ウラジオストク上陸戦 3-4 ウラジオストク艦砲射撃 1945年9月11日午前8時
ウラジオストク艦砲射撃
1945年9月11日午前8時、ソ連極東最大の軍港ウラジオストクの朝は、腹の底を揺さぶるような遠雷の音で始まった。
港湾を警備するソ連兵たちは、その音が北のヴォズドヴィジェンカ飛行場方面から近づいてくるのを、震える拳を握りしめながら聞いていた。空を覆う黒煙と、絶え間なく続く爆発の衝撃波。彼らは本能的に、逃れようのない死が海から迫っていることを悟っていた。しかし、背後には「敵前逃亡は即決処刑」という冷徹な軍律が控えている。彼らは恐怖で硬直したまま、灰色の海を凝視するしかなかった。
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水平線の異変、連合艦隊の出現
午前8時すぎ、水平線上に歪な突起が現れた。それは急速に巨大な城塞へと姿を変える。
戦艦『大和』および『陸奥』。
その周囲を、防空と対潜掃討を担う《帰還艦隊》秋月型駆逐艦が、鋭い航跡を描きながら固めていた。
第1極東方面軍司令官キリル・メレツコフ元帥のもとには、各地の監視所から悲鳴に近い報告が殺到していた。
「日本軍大艦隊、視認!」
「距離15,000、接近中!」
メレツコフは即座に沿岸砲台と潜水艦部隊に反撃を命じたが、司令部ビルの屋上から見えるその巨体は、すでに反撃の余地を奪う距離まで詰め寄っていた。
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46センチ砲の宣告
大和と陸奥から複数の砲撃支援観測機が発進した。
ウラジオストクの司令部、防御陣地、部隊の集結地、重要施設を観測し、司令部に伝達する。
大和の艦橋では、第二艦隊司令長官・伊藤整一大将が砲撃目標を指示していた。
「目標、港湾内の艦艇および要塞砲台。撃て」
次の瞬間、大和の3基9門の46センチ主砲が一斉に火を噴いた。
凄まじい雷鳴。発射の衝撃波によって周囲の海面は激しく押し潰され、艦体は巨大な白煙に包まれた。
数キロ先のウラジオストク港に、一発あたり1.4トンを超える鋼鉄の塊が突き刺さる。地表は爆発のエネルギーで捲り上がり、要塞のコンクリート壁は粉々に粉砕された。大和は上空の弾着観測機からの情報を無線で受け取り、目視できない死角の目標に対しても精密な誘導射撃を継続した。
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残存航空戦力の殲滅
伊藤長官はさらに、砲撃長に指示を出す。
「目標、ヴォズドヴィジェンカ飛行場、弾種、三式弾」
港湾施設の制圧を確認すると、大和と陸奥は主砲の仰角を上げ、さらに内陸のヴォズドヴィジェンカ飛行場へと狙いを定めた。
「うちーかたーはじめ!」
そこには、空襲を辛うじて免れ、再起を期して駐機されていたソ連空軍の残存部隊がひしめき合っていた。滑走路の残骸を重機で無理やり片付けたら、すぐにでも出撃するつもりだ。しかし、観測機によって位置を特定された彼らに、逃げ場はなかった。空から降り注ぐ三式弾が上空で子弾に別れ、その一つ一つが駐機場の航空機と兵員を破壊していく。燃料を満載した機体は次々と爆発し、滑走路は航空機と人間だった残骸に埋め尽くされた。
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赤軍極東航空軍の終焉
この一連の艦砲射撃と航空攻撃により、第1極東方面軍第9航空軍は、組織としての戦闘能力を完全に喪失した。失われた航空機は約1,100機に達した。
戦闘機部隊の壊滅
制空権確保を担っていた第32、第249、第250戦闘機航空師団のYak-9、Yak-3、La-7は、大半が鉄屑へと変わった。
爆撃・襲撃機部隊の霧散
第19爆撃機軍団、第33、第55爆撃機航空師団のIl-4、Tu-2、そして「空飛ぶ戦車」と恐れられた第251、第252襲撃機航空師団のIl-2も、その頑強な装甲を活かす機会すらなく、砲弾の爆風の中に消えた。
ウラジオストクの軍事機能は、わずか数時間の砲撃によって物理的に解体された。かつての極東の拠点は、燃え上がる残骸と、物言わぬ死体の山が広がる地獄へと変貌した。艦隊はなおも静かに、燃え盛る港を見つめながら、次なる段階へと進路を修正した。




