間幕 3-1 新潟から見る日本海の向こう側
白兎海岸から日本海を望む
新潟港では大型輸送艦が何隻も港に接岸されて、補給物資を積み込まれている。
港まで惹かれた列車には日本中から海の向こうで戦っている者たちのために集められたものが運び込まれる。
人々は海岸で祈る、この海のさきにで戦うものたちが無事であることを、そして、取り残された人々を救って、再び日本へ帰ってくることを。
彼らの視線の向こうは雨雲が低く遠くまで垂れ込み、空は見えない。波は高く、風は強い。
しかし、この海の先には我らと同じ人々がいて、今も苦しんでいる。この海と空によって我々と彼らはつながっている。
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新潟港、祈りの出航
1945年晩秋。日本海側に位置する要衝・新潟港は、かつてない熱気に包まれていた。
北方軍による朝鮮半島北部への追撃、そして南方軍による鎮南浦への電撃的上陸。大陸と半島で繰り広げられる「大規模包囲殲滅戦」を支えるため、日本全土の意志がこの港に集結していた。
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兵站の鼓動:大型輸送艦の接岸
港湾には、大型輸送艦が何隻も接岸されていた。その巨躯は、接収したアメリカの工作機械や、国内の総力を挙げて増産された物資を運搬する。
積み込まれる物資:
クレーンが唸りを上げ、食料、医療品、弾薬箱、武器、装甲車両の部品、航空機の部品が次々と船倉へ運び込まれる。
鉄路の果て
港まで引き込まれた臨港線には、日本中から集められた物資を満載した貨物列車が連なる。そこには軍需品だけでなく、銃後の人々が手分けして作った乾燥果実や、名前も知らぬ戦士への「慰問袋」が詰め込まれていた。
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海岸線の祈り
埠頭から少し離れた海岸線には、人々が立ち尽くしていた。
出征した息子、夫、そして異郷の地で孤立し、ようやく救出の光が見えてきた同胞たちの無事を祈る人々だ。
新潟より遥か西の鳥取県の白兎神社の砂浜にも。
「……どうか、あの子たちを救って、再びこの日本へ帰してください」
老いた母親の呟きは、激しい潮騒に掻き消されていく。彼らの視線の先、水平線は低く垂れ込めた分厚い雨雲に覆われていた。空は見えず、波は高く、風は痛いほどに強い。荒れ狂う日本海は、まるで大陸へ向かう者たちに試練を課しているかのようだった。
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海と空が繋ぐ
しかし、この過酷な気象条件すらも、人々を絶望させることはなかった。
「この海の先には、我らと同じ人々がいて、今も戦い、苦しんでいる」
人々は知っていた。この嵐の空の向こうで、加治中将と新・連合艦隊がソヴィエト軍の陣地を撃ち砕き、神宮寺少将の第一軍が同胞を救うために泥にまみれて進軍していることを。
この荒れた海も、光の見えない空も、今は分断の壁ではない。日本列島と朝鮮半島、そして大陸を一つに結ぶ「希望の海」なのだ。
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出航
「出航用意ッ!」
輸送艦の汽笛が、重く、低く響き渡る。
曳船に曳かれ、巨艦がゆっくりと岸壁を離れていく。海岸で見送る人々は、千切れるほどに手を振り、ある者はただ静かに手を合わせた。
空は依然として暗い。だが、雲の隙間から時折漏れる光は、羅津や鎮南浦、そして通化の荒野で戦い抜く者たちへ届く。そして、日本の海岸でも雲の切れ目から日本海に向けて長い光の柱の様に幾筋もの光が差していた。
「必ず、連れて帰る」
その誓いを乗せた輸送艦隊は、高く跳ね上がる白波を蹴立て、暗雲たれ込める北の海へと、堂々たる航跡を描き始めた。




