大連、旅順への上陸作戦 6-6 上陸 1945年10月4日正午12時00分
鉄潮の進撃:旅順港大上陸作戦
1945年10月4日、遼東半島の先端に位置する旅順港は、新太平洋艦隊による断罪の炎に包まれていた。かつてコンクリートの要塞に守られていたソヴィエト軍第6近衛戦車軍の陣地は、41センチ砲弾の暴力的な質量によって、原型を留めぬまでに粉砕されていたのである。この「攻撃」が完了した瞬間、立案された壮大な包囲殲滅戦の最終段階が始まった。
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午前10時
北方防衛開放軍・南方軍総司令官、掛井道真大将の指揮下にある膨大な上陸船団は、黄海の荒波を切り裂いて北進していた。
「第8方面軍は天津へ向かえ!」
信号旗と無線が交錯する。今村均大将率いる第8方面軍を乗せた輸送船団は、天津へ上陸して北支那方面軍司令官・根本博中将と合流すべく、西へと舵を切った。それ以外の南方軍の全上陸艦艇、そして横須賀鎮守府第一特別陸戦隊を乗せた舟艇群は、黒煙を上げる旅順へとその機首を向けた。水平線を埋め尽くすほどの輸送艦、大発、小発の群れ。
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時を遡る。
瑞雲隊による周水子飛行場への猛爆撃が敢行される前、ソヴィエト軍第12航空軍の指揮官たちは、冷徹な決断を下していた。
突貫の「青空整備」と「共食い整備」によって修復された機体群を、一箇所に集めておくことは破滅を意味する。彼らは爆撃の手が及ぶ前に、大連周辺に点在する小規模な野戦飛行場や平地、踏み固めた簡易滑走路へと、修復した機体を密かに分散待機させていたのである。
そこで残存していた貴重な高オクタンガソリンと弾薬を限界までかき集め、彼らはただ一度の、そして最後の勝機をじっと待っていた。
狙うはただ一つ――日本軍が最も無防備となり、最大の損害を与えられる瞬間。すなわち「旅順港への大上陸作戦開始」のまさにその時であった。
雲を突き抜けた高度三千メートル、大連より二百キロメートルの上空。
野戦飛行場から命懸けで離陸したソヴィエト軍第12航空軍の残兵部隊は、広大な青空の下で合流を果たしていた。爆音を轟かせるのは、数機単位でかき集められた「Yak-9」と「Yak-3」の機体群。その懐に抱かれるように、厚い装甲を纏った「Il-2 シュトルモヴィク」、そして低く唸りを上げる双発爆撃機「Pe-2」と「Tu-2」が巨大な突撃陣形を組んでいく。
その無線のノイズの向こうから、イワノフ航空総隊長の絞り出すような、だが魂を揺さぶる声が各機の飛行帽に内蔵されたヘッドホンへ響き渡った。
『全機、傾聴せよ。我々、第12航空軍団の意地を見せるときが来た! ヤポンスキーどもの尻に食らいついても、奴らを大空から引きずり落とせ! そして何があろうと、攻撃部隊を奴らの上陸地点まで送り届けるのだ!』
総隊長は操縦桿を握り締め、背後の編隊を見つめるように言葉を継いだ。
『私は貴様らを麾下にして戦えたことを心から誇りに思う。独ソ戦の地獄から、極東の果てまで、よくぞ私についてきてくれた。感謝する!』
極寒の東部戦線を生き抜き、今また生きて帰れぬ特攻攻撃へと向かうパイロットたちの胸に、熱い血が滾り出した。無線機から、ノイズを突き破るような男たちの怒号と歓喜の唱和が返ってきた。
