ウラジオストク上陸戦 3-3 ヴォズドヴィジェンカ航空基地壊滅 1945年9月11日午前6時
1945年9月11日午前6時
極東の心臓部ウラジオストク。北方防衛開放軍(北方軍)による侵攻は、空からの圧倒的な暴力をもって幕を開けた。夜明けとともにウラジオストク外縁に配置されたソヴィエト軍監視所は、北の空を圧する複数の重低音を捉えていた。複数の監視所から「日本軍大編隊、接近」の悲鳴に近い通信が、第1極東方面軍司令部へ殺到する。第1極東方面軍司令官キリル・メレツコフ元帥は、直ちに第9航空軍に対し、全戦力による迎撃を命じた。
ウラジオストク近郊、第9航空軍の拠点であるヴォズドヴィジェンカ飛行場は、不気味な重低音によって叩き起こされた。北の空を圧する、おびただしい数のエンジン音。
「日本軍の大編隊だ! 全機、直ちに離陸せよ!」
拡声器から響く狂ったような怒号。アレクセイ・イワノフ大尉は、愛機ラヴォーチキンLa-7のコックピットへ飛び込み、ハーネスを締め付けた。独ソ戦の地獄のような空戦を生き抜いてきた彼にとって、スクランブルなど日常茶飯事のはずだった。しかし、計器盤を叩く彼の指先は、今までにない冷たい汗で濡れていた。
「始動!」
プロペラが激しく回転し、ASH-82FN空冷エンジンが1,850馬力の咆哮をあげる。滑走路周辺には、無数のヤコヴレフYak-9や新型のYak-3が、我先にと尾部を跳ね上げて滑走を始めていた。滑走路はエンジンの唸りで飽和し、地表が細かく震えている。アレクセイはスロットルを押し込み、La-7を強引に離陸させた。車輪が格納されると同時に、無線機から列機のニコライ少尉の悲鳴が飛び込んでくる。
『大尉! 上だ! 雲の中に何かいる!』
「落ち着け、ニコライ! 高度を稼げ、編隊を組むんだ!」
アレクセイは操縦幹を握り締め、機首を跳ね上げた。後続のYak-3が離陸し、ようやく空中で一つのうねりになろうとした、その瞬間――。
東の空、燃えるような朝焼けの空と一体化していた一万メートルの極高空の「雲」が、鋭く引き裂かれた。
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それは、一閃の落雷だった。
太陽の逆光を背に、巨大な影の群れが、常識外れの猛スピードで急降下してきた。
「敵襲! 上方、時計の12時方向!」
アレクセイが叫んだが、すでに遅かった。突っ込んできたのは、《帰還艦隊》が誇る戦闘機――「烈風改」の編隊である。2,000馬力を超える大出力発動機が放つ強烈な風切り音が、ヴォズドヴィジェンカの上空に爆音を響かせる。烈風改は、高度1万メートルという圧倒的な位置エネルギーをすべて速度へと変換し、まだ時速300キロにも達していないソヴィエト軍の迎撃編隊へ、文字通り「落ちて」きた。
――ズガガガガガガッ!
