清津の惨劇 悪鬼羅刹の蛮行 5-8 関東軍の復活
夜明け前の地平線は、ソヴィエト軍の吐き出す絶え間ない重砲の炸裂音によって塗潰されていた。
要塞化された通化の関東軍総司令部をはじめ、東部の第1方面軍、西部の第3方面軍は、すでに通信網も補給線も完全に寸断されていた。広大な満州の大地に点在する孤島と化した彼らに残された道は、弾薬が底をつくまで敵を道連れにする最後の一兵までの「玉砕」――ただそれだけのはずであった。
しかし、その悲壮な覚悟は、黄海と朝鮮半島から押し寄せた圧倒的な「嵐」によって、劇的な歴史の転換点を迎える。
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通化の山中に深く掘り込まれた関東軍総司令部の地下壕。作戦室で山田乙三司令官と幕僚たちは、絶望的な戦いを推し量っていた。地図上の自軍の陣地は、赤いソヴィエト軍の矢印によって完全に呑み込まれていた。
その時、無線室で沈黙していた受信機が、激しい不快なノイズを突如として破り、けたたましい打電音を鳴らし始めた。
「……報告! 報告しますッ!」
髪を逆立て、書類を抱えた通信兵が作戦室へ飛び込んできた。
「日本海沿岸方面、および黄海沿岸にて大規模な戦闘が発生! 我が軍の通信網に、大規模な友軍からの割り込み信号が入っています!」
山田司令官が重々しく顔を上げた。
「本国からの増援か……? だが、内地にそのような余力があるはずが……」
「日本軍です! 本国軍だけではありません! 羅津、清津lを破竹の勢いで奪還し北上する『北方防衛解放軍』、そして平壌・鎮南浦を制圧し黄海から上陸した『南方軍』……東西よりソヴィエト軍の背後を挟撃しつつあります!」
静まり返っていた地下壕が一瞬にして揺れた。かつて自分たちを見捨てたとばかり思っていた世界の彼方から、圧倒的な力を持った「真の友軍」が、ソヴィエト軍の巨大な包囲網を外側から食い破りながら迫っていたのだ。
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東部戦線・第一方面軍
急峻な山岳地帯に追い詰められていた関東軍第1方面軍の陣地は、地獄の様相を呈していた。ソヴィエト軍の圧倒的な重砲火砲とT-34の波状攻撃を受け、洞窟陣地に立てこもる将兵たちは、最後の手榴弾を抱えて敵戦車へ飛び込む準備を進めていた。
だが、死を目前にした彼らの耳に届いたのは、背面にあたる南の街道から響く凄まじい大爆発の連続音であった。
「な……なんだ!? 南から砲声が聞こえるぞ!」
双眼鏡を覗き込んだ前線観察将校が、息を呑んで絶叫した。
「日の丸だ! 日の丸を掲げた戦車群が、敵の背後を突き破ってくる!!」
羅津・雄基の港湾を奪還し、清津を完全包囲してソヴィエト沿岸部隊を灰燼に帰した「北方軍第1軍」の先遣機甲部隊であった。帰還鋼で固められた最新鋭戦車と自走砲と輸送トラックの列が、ソヴィエト軍の背面陣地を踏み潰していく。
「友軍だ……! 友軍が来てくれたぞッ!」
泥と血に塗れ、何日も耐えていた第1方面軍の将兵たちは、壕から飛び出した。先頭を行く北方軍の装甲車から降り立った将校と、死を覚悟していた第1方面軍の歩兵大隊長が、激しい爆音の中で固く抱き合った。誰もが言葉を失い、溢れ出る涙で汚れきった顔を濡らしていた。東の空から差し込む朝焼けの光が、もはや孤立していない彼らの頭上を温かく照らし出していた。
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西部戦線・第三方面軍
同じ頃、奉天西方の遮るものもない広大な荒野において、第3方面軍はソヴィエト軍の巨大な重砲兵旅団によって完全に四包囲されていた。敵の152mm重砲と多連装ロケット「カチューシャ」の猛射が陣地を耕し、九七式中戦車を主軸とする第3方面軍の装甲戦力は対抗陣地で戦っていた。
「全車、残弾をすべて叩き込め! 最後の1両まで敵の懐へ突き進め!」
第3方面軍の戦車連隊長が、絶望的な全突撃を命じようとしたその時――上空の雲を切り裂いて、地鳴りのような重爆音が全天を揺らした。
平壌および鎮南浦の要衝を瞬く間に制圧した南方軍の地上部隊、そして黄海上に展開する新太平洋艦隊の航空母艦『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』から解き放たれた『九九式艦上爆撃機二二型』と『零戦六四型改』の大編隊が、大空を埋め尽くして飛来したのだ。
「目標、敵ソヴィエト重砲兵陣地および後方集積所! 容赦なく叩き潰せ!」
天空から降り注いだのは、高度3000mからの九九艦爆の急降下爆撃と、零戦が上空から緩降下爆撃で落される25番の雨であった。
ドカァァァンッ! ドドォォォンッ!
