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待たせたな!  作者: 僧籍
第四部 北方防衛開放戦線

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大連、旅順への上陸作戦 6-7 ソヴィエト軍残存部隊は撤退を開始する。1945年10月5日午前12時

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


アンドレイ・クラフチェンコと第6近衛戦車軍の彷徨


1945年10月5日真夜中の12時、旅順・大連の焦土と化した大地を離れ、北へ向かう一筋の列があった。新太平洋艦隊による攻撃から奇跡的に逃れたアンドレイ・クラフチェンコ司令官と、ザバイカル方面軍隷下、第6近衛戦車軍の部隊である。


かつて大興安嶺山脈を越える奇襲を敢行し、関東軍を震え上がらせたその勇姿は今や見る影もない。彼らは第5近衛戦車軍団、第7および第9近衛機械化軍団の生き残り、そして自走砲連隊や軽砲兵旅団の残党をかき集め、奉天を目指して敗走を開始した。


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生存を分けた「空白の座標」


なぜ、戦車の半数以上が撃破されたあの大規模砲撃の中で、彼らは生き残ることができたのか。そこには、戦場の偶然とアンドレイ・クラフチェンコによる本能的な判断が重なっていた。


地形のデッドゾーンと微細な誤差

長門、榛名などの管制砲射撃は精密を極めたが、旅順・大連の複雑な海岸地形には、砲弾の弾道特性と地形の起伏が作り出す「死角」がわずかに存在した。第6近衛戦車軍の一部は、たまたま深い岩陰や、砲撃の計算から僅かに外れた座標に位置していたため、直撃と致命的な爆風を免れたのである。


第21輸送航空師団の「犠牲」と第12航空軍団の「特攻攻撃」


周水子飛行場へ瑞雲攻撃隊が突入し、Li-2やC-47輸送機が地上撃破される混乱の最中、地上部隊への注意は他へと向いていた。この飛行場への猛攻が一時的に艦砲射撃の密度を分散させ、北側の縁にいた部隊に撤退の隙を与えた。そして、正に日本軍が上陸する直前に行われた第12航空軍団の特攻攻撃によって得られた時間によって、迅速に退却を実行できた。


アンドレイ・クラフチェンコの先見的後退

平壌への攻撃で大混乱に陥る中、アンドレイ・クラフチェンコ司令官は「日本軍の攻撃は上陸前火力支援に移行する」と予感し、主要な司令部機能を最前線から数キロ北の地下壕へ移動させていた。この数キロの差が、人体の消滅と生存の境界線となった。


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泥濘と血の撤退路


生き残った彼らを待っていたのは、安らぎではなくさらなる地獄であった。


非情なる取捨選択

撤退の足を緩めることは、追撃してくる南方軍や北方軍の餌食になることを意味した。重傷を負い、呻き声を上げる兵士たちは、搬送するトラックも燃料も不足しているため、冷たい道端に置き去りにされた。かつての戦友を置き去りにする際、兵士たちは目を背け、ただ北への足を進めた。


撤退する列の中には、爆風で外装を剥がされたT-34-85や、損傷を負ったM4A2シャーマンが痛々しく混じっていた。かつて「大規模な装甲部隊の通行は不可能」と言われた山脈を越えた精鋭たちのプライドは、戦艦の巨弾によって完膚なきまでに砕かれていた。


迫りくる南北の顎(あぎと)

彼らの耳には、すでに天津に上陸した今村均大将の第8方面軍の足音、そしてハルビンから南下する伊勢神中将の北方軍の報が届いていた。


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奉天への道標


アンドレイ・クラフチェンコ司令官は、煤まみれの顔で北方を見据えていた。

背後では旅順港に南方軍の上陸艦艇が次々と接岸し、新太平洋艦隊の艦載機が逃亡者を狩るために空を舞っている。


彼らが逃れられたのは、運が良かったからではない。それは、さらなる巨大な包囲殲滅戦という「幕」を閉じるための、残酷な運命の配剤に過ぎなかったのかもしれない。奉天への道は、置き去りにされた負傷兵の呻き声と、焼き付いた鋼鉄の臭いに満ちていた。