『我らも指揮官殿の指揮下で戦えたことを、心より光栄に思っております!』
『ソヴィエト万歳! 12航空軍に栄光あれ!』
『目標、旅順沖の敵輸送船団!ソヴィエト軍の誇りを示せ!』
死を恐れぬソヴィエト軍操縦士たちの群れは、爆弾とロケット弾を限界まで抱え、一切の生還を考慮しない凄惨な「特攻部隊」となって、日本軍が待ち構える旅順港へ向けて一筋の矢となって突撃を開始した。
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「電探に多数の感あり! 方位ゼロ・ハチ・ゼロ、高度二〇〇〇! 敵大型機を含む大編隊、本隊に向かって急接近中!」
新太平洋艦隊の旗艦「長門」の防空艦橋。レシーバーを耳に押し当てた情報士官の緊迫した叫びが、張り詰めた空気を切り裂いた。
新太平洋艦隊の長門の艦橋。情報士官の緊迫した叫びが響き渡った。
加治司令官は、少し目を閉じて、この状況に対して頭をすぐに切り替えた。
「周水子の生き残りか……各地の野戦飛行場に隠していたな。上陸部隊が最も隙を見せる瞬間を狙ったか。大したものだ」
加治は一歩踏み出し、前線の距離と速度の報告を待たずに通信士へ向けて鋭い手振りをみせた。
「敵部隊との距離はどのくらいだ? 速さは?」
「距離四十五! 速力二百四十ノット、直線コースで旅順沖へ一直線です!」
「各空母に直ちに打電! 直衛の戦闘機部隊を残らず発進させよ! 上陸舟艇を一機たりとも危険に晒すな! 上空警戒中の第1次直衛隊はただちに迎撃に向かえ!」
旅順沖に展開していた雲龍型航空母艦五隻――「葛城」「天城」「阿蘇」「笠置」「生駒」の飛行甲板が一斉に活気づいた。
「発進用意ッ!」
甲板員の合図と同時に、大出力の「金星五十四型」エンジンを咆哮する。そして、『零戦六四型改』が次々と大空へと飛び立っていった。
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大連と旅順の中間上空、蒼穹のただ中で、双方の先頭部隊が激突した。最初に接敵したのは、艦隊上空で直衛警戒にあたっていた先遣の零戦六四型改部隊であった。
「敵機視認! 迎撃を開始する!」
雲海を突き抜けた高度三千、先陣を切る第1次直衛隊の岡島大尉のレティクル中央に、鋭利な矢のような機影が捉えられた。独ソ戦で二〇機撃墜の撃墜王、ソヴィエト軍のヴォルコフ少佐が駆る「Yak-3」である。
相対速度一千キロを超える絶望的な正面接近。ヴォルコフは操縦桿を微動だにせず、機首の20mm ShVAK機関砲を斉射した。曳光弾の赤いラインが岡島のキャノピーを掠める。
岡島は間一髪の旋回で弾列をかわすと、金星五十四型エンジンの圧倒的な上昇力を活かして機首を捻り上げ、相手を捉えて、主翼の20mm機銃四門を斉射した。ずしりと手応えが伝わる。直撃を浴びたYak-3のキャノピーが木端微塵に砕け、ヴォルコフ少佐は血飛沫とともに操縦桿に突伏した。制御を失った赤き彗星は、黒煙の尾を引いて大連の海へ垂直に突き刺さった。
他の僚機も次々と戦闘状態に入った。雲を抜けた瞬間、相対速度千キロを超える極限の「ヘッドオン」が巻き起こる。ソ連軍の先陣を切るYak-3とYak-9が、護衛のために機首から20mm ShVAK機関砲と12.7mm ベレズィン重機関銃を吐き出しながら突っ込んでくる。零戦六四型改もまた、主翼の20mm機銃四門を一斉に放火させた。
ズバババババッ!