地平線を焦がす凄まじい爆発が連続して巻き起こる。第3方面軍を苦しめ続けていたソヴィエト軍の重砲陣地は、一瞬にして全滅した。弾薬庫が誘爆を起こし、巨大な黒煙と火柱が立ち上る。続いて南方軍の精鋭地上部隊の群れが、泥塵を巻き上げてソヴィエト軍の側背部へ容赦なく突入を開始した。
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天からの奇襲と、死角から突如現れた地上部隊の奇襲を受け、数分前まで絶対的な優勢を誇っていたソヴィエト軍は大混乱に陥った。通信は途絶し、指揮官の乗る装甲車が真っ先に吹き飛ばされた敵軍は、陣形を乱して北へと逃走を開始する。
「……敵軍、総崩れ! ソヴィエト軍、後方へ向かって退却を開始しました!」
報告を受けた第3方面軍の指揮官は、抜いていた軍刀を力強く鞘へ納めると、真っ赤に燃える眼光で全軍へ命じた。
「玉砕は取りやめだ! 友軍が最高のお膳立てをしてくれたぞ! 我らに残されたのは無謀な死ではない、敵を叩き潰す『絶対の勝利』だ! 全軍、組織的反撃へ移行せよッ!」
「玉砕」の覚悟は、瞬時に冷徹かつ凄惨な「必勝の包囲撃滅戦」へと昇華された。
歩兵部隊は残された機関銃と手榴弾を手に整然と陣地を跳ね起き、退路を塞ぐように散開。九七式中戦車隊が塹壕から飛び出していく。生き残った一式中戦車隊も、南方軍の機甲部隊と完璧な呼吸で同調し、逃げ惑うソヴィエト軍のトラックやT-34の死角へ滑り込んで至近距離から一式四十七粍戦車砲を叩き込んでいく。
「追え! 一機も、一兵も逃すな! 我らの無念を、同胞の仇をここで討つんだ!」
敵の背後を突く東西からの大規模包囲殲滅戦。二つの巨大な圧力がソヴィエト軍の包囲網を粉々に打ち砕いたこの瞬間、満州の荒野における絶望の籠城戦は、歴史上に類を見ない凄絶な大逆転劇へと変貌を遂げたのである。
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新たな戦列へ
数日後、関東軍総司令部には、北方軍司令官・伊勢神中将からの親書を携えた伝令が到着した。
「……我々は孤立していたのではない。この壮大な反撃のための『楔』として、耐え抜くことを期待されていたのだ」
総司令部の幕僚たちは、自分たちの耐乏が、東西からの殲滅戦を成功させるための重要な時間稼ぎになっていたことを悟った。かつての「帝国の盾」としての誇りは、この防衛戦争を戦い抜くための、軍の重要な一翼へと書き換えられたのである。救われた関東軍の将兵たちは、泥にまみれた軍服を整え、再び銃を手に取った。しかし、その瞳に宿るのは絶望ではなく、最新鋭の航空隊と大艦隊に守られた、確固たる勝利への意志であった。
「食料と弾薬を配れ! 傷ついた者は救援部隊に任せろ!」
荒野には、再び日本の軍歌が響き渡った。孤立無援の淵から生還した関東軍は、北方防衛開放軍の北方軍・南方軍と合流。朝鮮から満州に及ぶ広大な戦域を、ソヴィエト軍の墓場とするための「巨大な罠」の最後の一節を埋めるべく、堂々たる進軍を開始したのである。
新太平洋艦隊の艦載機が上空を旋回し、救われた将兵たちはその翼に未来を見た。彼らの戦いは、ここから「反撃」という名の第二章へと突入する。
清津の惨劇 悪鬼羅刹の蛮行 終




