ウラジオストク上陸戦 3-13 ウラジオストク駅にて 1945年9月20日
ウラジオストク駅にて 1945年9月20日
榎本 隆正大佐は巨大な駅の操車場やいくつもあるプラットホーム上に並んでいる列車を見ていた。
「水町参謀、見てください。駅の先まで続いています。数え切れません。ソヴィエト軍が脱出時に火を放とうとしましたが、間一髪で阻止しました」
水町 健吾中佐は目の前にそびえ立つ、巨大な米国製機関車の炭水車に手を触れた。
「……これほどの『機関車』があるとはな。この機関車を使えば、想定より十倍早く通遼へ届けられる」
榎本 隆正大佐「捕虜にした機関士たちも、命が惜しければ喜んで情報を吐き出しました。彼らは共産党の命令よりも、目の前の銃口と、明日食えるパンを選びました」
白川 義昭少佐は、口角を少し上げて。
「よし、この『日本軍特別列車満州弾丸特急便』をすべて、逆向きに走らせましょう。スターリンが作った線路を、スターリンを轢き殺すための武器に変えてやりましょう」
ウラジオストク駅に残されたこれらの機関車は、単なる移動手段ではなく、日本軍がソヴィエト軍の「縦深作戦」を逆手にとって、満州全土を巨大な包囲網に変えるための「最速の武器」となる。彼らはこの機関車大群を使って、具体的にどのルートで精鋭部隊を「通遼」へ送り込むか、作戦計画に必要なダイヤグラムを練り始めた。ウラジオストク駅の広大な操車場。そこは重油の臭い、そして鉄と蒸気が支配する「重要鉄道輸送基地」と化した。
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初秋の澄んだ空気が吹き抜ける、占領下のウラジオストク駅操車場。
数キロメートルにわたって伸びる幾重もの鋼鉄の線路上には、鹵獲された幾多の機関車と貨物列車が、まるで黒々とした山脈のように連なっていた。
とりわけ操車場の西側で重厚な威容を誇っていたのは、ソヴィエト製「E型」蒸気機関車の群れである。
無骨で一切の飾り気を削ぎ落とした巨大なボイラーは、本来ならば極寒のシベリアを走破するために設計された、ソヴィエトの執念の結晶そのものだった。重厚な連結器がガチャンッと重い金属音を響かせ、炭水車には漆黒の石炭が満載されている。
「何度見ても、あの巨体には圧倒されるな……」
徳田機関士が感嘆の息を漏らす。
E型の煙突から立ち上る煤煙は、重く湿った石炭の焦げつく匂いを撒き散らす。一千トンを超える重猛な弾薬列車の重量を受け止める巨大な動輪が、軋みを上げてゆっくりと、だが地響きとともに力強くレールを噛み始めた。
しかし、その武骨な巨躯のさらに先――9月の朝日に照らされ、真っ白い高圧蒸気と荒々しい黒煙を豪快に吹き上げている複数の車両が存在した。
米国からレンドリースとして送り届けられた最新鋭機、「イェア(YeA)」型――通称「ロシアン・デカポッド」である。アメリカの合理的な工業生産力と高い技術が生み出したその洗練された佇まいは、ソヴィエト本来の無骨なE型と鮮やかな対比をなしていた。
立ち上る蒸気と排煙を見つめながら、徳田の脳裏に若き日の記憶が鮮やかによみがえる。
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青い空の下、どこまでも続く松林と雑木林、そして長閑な畑が広がる千葉の田舎――習志野原。
土の臭いと緑の香りが漂うこの平原は、陸軍鉄道連隊の兵士たちにとって、汗と油に塗れた格好の練兵場であった。
「測量班、水平を確認! 狂い一ミリも許すなッ! 路盤の不備は即、脱線事故に直結するぞ!」
教官の号令が秋空に響き渡る。
若き日の徳田は、黒ずんだ作業服の袖を捲り上げ、ハンマーを握りしめていた。求められるのは「電撃的な圧倒的速さ」、そして何より「絶対に事故を起こさない確かな安全性」であった。前線において、補給線を担う列車がたった一度の脱線や路盤の崩落で止まれば、そこに載せられた数千の兵員と無数の弾薬が立ち往生し、作戦そのものが霧散するからである。
「枕木、配置! 間隔は六十センチ正確に!」
兵士たちが声を掛け合い、重い木製の枕木を手際よく赤土の上に並べていく。
続いて、二本の鋼鉄のレールが「せーのッ!」という掛け声とともに担ぎ込まれた。
習志野の地形は一見すると穏やかだが、細かな畝や緩やかな傾斜、そして花見川へ向かって少しずつ落ち込む微妙な高低差がある。この「ごく普通の田舎の起伏」こそが、かえって突貫工事における最大の落とし穴だった。
ただレールを置くだけでは、機関車の重量に耐えきれず地面が沈み込む。かといって時間をかけて平らに整地していては、前線への補給が間に合わない。
「バラス(砕石)を敷き詰めろ! タコ突上げ、叩き固めろ!」
徳田たちは木製の蛸突を構え、掛け声に合わせて地盤を叩き固めた。引き締められた土の上に砕石を噛ませ、路盤を強固にしていく。水準器をあてがい、左右のレールの高低差が完璧にゼロであることを確認すると、すかさず犬釘を打ち込む。
カン! カン! カンッ!
