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待たせたな!  作者: 僧籍
外伝1 南方戦線に取り残された同胞の救出を誓う

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19/33

南方戦線開放派遣軍、結成 —— 南進 1  獅子たちの再編

ep.6インターミッションの後から続きます。


1945年7月、日本軍、新・連合艦隊はフィリピンを開放しました。

マニラは、いまや日本軍の南方開放軍の巨大な兵站基地へと変貌を遂げていました。


フォート・マッキンリーの司令部。そこには、数ヶ月前まで山中で飢えと戦っていたはずの将官たちが、整えられた軍服と、生気を取り戻して集結していました。

1945年7月初旬、熱帯の湿り気を帯びた風が吹き抜けるマニラ郊外の司令部。

そこには、絶望の淵から生還し、死地を潜り抜けてきた精鋭が集結していました。


山下奉文大将は、傍らに立つ参謀長・武藤章中将に低く語りかけました。

「武藤、彼らの顔つきが見違えるようになったな」


目前には、再編を終えたばかりの三人の師団長と、再生した航空軍の指揮官が不動の姿勢で立っています。

マニラ北東でアメリカ軍を震撼させた横山静雄中将(振武師団)、クラークの空を支えた塚田理喜智中将(建武師団)、そして沖縄から転進しフィリピンの激戦を切り抜けた最強の切り札、精鋭・第9師団。さらに、壊滅した第4航空軍を奇跡的に再建した寺本熊市中将。


「フィリピンを支えた我らの意地と、沖縄の精鋭……これこそが、南方の同胞を救う『開放派遣軍』の真髄だ」


山下の宣言に、将官たちの敬礼が空気を切り裂きました。そこへ海軍から、救出作戦「因幡乃白兎」を担う古村啓蔵大佐と清水参謀が合流し、円卓を囲んだ歴史的な戦略会議が始まりました。


1. 北方への転進とシーレーンの確立


「まず、大前提を語ろう」

山下大将が地図の上に文鎮を置きました。

「ソ連の参戦は時間の問題だ。我々は南方戦線を縮小し、精鋭を再編成して満州、樺太、北方諸島へ送り、北の防衛線とせねばならん。そのためには、スマトラからカリマンタン島、台湾、沖縄、本土に至るシーレーンの完全防衛が不可欠だ」


寺本中将が鋭い眼光で応じます。

「第4航空軍と台湾の陸海合同部隊、新たに配備された長距離索敵機を全線に配置します。護送船団の頭上には常に直掩機を飛ばし、海軍の護衛艦と連携して米潜水艦を文字通り『一掃』してみせましょう」


古村少将が続きます。

「海軍としても、対潜掃討部隊を再編します。これまでの無防備な輸送は終わりだ。各基地航空隊と連携し、敵潜の通報があれば即座に撃沈する体制を構築します」


2. 「アジアの緩衝地帯」とオーストラリアへの布石


話が政治戦略に及ぶと、山下の声に熱がこもりました。


「スマトラ島、ジャワ島、カリマンタン島、スラウェシ島、マレーシア半島。これらの現地政府を支援し、将来の独立を約束する。彼らには親日的国家として、オーストラリアやインド方面の英軍に対する『緩衝地帯』を担ってもらうのだ」


武藤中将が補足します。

「そのための鍵がオーストラリアだ。彼らに捕虜交換を提案し、他の連合国とは秘密裏に彼らに和平を提案する。そして、オーストラリア周辺地域から我々は名誉ある撤退を行う。そこを『無防備都市』として現地住民に委ねることで、不必要な衝突を避ける。それどころか、孤立している我が将兵の救助をオーストラリア軍に手助けさせるのだ、だが。その前にカリマンタン島に安全圏を作る必要がある。オーストラリアは優勢だったアメリカ艦隊が壊滅しても、カリマンタン島に再上陸した我らに強烈な一撃を食らわせに攻めてくるだろう」


横山中将が驚きの声を上げました。

「カリマンタン島の破壊された油田を復旧し、周辺の日本軍との連携が回復すれば、連合国はたまらんでしょう。そこで我らが攻めてきた連中に強烈な一撃をあたえる。しかし、オーストラリアに秘密和平条約……? それが成れば、これ以上のニューギニア島とソロモン諸島の玉砕を防げますな」


