ウラジオストク上陸戦 3-8 地下室の尋問 1945年9月15日
地下室の尋問
1945年9月15日。ウラジオストク要塞の地下深く、外光が一切届かない最奥の尋問室。
湿ったコンクリートの壁には、拘束されたソヴィエト軍将軍たちの、荒い呼吸音だけが反響していた。部屋の中央に置かれた無機質な手術台の上で、元関東軍・特殊情報処理班長は、静かに医療器具を磨いていた。
かつて憲兵隊思想班に属し、地獄を直視した男の瞳には、もはや「人間としての慈悲」は欠片も存在しなかった。
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理の終焉
班長は、軍服が汚れるのを防ぐための薄いゴム製エプロンを着用し、抑揚のない声で語りかけた。
「……閣下、無駄な抵抗は『浪費』です。私は効率的に情報を抜き取る専門家だ。かつて我が国は、治安維持法によって貴官ら共産主義者を厳しく取り締まってきた。それは、貴官らがもたらす非人間的な暴虐を予見していたからに他なりません」
班長が顔を上げると、氷のような視線が、第1極東方面軍司令官キリル・メレツコフ元帥と、第2極東方面軍司令官マキシム・プルカーエフ上級大将を射抜いた。メレツコフが再び「ジュネーブ条約の遵守」を叫ぼうとしたが、班長の冷笑がそれを遮った。
「法律とは、人間同士が結ぶ約束事です。ではお聞きしたい。貴官たち共産主義者は、助けてくれと懇願した我が国の民間人や負傷兵に何をした?」
班長の記憶、ソヴィエト軍に蹂躙された村に打ち捨てられ血に汚れた日本人少女の遺品である小さな人形や衣類が剥ぎ取られた死体。
「蹂躙、略奪、虐殺、凌辱。人の理を捨てたのは貴官らだ。ならば、我々も『人間』である必要はない。我らは日本に仇なすお前らを喰らう、悪鬼・羅刹である」
生ける地獄の幕開け
班長は白手袋を脱ぎ捨て、医療用の薄いゴム手袋を嵌め直した。その指先が、プルカーエフの喉元を優しく、しかし確実な獲物を捉えるかのように撫でる。
プルカーエフは恐怖のあまり、喉を鳴らした。
「ヒュー……カッ……ヒュー……」
「心配召されるな。死なせはしません。通遼で我が軍が完全なる勝利を収めるその時まで、貴官らには『生ける地獄』として、我が国の執念を存分に味わっていただきます」
班長の合図と共に、室内には医療機器が発する無機質な駆動音と、肉が焼ける不快な臭気が立ち込めた。
情報の剥離
ウラジオストク要塞の地下深く、二人の司令官の絶叫は壁を叩き、やがて魂が折れるような湿った音へと変わっていった。かつて数百万の赤軍を指揮した威厳は無残に剥ぎ取られ、椅子に拘束された彼らは、ただ震えるだけの「情報の入った肉塊」へと成り果てた。
班長はゴムエプロンに付着した赤い飛沫を無造作に拭うと、朦朧とする二人の耳元で囁いた。
「地獄へ行く前に、せめて祖国の情報のすべてを置いていきたまえ。それが貴官らの唯一の贖罪だ」
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通遼への道標
それから数時間。地下尋問室から漏れ聞こえる音は、やがて絶望的な沈黙へと変わった。
2回目から別室で尋問を行い、両名の供述を比較して、別の将校たちの供述も参考に情報をまとめる。
班長によって徹底的に「解剖」された情報は、ソヴィエト軍の各軍団の配置、暗号コード、そして、予備兵力の投入計画に至るまで、そのすべてが白日の下に晒された。
「……すべて出ました。武田参謀長へ転送」
班長が薄い手袋を脱ぎ捨てた頃、ウラジオストク上空には勝利を告げる旭日の光が差し始めていた。しかし、地下要塞の最深部には、ソヴィエト軍司令官たちの「生ける残骸」と、彼らが吐き出した冷徹な軍事データだけが残されていた。
通遼。
日本軍の「巨大な環」が閉じるための、最後のピースは埋まった。