響き渡る快音。打ち込みが浅ければ振動で抜け、深すぎればレールを傷める。一撃一撃に、正確さと安全への執念が込められていた。
「花見川の手前、迂回曲線を敷設! 曲線半径は五十メートルを維持せよ!」
小さな小川である花見川の周辺では、水を含んだ柔らかい土壌と緩やかな傾斜が立ちはだかる。急なカーブを作れば、列車は遠心力で容易に転覆する。速度を落とさせず、かつ安全に曲がり切れるギリギリの曲線美を、兵士たちは現場の判断と熟練の手さばきで描き出していった。
太陽が傾きかける頃、何もない千葉の田舎道に、一直線に伸びる一本の簡易鉄路が完成した。
「K2形、試運転開始!」
小型のK2形軽便蒸気機関車が、甲高い汽笛を一度鳴らし、ゆっくりと真新しい線路へ進入する。
ガタゴト、ガタンゴト……
動輪が規則正しい音を立ててレールを噛む。車体が傾くことも、路盤が沈むこともなく、機関車はすんなりと花見川沿いの迂回線を走り抜け、目的地の地点へとピタリと停車した。
「よし……歪みなし! 試運転、成功だ!」
額の汗を拭い、互いに顔を見合わせて白い歯をこぼす兵士たち。
早く、そして何より絶対に崩れぬ安全な鉄路を、何もない土の上にゼロから組み上げる。
千葉の長閑な風が吹き抜ける習志野の原野で、彼らは毎日、この地道で完璧な手仕事の訓練を繰り返し、熟練の鉄道兵としての技を身につけていったのだった。
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いま、9月の涼風がそよぐ満州・極東の大地で、鹵獲されたソ連の巨躯と米国の技師が生んだデカポッドが、新たな帝国の兵站網を支えるべく同じ線路上で力強い咆哮を上げている。
徳田は帽子の庇をぐっと深く直し、目の前に佇む鉄の巨人へと力強い一歩を踏み出した。
「アメリカ製のこいつは機能美を備えてる」
「ロシアン・デカポッド」の姿は、隣り合うソヴィエト製の機関車とは一線を画していた。
五軸連動の巨大な動輪は、米国の精密な工作技術が生み出した「美」さえ感じさせ、ボイラーからは最新の自動給炭機が作動するリズミカルな金属音が響いている。
米国がソヴィエトを救うために造り、海を越えて届けたこの最新鋭機が、今は日の丸を背負った整備兵たちの手によって、逆転の牙へと変えられていく。
「全機、火入れ完了!」
操車係の号令と共に、十数機のデカポッドが一斉に汽笛を鳴らした。
「ヴォォォォォォォォン!!」
大気を震わせ、大地を揺らすその咆哮は、ウラジオストクの山々に反響し、地下尋問室の底まで届かんばかりの迫力を見せる。
「準備はいいか」
徳田機関士は席に飛び乗り、巨大なレバーに手をかける。
山井機関助士は軽快に返す。
「いつでもいけます、この『ロシアン・デカポッド』が、ソヴィエト軍の退路を断つ一番列車だ。スターリンへの逆向きの特急券、最高速度で届けてやりましょう」
石炭が燃え盛る火室の熱気が、ウラジオストクの空気を真っ赤に染め上げる。
E型の質実剛健な力強さと、デカポッドの洗練された暴力的な出力。
二種類の鉄の巨人は、絡み合う蒸気のカーテンを突き破り、満州の中央部――運命の通遼へと向かって走り出す準備が整った。
ハルビン強襲作戦と同時に快速地上部隊が侵攻し、路線上の敵の排除が完了次第、鉄道部隊の進撃が始まる。