3. ビアク島、ジャンブラ撃滅と兵站遮断


「だが、ただ退くだけではない」

山下が地図のニューギニア島、ラバウル、そしてグアムを指し示しました。


「最初にニューギニア島北のビアク島のアメリカ軍の空軍戦力の排除。アメリカ軍の東南アジア最大の拠点、ジャンブラを攻撃し、ニューギニア島司令部を破壊し。さらに兵站拠点のポートモレスビー。これらを新太平洋艦隊によって撃滅する。また、グアム島のアメリカ軍の補給線を断ち、ニューギニア島、ソロモン島の孤立した日本兵を救出・回収する。さらに、米西海岸からの輸送船団は、我々の潜水艦隊による索敵と、機動部隊による一点突破の攻撃で排除するのだ」


第9師団長が拳を固めました。

「ジャワ以東、ニューギニア、ソロモンの孤立無援の同胞たちを、我々が必ず迎えに行く。救出した兵員はフィリピンで再編し、満州へ送る。これこそが、帝国に残された唯一の勝機ですな」


それに答えて、山下大将は続ける。

「しかし、まずは、カリマンタン島周辺の安定化を確立後、カリマンタン島、ジャワ島、スマトラ島、マレー半島の軍を抽出して、フィリピンで再編成後に北方へ、満州の防衛に行ってもらう。」


****


「よし」山下が大音声で決断を下した。


「計画実行司令部をカリマンタン島のブルネイ・タウンに置く。陸海軍の垣根を取り払い、索敵、兵站、防衛を完全に一元化する。敵の上陸阻止、沿岸防衛、対空防衛……すべてを共通で行うのだ」


参加メンバー全員が立ち上がり、再び敬礼を交わした。

陸海軍がこれほどまでに密接に、かつ論理的に手を取り合ったことは、かつてなかった。


「因幡乃白兎」作戦――それは、傷ついた兎たちが知恵を絞り、海を渡って故郷へ、そして新たな戦場へと向かう、壮大なる反撃の序曲でした。


****


国家経済総力戦の再建の要 —— フィリピン、台湾、沖縄防衛軍と日本の補給路を守る護衛艦隊、輸送艦隊


国家の南方の生命線の要:山下大将の布陣


マニラを見下ろす丘の上、山下大将は、自らの指揮下のルソンの猛者たちを閲兵していました。

かつては分断され、山中で孤立していた岡本中将(第10)、尾崎中将(第19)、西山中将(第23)、小林中将(第103)、そして津田中将(第105)。彼らは接収された最新の装備に新調されていましたが、その眼光に宿る「ルソンを生き抜いた執念」は、何者にも代えがたい盾となっている。


