ウラジオストク上陸戦 3-7 ハバロフスク 航空降下作戦 1945年9月14日
1945年9月14日 ハバロフスク
かつてソ連極東の心臓部として君臨したその街は、新・連合艦隊の艦載機航空部隊による飽和爆撃によって、コンクリートの建物が焼け焦げた瓦礫の山と化していた、アムール河からの風に焼けた臭いが漂う。
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ハバロフスクから南へ750 km。ウラジオストク近郊、ヴォズドヴィジェンカ飛行場。
「そろそろかね」
北方本国軍司令官・伊勢神忠雄中将は呟いた。隣に立つ参謀長・高瀬 仁志少将は、懐中時計の蓋をパチンと閉じる。
「ハバロフスクの司令部には、我々の求める『情報』が眠っています。……安藤大佐、準備は?」
エンジンを震わせる一〇〇式輸送機のタラップから、一人の士官が歩み出た。第1挺進団長、安藤忠志大佐。南方パレンバンで空を舞い、今また極東の空へ挑む男だ。
「燃料、弾薬、そしてロケット補助推進器。すべて積みました。あとは閣下の描かれた図面通りに動くだけです」
「期待している。第二極東軍の喉元を食い破り、その『情報』をすべて持ち帰れ」
伊勢神の短い激励を受け、安藤は無言で敬礼を返すと、機内へと消えた。11機の一〇〇式輸送機が、暗い滑走路を滑り出す。それは、滅びゆく満州の運命を左右する、空中挺進作戦の始まりだった。
第1挺進集団は再建された。フィリピン(レイテやルソン)や沖縄(義烈空挺隊など)の十死ゼロ生の地獄を生き抜いた「空挺の資格を持つ猛者たち」が、再び安藤忠志大佐のもとに集い、不死鳥のように甦る――。
兵士たちの先頭に立ち、胸に大佐の襟章をつけたその男こそ、かつて第1挺進団長を務め、再建された集団を率いる安藤忠志大佐であった。安藤の背後に控える挺進兵たちの顔には、南方の苛烈な太陽に焼かれた痕や、あるいは沖縄の激戦で刻まれた深い傷跡があった。
フィリピンのレイテ島での降下作戦、ルソン島での凄惨な防衛戦、そして沖縄の敵飛行場へ強行着陸を敢行した義烈空挺隊――。各地の泥濘と血の海の中で、奇跡的に生き残っていた「空挺資格者」たち。彼ら散り散りになっていた死に損ないの猛者たちを、混乱の中で一からかき集め、執念で再建されたのが、この安藤率いる「新生・第1挺進集団」だった。
ウラジオストク占領に伴い、所属する南方軍より先に進出して、ヴォズドヴィジェンカ飛行場に到着していた。
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「降下用意!」
高度四〇〇〇。機外はマイナス三十度の極寒だ。安藤は赤く灯る警告灯を見つめていた。眼下には、自らが放った爆撃の跡がいたる所に残るハバロフスクの街が見える。
「降れッ!」
号令とともに、白い傘が夜空に開いた。音もなく、だが確実に。
安藤率いる精鋭たちは、敵の対空砲火が沈黙した隙を突き、廃墟と化した市街地へと吸い込まれていった。
地上へ着地と同時に、挺進兵たちが飛び出した。
「作戦開始! 敵司令部へ急げ!」
一〇〇式輸送機が高度を下げ、アムール川の岸辺に広がる「ハバロフスク中央飛行場」へと接近する。滑走路はクレーターだらけだ。だが、パイロットは迷わず操縦桿を引いた。
「フラップ全開! 脚、折れるぞ、踏ん張れ!」
ガガガガッ! と、凄まじい衝撃が機体を揺さぶる。一〇〇式は、舗装の剥がれた誘導路のわずかな隙間に、その頑丈な脚を叩きつけた。雪煙と火花を上げながら、機体は滑走路の端で停止する。
第1挺進団の隊員はハバロフスク中央飛行場の占領を開始する。
一〇〇式から、小型の迫撃砲や、重機関銃、携帯型無反動砲を取り出し、陣地の構築を開始した。
第二極東軍司令部地下壕
地上への容赦ない砲爆撃の衝撃は、コンクリートの底深くにも達していた。
天井は各所でひび割れ、崩落したコンクリート片が廊下を塞いでいる。電源は完全に死に、臨時のカンテラが不気味に揺れるだけの地下壕は、機密書類が雪のように散乱する混沌の極みにあった。
空爆の後、ようやく、破壊された司令部の後始末を開始したソ連軍の通信兵や士官たちが、狂ったように書類を搔き集めて、外で焼却処分をしようとしていた、その瞬間――。
重厚な鉄製の防空扉が、強烈な爆縮音とともに吹き飛んだ。
