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待たせたな!  作者: 僧籍
第四部 北方防衛開放戦線

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間幕 3-2 震洋隊の解体

挿絵(By みてみん)


1945年6月15日 

第146震洋隊基地は太平洋に面した宮城県東松山市宮戸島にある。畑の道を奥に進み、さらに奥に進むと鬱蒼とした森の中の崖のような場所に小さな隧道がある。手掘りの隧道を抜けて、その先の入り江に小さな第146震洋隊基地がある。コンクリートのスロープと作業場が見える、そこに小さな部隊が配備されていた。


操縦士の予科練(海軍飛行予科練習生)出身の柳と藤島は海の向こうからやって来るアメリカ艦隊を撃つべく、整備員の元自動車整備士の小坂と石橋と陸軍の小西伍長や飯島二等兵、他4名、新任の寺西海軍少尉指揮官と共に配備されていた。毎日、沖の向こうからくる敵を待ち伏せている。また、本土防衛沿岸部隊の最前線として、陸上戦闘訓練を行っている。基地周辺では小銃による防御や近接戦闘を想定しており、海から上がってきた敵兵に対しても抵抗する準備を整えていた。日本の各地ではこのような入り江や海岸沿いの洞窟などに数えきれないほどの震洋隊基地が存在していた。


震洋とは木造合板製の5メートルほどの特攻艇で船首に250キロの爆薬を埋め込んでいた。


滑走路の端や巨大な軍港とは程遠い、ただの岩場に見えるその場所。しかし、偽装網をめくれば、そこには戦局の最前線を担う「海軍の陸戦隊」とも呼ぶべき特攻部隊が息を潜めていた。



彼らの生活は、船の上ではなく、地面の中そのものだった。敵の空襲を避けるため、隊員たちは海岸の崖を削り取って作った防空壕で寝食を共にしていた。昼間は頭上の空を支配する敵機の機影に息を殺し、炎天下で熱せられたアスファルトとは無縁の、湿った土の匂いの中でじっと時を待つ。



「エンジン、また吹けが悪いぞ」

整備員の声が横穴に響く。彼らが扱うのは、自動車のトラックや乗用車から流用されたエンジンだ。潮風と激しい振動で常に故障を繰り返す機械を、部品を抜き取り合いながら直し続ける。整備員たちは、戦うための武器を維持するために、泥と油にまみれて日々を過ごしていた。


彼らは、海上での操船技術の訓練が終われば、小銃を手に持ち、陸軍式の歩兵訓練に汗を流す。海軍の制服を着ていながら、その生活は土着の歩兵そのものであり、常に「今日かもしれない」という死の予感と隣り合わせだった。


---


いつ終わるのかも分からないような日々が続いたある日


1945年7月15日


指揮官の寺西海軍少尉はこの沿岸部の多くの震洋隊を指揮する司令部に呼ばれて、夕方に戻ってきた。


寺西海軍少尉はすべての隊員を集めた。


「皆、集合してくれ、皆も聞いているだろうが、第二艦隊と《帰還艦隊》の特攻作戦が成功して、沖縄、フィリピン、南洋への道が再び開かれた。また、アメリカ太平洋艦隊、沖縄、フィリピンのアメリカ軍地上部隊の撃破に成功し、日本の戦況は劇的に変化した」


ここで言葉を区切る。


「日本軍総司令部は《特別攻撃》を含むすべての操縦士達が犠牲になる戦いを廃止することを決め、震洋隊は解体することが決定された」


ここまで、話した寺西海軍少尉はつきものが落ちたような顔をしていた。


柳と藤島はすかざす少尉に問いかけた。


「寺西少尉殿、我々はこれからどうすればいいのですか?お払い箱なんてないですよね?」


2人の顔は今にも泣きそうな顔をしている、他の隊員も同じような顔をしている。


「死ぬことは無くなったかもしれない、助かった、しかし、いまだに敵はすぐそこにいる」


寺西少尉は彼らにさらに話かける。


「詳細は後日、本部から通達されると思うが我々のこの戦いが無くなることはない、各員、撤収作業を開始してくれ、荷物をまとめておいてくれ。我々は新たな任務が与えられる」



---


そして、彼らの新しい役割が与えられた。寺西少尉は輸送艦艦長、操縦士柳と藤島は新たな航空隊の操縦士となり。元自動車整備士の小坂と石橋はそのまま、新たな機甲師団の整備兵になる。陸軍の小西伍長や飯島二等兵らは北方防衛開放軍に配属された。また、徴用されていた人々は国内輸送や国内の工場、農業生産などに従事することになる。全国の震洋隊は解体後に同じように再編成が行われた。