「山下閣下、背後の憂いは一切ございません」


牛島中将は、南へ向かう山下奉文大将へ、静かに、しかし深く呟きました。

「我ら第32軍、このフィリピンを日本全土を守る生命線の要塞とし、沖縄、そしてフィリピンに灯した希望の火を、決して消させはしません」


牛島中将の隣には、白く凛とした海軍制服に身を包んだ山本祐二海軍大佐が立っていた。


****

統合兵站本部「海上護衛総隊」山本祐二海軍大佐。軍令部より新しく辞令を受け、護衛輸送部隊の現地指令官に任命された。

かつて第二艦隊先任参謀として伊藤整一長官の懐刀を務め、海大甲種31期を首席で卒業した「帝国海軍屈指の頭脳」だ。


彼は最前線で剣を振るうだけではなく。マニラ、沖縄、そして本土を繋ぐ膨大な物資の奔流を管理し、敵潜水艦の影を読み解き、護送船団を導くの能力があった。


「牛島将軍。山下大将の派遣軍へ、そして本土へ……我々が必ず、一粒の弾丸、一滴の油を滞らせることなく届けてみせます。安心してください」


山本の言葉には、根拠のない気負いは一切なかった。

彼の背後には、数千、数万という輸送船の動きを、数式と確率によって完璧に支配しようとする、スペシャリスト特有の「安定した大気」がまとっていた。


新連合艦隊がもたらした高度な暗号技術、アメリカ軍のソナー、そしてレーダー。それら最新鋭の機材を、山本は護衛艦隊が利用し、統合して運用できるようする。


「我々の負け筋は唯一、補給の途絶のみです。その『万に一つ』を、私がこの海から消し去りましょう」


****


兵站線の守り

埠頭では、山本大佐の指揮下にある護送船団が、整然と隊列を組み始めていました。


牛島中将は、その整然とした光景に深く頷きました。

地上戦を戦い抜いた牛島と、海上輸送を導く山本。

この二人が手を組んだ今、フィリピンはもはや単なる占領地ではない。南方の資源を本土へ送り、本土の力を南方へ届ける、日本帝国最後の「大動脈」へと再び生まれ変わる。


「頼みますよ、山本大佐。あなたの組む『道』があれば、我々はどこまでも戦える」

「はっ。この道、死なせはしません」


夕日に照らされたマニラ湾。

その静かな海面の下で、山本祐二が描き出す「輸送計画」が、歴史の歯車を確実に回し始めた。


****

1945年5月 新連合艦隊上陸前 フィリピン防衛戦力


第14方面軍司令官・山下奉文大将 尚武集団(北部ルソン:第14方面軍主力)


参謀長:武藤 章 中将


第10師団長:岡部健 中将


第19師団長:尾崎義春 中将


第23師団長:西山福太郎 中将


第103師団長:島本正一 中将


第105師団長:佐藤昌 中将


戦車第2師団長:岩元重雄 中将


独立混成第58旅団長:松井徳太郎 少将


独立混成第61旅団長:白石篤二 少将


振武集団(マニラ北東地区)横山静雄中将(第8師団長)


建武集団(マニラ北西地区)塚田理喜智 中将(第1挺進集団長)



ミンダナオ島・中南部諸島(第35軍)


第35軍はレイテ島での激戦後、各地に分散して自活・抗戦を続けていました。


第1師団:片岡 董 中将


第30師団:両角 業作 中将


第100師団:原田 義和 中将


第102師団:福栄 真平 中将


陸軍第4航空軍


1月に第2飛行師団、第4飛行師団は振武集団(マニラ北東地区)と共に地上戦を戦う。


1945年5月以前の状況と指揮官。

富永 恭次 中将(1945年1月に第4航空軍司令部を無断で台湾へ撤退させたとして更迭。その後、予備役編入を経て満州へ送られました)台湾へ移動したのは司令部の一部であり、多くの部隊はルソン島に残され、地上戦に巻き込まれました。


1945年2月以降、第4航空軍の司令部機能は実質的に消滅していた。残存した地上勤務員や航空兵は、山下奉文大将率いる第14方面軍の指揮下に入り、歩兵として地上戦(ルソン島山岳地帯などでの持久戦)に従事したままフィリピン戦を戦った。


隷下にあった主な飛行師団


フィリピン戦初期に展開していた主な師団長は以下の通りですが、終戦時には組織的な航空作戦能力を喪失していました。


第2飛行師団:寺田 済一 中将(寺田 中将は5月に航空本部付に異動、部隊は後に機動歩兵として戦闘、フィリピンの地上戦を戦う。)


第4飛行師団:三上 喜三 中将 (第2飛行師団に所属機体を移行し、三上 中将は第2.4飛行師団とともにフィリピンの地上戦を戦う。)


第7飛行師団:須藤 栄之助 中将(主にインドネシア・セレベス島方面へ転進、その後本土へ)


第4航空軍は組織としては壊滅しており、残存兵力は第14方面軍の地上部隊に編入された状態で、フィリピンで戦いました


****


フィリピン戦終結時に残っていた師団、指揮官。


ルソン島方面(山下大将直轄および第41軍)


第10師団:岡本 保之 中将


第19師団:尾崎 義春 中将


第23師団:西山 茂 中将


第103師団:小林 隆 中将


第105師団:津田 大助 中将


第8師団(第41軍隷下):横山 静雄 中将



ミンダナオ島・中南部諸島(第35軍)


第35軍はレイテ島での激戦後、各地に分散して自活・抗戦を続けていました。


第1師団:片岡 董 中将


第30師団:両角 業作 中将


第100師団:原田 義和 中将


第102師団:福栄 真平 中将


****

第4航空軍(司令部:マニラ)は、フィリピン戦線における陸軍航空部隊の主力でしたが、5月時では事実上組織としての機能を失っていました。 地上戦を戦った、第2飛行師団、第4飛行師団。


***

1945年7月発足した陸軍南方戦線開放派遣軍


第14方面軍司令官・山下奉文大将 尚武集団 第14方面軍主力


参謀長:武藤 章 中将


横山 静雄中将と塚田理喜智中将師団長にして2個師団の派遣軍を再編成した。


沖縄方面第32軍からは精鋭9師団が派遣軍に加わった。


陸軍第4航空軍の派遣部隊

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