「動くな! 手を挙げろ(ルキ・ヴヴェルハ)!」
爆煙を割って突入してきたのは、防毒面を装着し、九九式短小銃を構えた安藤たちであった。電光石火の強襲。ソ連軍の士官たちは、最重要の暗号書を燃やす暇さえ与えられず、冷たい銃口を突きつけられて床に組み伏せられた。
「……日本軍だと? 馬鹿な、なぜここに……」
奥の執務室で机にしがみつくようにして拘束された、第二極東方面軍司令官マキシム・プルカーエフ上級大将が、青ざめた顔で呻いた。
安藤は防毒面をむしり取ると、散乱する書類を踏みしめて敵将の前に立った。プルカーエフの絶望に満ちた視線を受け止めながら、安藤は懐から静かに一枚の地図を取り出し、埃まみれの作戦机の上に広げた。
それは、掛井大将と武田大佐の指示のもと、日本軍の特務機関が総力を挙げて描き出した『ソ連軍極東戦力完全配置および進侵ルート図』だった。
地図には、ソ連軍自身が策定したはずの作戦計画が、日本軍の赤ペンによって不気味なほど正確にトレースされていた。部隊の配置、補給線の結節点、果ては各師団の現在地までが、まるで鏡に映したように網羅されている。
プルカーエフの目が、驚愕に大きく見開かれた。「なぜ我が軍の最高機密を、日本軍がここまで……」と言葉を失う敵将を見下ろし、安藤は低く、訛りのあるロシア語で告げた。
「閣下、残念ながら我々は戻ってきた。お前たちの動きは、最初からすべてこの図面の上だ」
それは、完璧な心理的チェックメイトだった。自軍の情報が完全に筒抜けであるという冷酷な事実が、プルカーエフの闘志を根底からへし折っていく。安藤は冷徹な眼差しで、さらに追い打ちをかけるように尋問を始めた。
「さて、答え合わせを願おうか。バイカル方面軍、第二極東軍、そして第一極東軍の最終侵攻進路。航空隊の正確な規模と現在の秘匿基地、兵站の輸送経路。さらに、お前たちの手元に残されている正確な弾薬、食料、燃料の残量……そして、スターリンからの最終命令。……すべてだ。お前たちの『現実』がこの地図とどれだけズレているか、閣下の口から聞かせてもらおう」
カンテラの赤い光に照らされた地図を前に、プルカーエフ上級大将はただ、己の破滅を悟ったようにがっくりと肩を落とすしかなかった。
背後では、情報班の面々が、司令部の金庫から暗号表と満州全域の配備図を次々と回収していく。
安藤は脱出のための時間を確認した。
「時間だ」
安藤は凄惨な笑顔で言い放った。
『我々と同行してもらう。さもなくば、貴官をこの地下壕ごと地の底へ沈める』
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一時間後。
第1挺進団に占拠された、ハバロフスク中央飛行場には、再び一〇〇式輸送機のエンジン音が響いていた。
周囲には、異変に気づいたソ連軍の装甲車が迫りつつある。
「旅団長、時間です! 敵の増援が来ます!」
兵士たちは待機していた遮蔽物から無反動砲で近づいてきた装甲車を攻撃開始する。
装甲車は大きく爆発して、破片と搭乗していたソヴィエト軍兵士をの残骸を周りに撒き散らす。
さらに、数台のトラックがやってくるが、第1挺進団によって、次々と排除される。
すでに、本体が壊滅している守備隊に余力はなく、敵の増援部隊は途切れた。
「捕虜を乗せろ! 書類はすべて積み込んだか!」
安藤は、拘束したソ連軍司令官を機内に放り込むと、自らも最後尾で飛び乗った。一〇〇式は滑走路に、その機首を向ける。
「ロケット、点火!」
シュドォォォォォン!!
機体の両脇に装備された補助推進器が火を噴いた。過負荷に悲鳴を上げる機体が、物理法則を無視するかのような急加速で空へと跳ね上がる。追撃するソ連兵たちの頭上を掠め、一〇〇式は暗い北の空へと姿を消した。
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翌朝、ウラジオストク。
届いたばかりの書類の束と、疲れ果てた捕虜 マキシム・プルカーエフ上級大将を前に、尋問官は不敵に笑った。
「……さて、第一極東軍、第二極東軍、どちらの司令官が先に話していただけますか?」
ウラジオストクの凍てつく地下要塞。ソ連軍第一・第二極東軍司令官という「巨頭」を前に、その男は軍服の袖を静かに捲り上げました。