彼らは、彼らの場所から戦いを続ける。


---



「出航用意ッ!」


寺西艦長は乗組員に告げる。

輸送艦の汽笛が、重く、低く響き渡る。


曳船に曳かれ、巨艦がゆっくりと岸壁を離れていく。海岸で見送る人々は、千切れるほどに手を振り、ある者はただ静かに手を合わせた。



空は依然として暗い。だが、雲の隙間から時折漏れる光は、羅津や鎮南浦、そして通化の荒野で戦い抜く者たちへ届く。そして、日本の海岸でも雲の切れ目から日本海に向けて長い光の柱の様に幾筋もの光が差していた。



「必ず、連れて帰る」


寺西は心の中で強く、彼の後ろから見送る人々に誓う。


---


新潟空軍基地の格納庫は熱気が満ちていた。


滑走路の傍らで出撃準備が進められているのは、国家決戦兵器:零戦六四型改(統合仕様)。

かつて栄発動機の限界に苛まれた伝説の名機は、帰還技術によって劇的な進化を遂げた「金星五四型(帰還鋼仕様)」発動機をその鼻腔に収め、力強い存在感を放っていた。


「柳、藤島! 頼むからカウリングを傷つけるなよ!」


機体の脚元から飛び出してきたのは、油に塗れた作業服を着た男――宮戸島の洞窟基地で共に泥と油にまみれていた元自動車整備士の小坂と石橋だった。機種転換訓練場となったこの基地で、彼らは偶然にも同じ部隊の整備兵として再配属されていたのだ。


「小坂さん! 石橋さん! あなた達は、ここにいたのか!」

「おうよ。陸軍の戦車隊に回されるかと思ったら、この新型の整備に引っ張られてな。宮戸島じゃベニヤ板とトラックのエンジン相手に苦労させられたが、こいつは本物の化け物だ」


石橋がポンと零戦六四型改の滑らかなカウリングを叩く。そこには帰還鋼による精巧な加工と、信頼の金星五四型が鎮座している。


小坂がタオルで手についた油を拭いながら、真剣な眼差しで柳と藤島の肩を叩いた。


「今度のエンジンは絶対焼き付かない。どこまででも飛んでいけ」


その短い一言に、宮戸島の暗い横穴で「死ぬための艇」を修理し続けていた彼らの悔しさと、生き延びて未来を切り拓くための全ての願いが込められていた。


「ああ……任せとけ!」


柳と藤島は力強く頷き、機体へと乗り込んだ。


キャノピーを閉め、エンジンに火を入れる。ブゥンと重厚な回転音が響き、機体を心地よく振動させた。粘り強いトルクと圧倒的な信頼性。かつて潮風に怯えていた粗悪なエンジンとは、比べるべくもなかった。


二機の零戦六四型改は、滑走路を滑るように離陸し、一気に新潟の空へと舞い上がった。


雲を抜けた高度四千メートル。眼下には、日本海を西へと突き進む輸送艦隊の雄姿があった。その先頭を行く一番艦の艦橋には、かつての指揮官・寺西海軍少尉――いまは輸送艦長となった男が乗っている。


「柳、見ろ! 寺西艦長の船だ!」

「聞こえている、藤島。無線感度良好だ」


受信機からノイズと共に、懐かしい声が響く。


『こちら輸送艦隊。上空の直衛機、聞こえるか。……柳か、藤島だな?』

『はい、寺西艦長! 柳機、藤島機、只今より本艦隊の上空護衛任務に就きます。朝鮮・羅津までの空は、我々が完全に支配します!』


無線越しに、寺西の短い笑い声が聞こえた。


『頼むぞ。この船には、引き揚げてくる民間人のための物資と、命を救うために必要なものが山ほどある。誰も死なせはしない』


「了解!」


かつて崖の洞窟で「今日か、明日か」と死の訪れに息を殺していた若者たちは今、金星五四型の力強い回転に背中を押され、太陽の光が射し込む雲上で美しい二機編隊を組む。


「藤島、行くぞ。俺たちの空だ」

「おう! 小坂さん達が整備したのエンジンと機体で、全員生きて日本へ連れ戻してやる!」


二機の零戦六四型改は翼を鮮やかに輝かせ、希望の光が差す日本海の先――朝鮮半島とユーラシア大陸へと向かう船団の上空を、誇り高く護衛しながら飛んで行った。



朝鮮へと向かう柳と藤島は、お互いにこの空に誓った。


「俺達は生きて、再び、空へ戻ってきた。よみがえる空へ」

「この日本海の先で戦っている友軍、日本人を再び、日本へ連れ帰るため戦う」



間幕 3 終

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