ウラジオストク上陸戦 3-11 ウラジオストク操車場の接収 1945年9月18日
ウラジオストク操車場の接収 1945年9月18日
占領下のウラジオストク駅には、潮風と共に、重油と石炭が混じり合った独特の鉄の匂いが立ち込めていた。北方軍の作戦参謀・水町健吾中佐と、後方参謀の榎本隆正大佐の二人は、駅に隣接する広大な操車場を視察していた。眼前に広がるのは、シベリア鉄道の終着点にして、巨大なソヴィエト連邦国の輸送手段である膨大な鉄道資産の群れであった。
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機関車の団地:接収された鉄の巨人
「……まさに、機関車の団地だな」
水町が呟いた。数キロにわたって広がる操車場と機関区には、黒光りする蒸気機関車が隙間なく並んでいる。そこには、ソヴィエトが自国で生産した強力なE型やFD型やIS型といった大出力機関車だけではない。米国からのレンドリース(武器貸与法)によって送り込まれたばかりの、最新鋭のクラスYe機関車が、未だ整備の熱を帯びたまま静かに佇んでいた。
兵站担当の榎本大佐は、手帳に記された車両番号と台数を突き合わせ、その数字に戦慄を覚えていた。
「水町中佐、これは単なる接収品ではない。第1極東方面軍の心臓そのものだ」
ウラジオストクは、沿海州から満洲東部へ進撃するソヴィエト軍にとって、唯一かつ最大の補給起点であった。レンドリース物資の陸揚げ港であるこの地には、前線へ送るための予備機、および重整備を待つ車両が常に数百両単位で滞留していたのである。
ソヴィエト製機関車 広軌の堅牢な設計。広軌化された区間に即座に投入可能。
米国製レンドリース機 燃焼効率、出力ともに最高水準。大重量の重火器、戦車輸送に最適。
「この車両群を我が軍の管理下に置ければ、補給の速度はこれまでの三倍に跳ね上がる。……逆もまた然り。これらを失ったソヴィエト軍は、前線に食料一袋届けるのにも、泥濘の中をトラックで走るしかなくなるのだ」
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通遼への道筋 作戦の加速
水町は、並んでいる機関車の一つに手を触れた。冷たい鉄の感触は、この「戦利品」が北方軍の勝利を決定づける重い質量であることを伝えてきた。
「榎本大佐。この機関車たちに、わが方の重油と石炭を食わせ、即座に動かせるか」
「鉄道連隊を総動員しています、本国に要員の増援を要請してます。ソヴィエト側の運転士、整備士を『尋問』の結果、整備記録、操作方法を手に入れました。明日には、第一陣の補給列車を北へ向けられます」
水町は頷いた。ウラジオストクという「動脈」を手中に収めたことで、北方軍の機動力は理論上の限界を超えようとしていた。
「よし、ハルビンへ、そして通遼へ。この鉄の巨人たちに、今度は我々の勝利を運ばせよう」
ウラジオストクの操車場に、日本軍の鉄道連隊が鳴らす警笛が響き渡る。かつて侵略のために集められた「列車の群れ」は、いまやソヴィエト軍自身の背後を突くための、巨大な槍へと姿を変えつつあった。