すれ違いざま、空中に火花と曳光弾の網目が交錯する。零戦の20mm砲弾を顔面に浴びたYak-9のキャノピーが木端微塵に砕け散り、黒煙を吹いてきりもみ状態に陥った。しかし、ソ連機もまた火ダルマになりながらも操縦桿を離さず、零戦の主翼を掠めるようにしてすれ違い、そのまま後方の輸送船団を目指して突き進む。
「敵の護衛機に構うな! 爆撃機隊を叩け!」
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そこへ、空母五隻から緊急発進した「葛城」「天城」らの零戦六四型改の第二次、第三次打撃部隊が、急上昇の軌跡を描きながら怒濤のごとく戦域へ躍り込んできた。
空前絶後の大空中戦が大連上空で花開いた。
「天城」隊の松井飛曹長と佐藤一飛曹のペアは、双発爆撃機Pe-2の首を狙って降下した。しかし、その射線を遮るように、ミハイル中尉とイワン中尉が駆る二機の「Yak-9」がハサミ状の交差飛行で割り込んできた。
ミハイルのYak-9が佐藤の機へ死角から襲いかかる。
「佐藤、右へ捻れ! 俺が追う!」
松井は高度を捨てて左急旋回。「ひねり込み」の技でYak-9の内角へ無理やり割り込んだ。零戦六四型改のズバ抜けた格闘性能が火を噴く。20mm砲弾がミハイル機の左主翼を根元から叩き折り、機体はキリモミ状態となって空中分解した。相棒を失い動揺したイワンのYak-9に対しても、態勢を立て直した佐藤が下方から滑り込み、腹部を一瞬の点射で抉り抜いた。
高度を確保した零戦六四型改は、優れた上昇力と重火力を活かし、ソ連軍の編隊の上方から次々と一撃離脱の襲撃を敢行する。
「Pe-2を捕らえた! 打ち込め!」
20mm砲の直撃を受けたPe-2の太い胴体が内部から炸裂し、両翼を撒き散らして空中分解を起こした。後方から追いすがるTu-2に対しても、二機ペアの零戦が死角となる下方から滑り込み、エンジン基部へ精密な掃射を浴びせる。激しい火球が連鎖的に大空に弾け、焦げた金属片が海へと降り注いだ。
ソヴィエト軍第12航空軍のパイロットたちは、圧倒的劣勢に陥りながらも凄惨なまでの闘志を見せた。被弾して翼を失ったYak-3が、自ら零戦の機体へ体当たりを試み、火炎の渦となって相討ちを狙う。しかし、最新鋭の零戦六四型改の機動力と、経験豊富な日本軍パイロットの冷徹な回避運動の前に、その死に物狂いの突撃も次々と空を切り、空中で撃ち落とされていった。
数において、高度において、そして機体性能において――優位を確立した日本軍空母戦闘機隊の圧倒的な火網の前に、決死の決意で挑んだソヴィエト軍航空隊は、一機、また一機と蒼空から消し去られていった。大連の空は、引き千切られたソヴィエト軍機たちの残骸と黒煙によって、暗く染め上げられていったのである。
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空母『葛城』隊の小野寺中尉は、海面を低空飛行する「Il-2 シュトルモヴィク」の背後に滑り込んだ。狙うは旅順港の輸送船団へ一直線に向かう襲撃機隊である。
小野寺は20mm砲を数発叩きこんだが、エンジンと操縦席を装甲に守られたIl-2はビクともしない。逆に、Il-2の後方銃手が旋回銃座から激しい12.7mm弾の雨を降らせ、小野寺の零戦のカウリングを削り取った。
「くそっ、本当に鉄の棺桶か!」
小野寺は背後につくのを諦め、急上昇からインメルマンターンを敢行。Il-2の最大の弱点である装甲の薄い上面(翼根やエンジンフード)へ向けて、真上からの急降下射撃を浴びせた。20mm砲弾が装甲の隙間を穿ち、Il-2のエンジンが爆発。黒煙に包まれた空の戦車は、白波へ猛スピードで激突した。
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第2打撃隊指揮官・坂井少佐の眼下で、両エンジンから炎を吹き出しながらも、なお操縦桿を離さない大型機があった。第12航空軍の航空総隊長イワノフ大佐が操縦する「Tu-2」爆撃機だ。
乗員は全員戦死し、大佐自身も重傷を負いながら、爆弾を抱えたまま大型揚陸艦を目指して急降下を続けていた。
「見事な意地だ……だが、通さん!」
坂井少佐は全開加速でTu-2の真上へ覆いかぶさると、限界ギリギリまで肉薄して20mm機銃の全弾を集中叩きつけた。翼の構造材が耐え切れずに断裂し、Tu-2は右翼を根元から失った。
「イリーナ、すまなかったな。子供たちを頼む」
イワノフ大佐の乗る機体は、巨大な火球となって大連沖の空中で霧散した。その焦げた金属片が、海上で陣形を組む防空駆逐艦の陣列へと、雨のように降り注いで行った。
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イワノフ大佐の壮絶な最後の一瞬の隙をつかれて、防空網を潜り抜け、海面を低空で死角から突入を図る「Il-2」の編隊が存在した。重装甲に守られた彼らは、被弾を省みず、一直線に波間にひしめく大発・小発の上陸舟艇群を目指す。ソ連軍パイロットたちの最後の一撃に賭ける執念であった。
「敵攻撃機、低空より突入してきます!」
その危機を阻んだのは、上陸船団の外郭を強固に固めていた新太平洋艦隊の防空駆逐艦群であった。
「防空打撃陣形展開! 全砲門、撃ち開けッ!」
秋月型、橘型をはじめとする防空駆逐艦の長10センチ高角砲と、25ミリ連装・三連装機銃が一斉に火を噴いた。海面上空に、打撃音とともに濃密極まる黒煙と火炎の「鉄の防壁」が立ち現れる。
ドドドドドッ! バババババッ! ドドォンッ!
