大連、旅順への上陸作戦 6-3 ソヴィエト太平洋艦隊水雷戦隊の壊滅 1945年10月4日午前6時
開戦当初、ソヴィエト軍が旅順・大連まで占領した時、日本軍がコンクリートの滑走路に整備した大連・周水子飛行場は、ソヴィエト軍航空隊 第12航空軍の数え切れないほどの航空機が並んでいた。
しかし現在、駐機場には平壌上空戦から命からがら撤退してきた被弾した戦闘機と攻撃機が基地内の整備場への順番を待つために並んでいた。整備場では整備員たちが戦線への復帰のために、機体を修復をしていた。それでも間に合わないので駐機場でも整備が行われている。
露天駐機場は、遮る森も影もない広大な平地に剥き出しのまま広がっていた。黄海から吹き付ける湿った風が、焦げ臭い、不快な匂いを巻き上げていく。
平壌や黄海の上空戦、そして迫り来る日本軍の猛攻から命からがら逃げ帰ってきたソヴィエト軍第12航空軍の被弾機――「Yak-9」戦闘機や「Il-2」襲撃機の群れが、ひび割れた滑走路脇に詰まるように並んでいた。数少ない整備格納庫は早々に埋まりきり、あふれ出た機体は平地の強烈な日差しに晒されたまま、駐機場で直接「青空整備」を受けるしかなかった。
「軽傷の機体を前に回せ! プラグ交換と弾痕の穴塞ぎだけで飛べる奴を優先しろ!」
ソヴィエト軍整備将校の怒号が、エンジンの金属打撃音とコンプレッサーの爆音の中に響き渡る。
現場で行われていたのは、徹底した過酷な選別だった。翼や胴体に数発の機銃弾を浴びただけの比較的小破の機体には、即ざに移動工作トラックが横付けされ、ジュラルミン板が電動ドリルで穿たれてリベットで叩き付けられていく。ソヴィエト軍の整備兵たちがエンジンカウルへ潜り込み、横では補助兵たちが手動ポンプを必死に回して高オクタン燃料と機銃弾を叩き込んでいた。
「これなら一時間で再び空へ上げられる! 次のYakを引き出せ!」
一方で、駐機場の最外縁――荒野の泥土と境界をなす吹きさらしの場所には、無残にひしゃげた機体が打ち捨てられていた。
対空砲火や敵機によって主脚がへし折れ、胴体が歪んだ、修理不能の大破機たちだ。それらは単に放置されているのではない。「部品取り」としてそこに転がされていた。整備兵たちがスパナやバールを手に群がり、まだ息のあるエンジンパーツや動翼のワイヤー、タイヤ、油圧ポンプ、果ては計器類までを、一機でも多く稼働機を確保するための「共食い整備」として次々と引っぺがしていく。
仲間を再び大連の空へ送り出すため、骨まで削ぎ落とされた機体の骸が、平地を吹き抜ける風の中で悲しく横たわっていた。
設備不足も資材の欠乏も、第12航空軍の泥臭い野外作業と死に物狂いの執念で補われていた。
新太平洋艦隊の艦砲射撃と、南北から迫る日本軍の包囲網という破滅の足音が背後に迫る中、周水子飛行場は焦燥と狂気の中で鉄と油脂の息を吐き出し続けていた。
爆撃隊のB-25(米製供与機)や輸送・連絡部隊 第21輸送航空師団 Li-2、C-47(米製供与機)は空中避難をしようとしている。
北方防衛開放軍 南方軍の第9師団(武部隊)第62師団(石部隊)の平壌上陸作戦が大連、旅順に駐屯するザバイカル方面軍に対する陽動になった。ザバイカル方面軍は第12航空軍を平壌上空戦において、その半数以上を失った。大連、旅順のソヴィエト軍は航空戦力の大幅な損失によって、上空の防御の傘を失った。
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1945年10月4日午前6時。かつて日露の英霊が血で血を洗う死闘を繰り広げた不落の要塞、旅順・二〇三高地。いま、その山頂にはソヴィエト連邦赤軍の観測所と急造の高射砲陣地が築かれ、その銃口は不気味に水平線を睨んでいた。
「……東方海面に、大艦隊!」