烈風改の主翼から放たれた大口径機関砲の火光。アレクセイの右側を飛んでいたニコライのYak-9が、反撃の旋回を行う間もなく、一瞬で木端微塵に破砕された。燃料タンクが爆発し、飛散した風防の破片がアレクセイのキャノピーを叩く。
「クソッ! なんという速さだ!」
アレクセイは反射的に操縦幹を左に蹴り、La-7を横転させて烈風改の射線から逃れた。背後を通り抜けた日本の戦闘機は信じられないほどの鋭さで再び極高空へと上昇していく。計算され尽くした一撃離脱戦法。ソヴィエト兵たちが誇るドッグファイトの技術を、日本の「速度」と「高度」が完全に無力化していた。
空域は一瞬にして地獄と化した。離陸したばかりのLa-7やYak-9が、烈風改の放つ猛火によって次々と火だるまになり、極東の蒼空に黒い尾を引いて墜ちていく。ソヴィエト側のエースたちがどれほど鋭い旋回を試みようとも、烈風改は決して格闘戦に付き合わず、速度の差で彼らを孤立させ、上空から一機ずつ確実に仕留めていった。
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「……高度を落とすな! 下に逃げるな!」
アレクセイは無線に向かって絶叫した。上空からの烈風改の猛攻に堪えかねた若いパイロットたちが、次々と機首を下げ、地表近くの低空域へと逃げ込もうとしていたからだ。それは致命的な過ちだった。地表付近、ヴォズドヴィジェンカ飛行場の目と鼻の先で待っていたのは、「零戦六十四型改」の群れだった。金星発動機が搭載された機体は、かつて大戦初期に世界を震撼させた「ゼロ」の恐怖を、さらに凶悪に進化させた姿だった。
『うわあああ! 旋回が追いつかない! 後ろを取られた!』
『助けてくれ、機銃が、機銃が当たらない――!』
高度を失い、地面ギリギリまで追い詰められたソヴィエト機にとって、零戦六十四型改の低空における旋回性能は、まさに悪夢そのものだった。La-7がどれほど急旋回を試みようとも、零戦はあたかも意思を持っているかのようにその内側へと滑り込み、至近距離から20ミリ機関砲を容赦なく叩き込む。アレクセイの目の前で、一台のYak-3が零戦の鋭い一撃を受け、主翼をへし折られて滑走路の脇へと激突した。激しい衝撃とともにどす黒い炎が立ち上がり、駐機していた他の機体をも巻き込んで爆発していく。
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「くそったれ、マカーキ、俺の運もここまでか、これがドイツから極東まで転戦した最後か?」
アレクセイは、冷え切ったコックピットの中で、乾いた笑いを漏らした。
キャノピー越しに見えるヴォズドヴィジェンカの空は、ソヴィエト機の残骸が撒き散らす黒煙で完全に覆い尽くされていた。数分前まで、第9航空軍の精鋭たちがひしめいていた飛行場は、今や巨大な鉄の墓場と化している。
背後に、強烈な圧迫感を感じた。
バックミラーを見るまでもない。一機の烈風改が、朝日にその機体を不敵に輝かせながら、アレクセイのLa-7の完全に背後を押さえていた。
アレクセイは残った全力を振り絞り、操縦幹を引き絞った。だが、日本のパイロットの技量もまた、超一流だった。
視界が真っ赤な閃光に染まる。
主翼が引きちぎられ、 La-7の機首が激しく下を向いた。失速し、回転しながら墜ちていくアレクセイの目に映ったのは、ヴォズドヴィジェンカの地表で激しく燃え盛る、無数のソヴィエト機の炎だった。
数分前までソヴィエト軍の独壇場だった極東の空域は、一瞬にして、日の丸を掲げた日本軍航空隊の、絶対的な支配下へと塗り替えられた。アレクセイの意識は、激突の轟音とともに、どす黒い煙の向こうへと消え去っていった。
地上では、さらに凄惨な光景が展開されていた。
駐機場には、Il-2シュトルモビク、Pe-2、Tu-2、そして長距離爆撃機Il-4が整然と並び、発進の機会を伺っていた。複数の滑走路を使用し、重量級のIl-2やPe-2がプロペラピッチを上げて加速を開始する。しかし、機首を持ち上げ、浮揚した瞬間の無防備な機体を、低空で待ち構えていた零戦六十四型改の20mm機銃が正確に貫いた。離陸直後の爆撃機は制御を失い、後続の機体を巻き込んで滑走路上で爆沈した。
滑走路は破壊された航空機で機能停止、帰還艦隊の追撃が開始された。空戦の決着がつくと同時に、艦上爆撃機「流星改」の編隊が突入した。飛び立てないまま駐機場に並んでいた第9航空団の航空機に対し、500キロ爆弾が正確に投下された。燃料と弾薬を満載した爆撃機群は連鎖的に爆発を起こし、ヴォズドヴィジェンカ飛行場は一面の炎に包まれた。ソヴィエト軍の組織的な航空運用能力を物理的に消滅させた。
甚大なダメージを与えた《帰還艦隊》の航空隊は、整然と編隊を組み直し、沖合に待機する母艦へと着艦を開始した。
「全機収容後、直ちに補給。次の目標はウラジオストク基地地上軍だ」
甲板上では、次なる地上支援攻撃に向けた爆弾の換装と燃料補給が、機械的な速さで進められていた。極東の空から赤軍の翼は一掃され、ウラジオストク陥落へのカウントダウンが始まった。




