旋回性能と高速性能を兼ね備えたP-51「麒麟」は、一切の無駄のない制動動作で速度を落とすと、指示された露天駐機場へと優雅に滑り込んでいった。続いて同型機が吸い込まれるように次々と着陸していく。
『こちら第二飛行隊、佐久間少尉。第一滑走路の着陸完了を確認。第二滑走路へ進入する』
「こちら天津管制。佐久間少尉、第二滑走路へ進入せよ。滑走路は完全に良好だ!」
空を切り裂いて舞い降りてきたのは、怪物のような大出力2,000馬力級星型エンジンを抱いた空の重戦車――P-47「稲妻」の群れであった。
ズドロロロロ……ッ!
地響きのような圧倒的な排気爆音とともに、佐久間少尉の「稲妻」が巨躯を滑走路へ叩きつけるように力強く接地した。巨大な4葉プロペラが巻き起こす風圧が、滑走路脇の工兵たちの作業服を猛烈に羽ばたかせる。重装甲と威圧的な太い胴体をもつ「稲妻」は、周囲の空気を圧搾するような威容を誇りながら、駐機場へとどっしりと歩みを進めていった。
エンジンが静かに停止し、プロペラの回転が止まると、両機のキャノピーが一斉に後方へスライドした。
風防から姿を現した操縦士たちの顔は、南陽の強烈な太陽に炙られ、見事なまでに深い赤銅色に焼け焦げていた。飛行服の襟元には白い塩の結晶が浮き出ており、渡洋飛行の過酷さを物語っている。
しかし、その瞳に疲れの陰りは微塵もなかった。フィリピンのでの地上戦、カリマンタンでの過酷な爆撃迎撃戦、そして、ニューギニアの戦いをことごとく生き抜いてきた猛者たち。風防越しに数多くの敵機を破ってきた鋭い眼光、そして身に纏う圧倒的な自信――。天津の地に降り立った彼らは、単なる兵士を超えた、極限の空を支配する熟練操縦者としての堂々たる貫禄を全身から放っていた。
「隊長、華北の風はちっとばかり冷たいですが……空の広さは南太平洋と変わりませんね」
部下が手ぬぐいで汗を拭いながら声をかけると、佐藤少尉はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、天津の蒼空を見上げた。
「ああ。だが、南洋と大陸では勝手が違う。空気の重さや風が違うぞ、すぐに慣れんとな。急いで油と弾を叩き込め! 我々の戦場は、まだまだ続くぞ!」
佐藤少尉は飛行手袋を外し、熱を帯びた「麒麟」のカウリングにそっと手を触れると、迎えた地上整備員たちに向かってニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「整備班長どの、即座に給油と給弾を頼む。いつでも飛べる状態にしておいてくれ」
「ハッ! 30分で完璧に仕上げます!」
南方の激闘で鍛え上げられた鉄の翼と猛者たちが、今まさに華北の戦雲の中へと解き放たれようとしていた。
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北支の闇と「共産党ゲリラ」の影
方面軍司令部が天津市内の拠点に移動を開始した頃、特殊情報部長代理の成松少佐は、潜伏する工作員からの報告を受けていた。混乱に乗じ、政治的不安を画策する組織「共産党ゲリラ」の動きが捕捉されたのである。今村大将は、ソヴィエト軍という正面の敵だけでなく、背後で蠢く「世界共産主義革命」を掲げる中国共産党も視野に入れ、冷徹に軍を動かしていた。
「敵は北のソヴィエト軍だけではない。日本軍の背後を刺そうとする腐敗の根を、今のうちに断ち切らねばならん」
今村大将の言葉を受け、第8方面軍の通信隊は直ちに暗号通信の傍受と解析を強化した。そして、今村均中将率いる第八方面軍は天津から北端の丸一陣地まで軍を進めるために急がねばならない。
1945年10月、北方から肌寒くなった風が吹く中、塘沽港から天津飛行場へと続く街道は、絶え間ないエンジンの排気音と、キャタピラの軋む音に支配されていた。南方軍、北方軍、関東軍、そしてこの第8方面軍。四方向からの圧力がソヴィエト軍を、運命の地・通遼へと追い詰めようとしていた。