観測鏡を覗き込んでいたソ連軍の歩哨が、悲鳴に近い声をあげた。夜明けの海風を切り裂き、水平線の彼方から姿を現したのは、おびただしい数の煤煙と、海を圧する鉄の城壁であった。
「戦艦四、航空母艦五、駆逐艦多数! 後方にはさらに大型の輸送船団が追随している!」
ソ連軍の陣地に戦慄が走る。満州を席巻した赤軍にとって、海から迫るこの「新・太平洋艦隊」の出現は、完全に想定外の事態であった。
彼らの頭上には、いつの間にか一機の複葉機が不敵に円を描いていた。日本海軍の零式観測機である。
二〇三高地の上空で風を切りながら、零観の通信員は眼下の敵陣を冷静に凝視し、胸元の送話器へ声を叩き込んだ。
「こちら観測機。敵の配置および戦力分布を報告する。旧二〇三高地の周辺に多数の高射砲陣地、ならびに山頂に敵観測所を発見。……速やかな敵拠点の排除を乞う」
電波は即座に、沖合に長門へと届いた。
「こちら旗艦『長門』。了解した」
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新・太平洋艦隊司令長官、加治中将は、重厚な「長門」の防空指揮所に立ち、水平線上の二〇三高地を見据えていた。航空母艦から発進した直掩機が空中を完全に支配する中、加藤中佐らの地上部隊上陸を前に、旅順の「目」を潰す必要があった。
「各艦、観測機の指示たる座標へ主砲を指向せよ。一斉射を以て敵陣を破砕せよ」
加治中将の厳冷なる命令が、各艦へ伝達される。
旗艦長門、そして随伴する戦艦榛名、伊勢、日向。四隻の戦艦の砲塔が、油圧の重低音を響かせながら一斉に旋回を開始した。長門の四一センチ連装砲、そして榛名らの三六センチ砲が、二〇三高地へと砲口を向ける。
各艦の艦橋に、砲術長の野太い声が響き渡った。
「打ち方、始め!」
刹那、海面が激しく震えた。
四隻の戦艦が放った主砲の一斉射は、周囲の海水を白く沸き立たせ、凄まじい衝撃波となって大気を引き裂いた。大口径砲弾の群れは、真空を切り裂くような猛烈な風音を残し、二〇三高地へと殺到した。
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上空の零観の搭乗員たちは、その光景を文字通り特等席から目撃した。
数秒の後、二〇三高地の山頂が、巨大な火柱とともに吹き飛んだ。四一センチ徹甲弾の圧倒的な質量と炸薬の破壊力は、ソ連軍の観測所を土砂ごと虚空へと撥ね飛ばし、周囲の高射砲陣地を鉄くずへと変えた。
かつて乃木軍が数ヶ月を費やして攻めあぐねた天険が、近代戦艦の艦砲射撃の前に、わずか一瞬で叩き潰されたのである。
「敵観測所、および高射砲陣地の完全なる破壊を確認!」
零観からの歓声に近い報告が長門に届く。しかし、戦いはこれで終わりではなかった。煙を上げる二〇三高地の麓、旅順港の湾口から、新たな白い航跡が無数に伸びるのを観測機は見逃さなかった。
「旅順港内より、敵の巡洋艦および駆逐艦多数が出撃! 本艦隊に向けて接近中!」
「よし、迎撃せよ」
加治中将の顔に、不敵な笑みが浮かんだ。旅順の「目」を失った赤軍艦隊が、死に物狂いで打って出てきたのだ。新・太平洋艦隊の巨砲は、次なる獲物を仕留めるべく、静かに海面へとその砲身を下げ始めた。
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旅順港からソヴィエト連邦海軍・太平洋艦隊所属の水雷戦隊が、旅順要塞への上陸を画策する日本軍輸送船団を捕捉すべく、黄海の波を蹴立てて出撃した。
海原は鉛色に沈み、低く垂れ込めた雲が戦場の重圧を物語っていた。波を切り裂くのは、最新鋭のキーロフ級軽巡洋艦の「ラザリ・カガノヴィッチ」巡洋艦を筆頭とする艦隊だ。その速力は三十ノットを超え、艦首が跳ね上げる飛沫は甲板に被るほどのスピードで海を切り裂く。