寸分の隙もない精密な管制射撃の弾幕に飛び込んだIl-2は、その頑強な装甲すら高角砲の直撃によって引き千切られ、爆発を起こしながら次々と黒煙を上げて海面へ叩きつけられていった。
極めて絶妙なタイミングで繰り出されたソ連軍第12航空軍の決死の特攻作戦であったが、空母航空隊の空中迎撃と防空駆逐艦の鉄壁の連携の前に、その大半が目論みを果たせぬまま露と消えたのである。
上陸船団への被害は最小限に抑えられた。
午後1時00分
旅順港の入り口では上陸用舟艇の群れが白波を立てて突進する。
「上陸開始まで、あと三〇秒! 全員、銃を離すな!」
舟艇の鉄板が波に叩かれ、激しい振動が兵士たちの足裏に伝わる。かつてはソヴィエト軍の沿岸砲台が火を噴いたはずの海岸線は、いまや沈黙していた。伊勢、日向による精密な管制砲射撃によって、ソヴィエト軍の砲撃陣地も、対空砲火も、すべてが押し潰されていたからである。
「上陸ーッ! 前扉開けッ!」
敵の絶望的な空襲を完全に叩き落とした水平線の向こうで、大発の前扉が次々と海面へ倒れ込んだ。
新太平洋艦隊の完全なる空中・海上護衛のもと、北方防衛解放軍と陸戦隊の精鋭たちは、硝煙くすぶる旅順の砂浜へと、何ものにも遮られることなく力強い足踏みを踏み出していった。
舟艇のハッチが開き、水飛沫と共に兵士たちが飛び出した。彼らが踏みしめたのは、白砂ではなく、砲撃によって細かく砕かれたコンクリートの粉塵と、焼け焦げたソヴィエト軍の装甲車両の残骸であった。
空母群から爆装した99艦爆が現れて大連・旅順のザバイカル方面軍の艦砲射撃が取りこぼした重要拠点、司令部、大連駅周辺の巨大ば物資集積所、防衛陣地をさらに一つずつ爆撃していく。北方防衛開放軍 南方軍は、天津へ上陸する第八方面軍を残し、すべての上陸艦艇が旅順港へ上陸を開始する。
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港内に足を踏み入れた南方軍の兵士たちが目にしたのは、まさに「地獄の縮図」であった。
瓦礫の下からは、未だにソヴィエト兵の低い呻き声や、助けを求める「ママー」という断絶した叫びが漏れ聞こえてくる。至近弾を浴びて内臓を破裂させ、耳から血を流して虚ろな目で彷徨う生存者たちを、南方軍の先遣隊は冷徹に無力化していった。
「敵の第5近衛戦車軍団、および第9機械化軍団の残存兵力を徹底的に掃討せよ!」
武田五郎大佐の計画通りに、沿岸部のソヴィエト軍部隊は完全に戦闘不能になっていた。誇り高きT-34やIS-2は、戦艦の砲撃による強烈な爆風でひっくり返り、あるものは砲塔を吹き飛ばされて無惨な鉄の塊と化していた。
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旅順港の各埠頭には、続々と大型輸送艦が接岸し、大量の物資と増援部隊を吐き出し始めた。
伝令の叫びが飛び交う中、掛井大将は旅順の土をその軍靴で踏みしめた。
西では今村大将の第8方面軍が天津から北上を開始し、東からは再編された関東軍と北方軍第一軍が迫り。北は北方開放軍北方軍本隊がハルビンを攻略してソヴィエト軍の退路を断った。そして、この旅順に楔を打ち込んだ南方軍本隊によって、極東のソヴィエト軍は包囲されつつある。
旅順。かつて「かつての栄光」と呼ばれたこの港は、いまやソヴィエト軍ザバイカル方面軍を完全包囲するための「死の関門」へと変貌を遂げた。海からは新太平洋艦隊の巨砲が睨みを利かせ、陸からはソヴィエト兵を、南方・北方・関東軍の三位一体の圧力がじりじりと、しかし確実に圧殺しようとしていた。