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奉天への死路:崩壊する親衛戦車軍


遼東半島の荒野は、焦げ付いたディーゼル燃料の臭いと、冷たい泥濘に覆われていた。かつて大興安嶺を越え、関東軍の指揮系統を蹂躙した第6親衛戦車軍の栄光は、今や見る影もない。


「動け! 立ち止まることは、偉大なる祖国とスターリン同志への反逆である!」


泥にまみれ、虚ろな目で座り込む兵士たちの前に、革外套を纏った政治委員(コミッサール)が立ち塞がった。彼らのブーツは、兵士たちの軍服とは対照的に、まだ僅かに磨かれた艶を残している。政治将校たちは高圧的な命令を下し、動けなくなった重傷兵を顧みることもなく、部隊を北へと追い立てていた。その手には、躊躇なく引き金を引きかねないトカレフ拳銃が握られている。


「ここから奉天までは、わずかな距離だ。足を止める者は、この場で『処刑』する!」


兵士たちの士気は既に最低だった。新太平洋艦隊の41センチ砲弾によって、自分たちの誇りであったT-34-85やIS-2が紙細工のように引き裂かれる様を目撃した彼らにとって、政治的な煽り文句は空虚な風の音でしかなかった。だが、背後から突きつけられる「内部の銃口」だけが、彼らの重い足を動かす唯一の動力となっていた。


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見えざる死神の包囲


撤退を急がなければならない理由は、政治委員の脅しだけではなかった。旅順港では既に南方軍(掛井大将)本隊の上陸が完了し、天津からは第8方面軍(今村大将)が北上を開始している。さらに、ハルビンを制圧した北方軍の本隊が、東清鉄道を南下して彼らの退路を断とうとしていた。


「日本軍の先遣隊がすぐそこまで来ているぞ! 追いつかれれば、あのヤポンスキーどものの爆撃が再び我々の頭上に降り注ぐことになる!」


このまま遼東半島に留まることは、組織的な消滅を意味していた。彼らは、南方軍による「さらなる攻撃」という恐怖から逃れるため、血の混じった泥を蹴り、一歩でも北へ、日本軍の「鋼の檻」の外へと這い出そうとしていた。


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アンドレイ・クラフチェンコの賭け:奉天という名の灯火


敗残の列の先頭を行く指揮車の中で、アンドレイ・クラフチェンコ司令官は煤けた地図を凝視していた。彼の髪は数日のうちに白さを増し、その双眸にはかつての「英雄」の輝きよりも、一軍の主としての執念が宿っていた。


「……奉天だ。あそこまで行けば、道は開ける」


アンドレイ・クラフチェンコは自分自身に言い聞かせるように、あるいは祈るように呟いた。奉天には、未だ壊滅を免れた極東方面軍の残存部隊が集結しているはずだ。彼らと合流し、シベリア鉄道経由で届くはずの新たな装備と補充兵を手にすれば、再びこの広大な大陸で反撃に転じることができる。彼はそう信じていた。あるいは、そう信じることでしか、この地獄のような撤退戦を指揮し続けることはできなかった。


北へ、地獄の先へ、撤退路の脇には、燃料の切れた車両や、動けなくなった負傷兵が次々と置き去りにされていく。政治委員の怒声と、寒風の中に消えていく負傷兵の細い呻き声。アンドレイ・クラフチェンコ司令官が率いる残存部隊は、背後に迫ると「南方軍」の影に怯えながら、奉天という名の、実体のない希望を追い求めて泥濘を進む。彼らの行く先を待ち構えているのは、ハルビンから南下する伊勢神中将の精鋭たちか、それともアンドレイ・クラフチェンコが夢見る「再起の地」か。満州に降る雨が、敗れゆく軍隊の肩を無慈悲に叩き続けていた。


北方では、ハルビンから南下を開始した伊勢神中将の北方軍が、この敗残の列を待ち構えている。東からは関東軍が圧力を強め、西からは今村大将第8軍が包囲の輪を縮めていた。


政治委員の怒声と、負傷兵の細い呻き声、そして泥を蹴る軍靴の音。かつて大興安嶺を越えた英雄たちの行軍は、いまや死神から逃れるための無様な彷徨へと成り下がっていた。それでも、アンドレイ・クラフチェンコと残された将兵たちは、泥濘の先に奉天という名の「幻影」を追い求め、重い一歩を踏み出し続けていた。

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