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ソヴィエト巡洋艦の艦橋。艦長は双眼鏡を硬く握り締め、水平線の彼方にうっすらと浮かぶ巨大な艦影を睨み据えていた。それは、かつて「日本の象徴」と謳われ、近代化改装を経て「新太平洋艦隊」の主力として蘇った日本の超弩級戦艦群であった。
「ヤポンスキーどもの上陸部隊を旅順の土に一歩たりとも踏ませるな!」
艦長の怒号が、重油の匂いが立ち込める艦橋に響き渡る。
「敵の先頭、あの巨大な戦艦をまず平らげるぞ。全速前進! 射程内に潜り込み次第、魚雷を斉射せよ。爆発の混乱に乗じてそのまま敵陣を突破し、後方の輸送艦隊を地獄へ送り込むのだ!」
ソヴィエト駆逐艦群が、巡洋艦の両翼から扇状に展開する。煙突からは黒煙が噴き出し、ボイラーは限界まで過熱されていた。彼らにとって、これはただの海戦ではない。赤い星の栄光を懸けた、捨て身の突撃であった。
対する日本艦隊。旗艦「長門」の司令所には、静寂が支配していた。加治中将は、海図台に置かれた無線報告を一度だけ一瞥すると、静かに視線を前方へと移した。
「狂犬が牙を剥いてきたか……」
加治の声は驚くほど冷静だった。彼は、突進してくるソヴィエト水雷戦隊の意図を完全に見抜いていた。近接しての魚雷戦——それが弱者が強者を屠る唯一の勝機であることを。
「全艦、対艦戦闘準備。主砲、目標を前方より接近する巡洋艦および駆逐艦に固定。夾叉を待つ必要はない。肉薄される前に、その鉄の塊を海に沈めよ」
加治が通信参謀に命令すると同時に、旗艦から無線連絡が各艦に飛ぶ。まず動いたのは、艦隊の先鋒を務める高速戦艦「榛名」であった。金剛型特有の洗練された艦影が波を切り、三十六センチ主砲が咆哮を上げる。続いて、航空戦艦としての機能を維持しつつも、その巨砲の威力をいささかも減じていない「伊勢」と「日向」が、厚い煙幕を突き破って砲撃を開始した。
そして、戦艦「長門」の四十一センチ連装砲四基八門が、天を衝く火柱と共に火を噴いた。
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海面が沸騰した。数千メートル先で、ソヴィエト駆逐艦の周囲に巨大な水柱が林立する。戦艦の主砲弾が着弾するたびに、大気が震え、衝撃波が海面を叩きつけた。
「魚雷発射まであと三千……くっ、至近弾だ!」
ソヴィエト巡洋艦の艦橋では、凄まじい振動により計器類が粉砕されていた。「長門」の放った一式徹甲弾が、巡洋艦の右舷舷側に突き刺さる。装甲を紙のように切り裂いた巨大な砲弾は、艦内の弾薬庫直上で炸裂した。一瞬の沈黙の後、巡洋艦は内部から膨れ上がるような閃光に包まれた。艦体は中央から真っ二つに折れ、真っ赤に焼けた鉄屑を撒き散らしながら、一気に海中へと引きずり込まれていく。
「榛名」の正確無比な射撃は、後続の駆逐艦を次々と捉えた。三十六センチ弾の直撃を受けた駆逐艦は、その爆圧だけで構造物が吹き飛び、航行不能に陥る。さらに「伊勢」と「日向」による波状攻撃が、逃げ惑う残存艦艇を容赦なく打ち砕いた。
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わずか三十分の戦闘であった。
かつて勇壮に波を切っていたソヴィエト水雷戦隊の姿は、今や海面に漂う油膜と、断続的に上がる気泡に取って代わられていた。
「長門」の艦橋で、加治中将は帽子を深く被り直した。
「敵水雷戦隊、全滅を確認。……全艦、陣形を元に戻せ。輸送艦隊を護衛しつつ、旅順への針路を維持せよ」
巨艦たちは、返り血のごとき煤煙を払い落とし、再び静かに、しかし力強く進撃を開始した。背後には、黄海の風が吹き抜け、ソヴィエト軍の野望を飲み込んだ海面が、何事もなかったかのように波打つばかりであった。




