ウラジオストク上陸戦 3-2 ハバロフスク急襲 1945年9月9日
ハバロフスク消滅
1945年9月9日、アムール川沿いの要衝ハバロフスク。ここには、北満州から樺太に至る広大な戦線を統括するソヴィエト第2極東方面軍司令部が置かれていた。
赤軍の誇る重厚な石造りの司令部ビル内では、通信兵たちの怒号と電信機の音が絶え間なく交錯していた。しかし、そこに流れる情報は、軍司令官マキシム・プルカーエフ上級大将を苛立たせるに十分な、矛盾に満ちたものであった。
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相反する戦況報告
通信参謀が、数枚の電文を手にプルカーエフの前に立った。
満州戦線 進展は順調。第15軍、第16軍は日本軍の防御線を突破し、ハルビンへの進撃を続けている。
北東戦線 頓挫。樺太および占守島へ向けた侵攻部隊は、日本軍の予期せぬ猛反撃を受け、海岸線で足止めされている。その後の詳細は連絡の途絶のため不明
兵站拠点 沈黙。間宮海峡の要衝、ソヴィエツカヤ・ガヴァニ軍港からの定時連絡が途絶。周辺の観測所からは「壊滅的破壊」を匂わせる断片的な報告が入っている。
「……南は勝っているが、背後を刺されたというのか」
「アメリカ軍がフィリピン、東南アジア、オセアニア方面で敗退しているのだ、日本が力を回復してきているに違いない」
「情報収集、索敵段階から、そんな戦力は無い事が解っている。どこからそんな、戦力がでてきたのだ!常軌を逸している!」
「アメリカからの情報はないのか?」
「アメリカ政府、我が国の協力者、諜報員からの情報はあまりにも戦局の情勢が混乱しており、全体の把握ができません、また、日本国内の防諜の強度があがり、次々と連絡が絶たれてます」
「現実」に、プルカーエフ上級大将が言葉を失ったその時――。
地下壕の壁に据え付けられた防空無線機から、ノイズを切り裂くような悲鳴が飛び込んだ。
『緊急報告! 敵航空部隊、接近! 高度10,000、大編隊です! 距離は、距離はすぐそこです!』
地上の防空監視班からの、完全に理性を失った怒号だった。プルカーエフの隣にいたソヴィエト軍の参謀が、通信マイクをひったくるようにして怒鳴り返した。
「ばかもん、距離を正確に言え!」
『レーダーが、電探がジャミング(電波妨害)で潰されています! 目視です、もう頭上に来て――』
通信は凄まじい爆発音とともに途絶えた。
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プルカーエフは屈辱に歯を噛み締めながら、受話器を掴んだ。ハバロフスクに駐留する第10航空軍の司令官、ヴィノグラードフ中将へ直ちに出撃を命じる。プルカーエフの怒号を受け、ハバロフスク・ボリショイ飛行場は瞬時に地獄のような喧騒に包まれた。第10航空軍司令官ヴィノグラードフ中将の命令により、ソヴィエト軍の誇る精鋭航空連隊が緊急発進を開始する。滑走路には、東部戦線でドイツ空軍を圧倒してきた最新鋭戦闘機La-7と、重武装のYak-9がひしめき合い、次々と泥を撥ね上げて滑走を始める。
「急げ! 高度を稼げ! 敵は上空にいるぞ!」
空冷複列星型のASh-82FNエンジンが1,850馬力の爆音をあげ、La-7の群れが急角度で上昇していく。離陸した機体は、上空3,000メートル付近で臨時の編隊を組み始め、さらに後続の機体が次々と滑走路から離陸してその数を膨らませていった。ソヴィエト兵たちは、自分たちの数と、これまでの実戦経験を疑っていなかった。
しかし、彼らのさらに遥か上空――雲一つない10,000メートルの極高空には、すべてを俯瞰した「眼」があった。
新・連合艦隊が誇る高速偵察機であり、現在は前線航空管制の役割を担う帰還艦隊指揮管制機《彩雲》。
その機内では、高性能な無線機と対空索敵レーダーを操る管制員が、ガラス張りのコックピットから眼下に広がる広大なアムール川と、そこから這い上がってくるソヴィエト軍の無数の黒い点を見下ろしていた。
『指揮管制機《彩雲》より、艦戦部隊へ。ハバロフスク・ボリショイ飛行場の敵航空部隊、緊急発進を開始。離陸機は上空3,000メートル付近で編隊を形成しつつあり。さらに後続機が上昇中。――これより誘導を開始する。全機、敵部隊に向かって突撃せよ』
《彩雲》の放った明瞭な音声が、超高空で待機していた新・連合艦隊の空母群発艦の戦闘機隊のレシーバーを満たした。
「第一中隊、これより降下に移る。敵を編隊ごと圧殺せよ!」
超高空の希薄な大気の中、排気タービン過給機を唸らせて牙を研いでいた「烈風改」の編隊が一斉に機首を下げた。
2,200馬力以上を誇る金星七一型エンジンが、急降下によって爆発的な推進力を得る。高度10,000メートルという圧倒的な位置エネルギーが、すべて狂気じみた速度へと変換されていく。時速は一瞬にして700キロを超え、主翼の風切り音が金属質の悲鳴となってパイロットの鼓膜を叩いた。
3,000メートル付近でようやく戦闘態勢を整えつつあったソヴィエト軍のYak-9のパイロットたちにとって、それは文字通り「空が落ちてくる」ような絶望だった。
「上空から高速機! なんだあの機影は――」
ソヴィエト側の編隊長が叫び終える前に、烈風改の主翼に搭載された大口径機関砲が火を噴いた。
ズガガガガガガッ! と重厚な破壊音が炸裂する。烈風改の放つ20ミリの弾丸は、Yak-9の頑丈な防弾鋼板ごと、操縦席とエンジンを肉挽き器のように粉砕した。格闘戦に移るための旋回運動など、一切の意味をなさなかった。烈風改はソヴィエト機が機首を向ける隙すら与えない圧倒的な速度差で、その横腹を、背後を、一瞬で駆け抜けながら引き裂いていく。
一撃でYak-9の列を火だるまに変えた烈風改の編隊は、そのまま速度を維持したまま、滑らかな放物線を描いて再び10,000メートルの極高空へと駆け上がっていく。ソヴィエト軍のLa-7が怒りに駆られてそれを追おうとしても、過給機の性能差により、高度が上がるにつれてエンジンが息を吹き、速度が落ちていく。上空の制空権は、完全に日本の「戦闘機」に支配されていた。
そして、高度を失い、乱戦の渦に巻き込まれた低空の空域では、もう一つの悪夢がソヴィエト軍を待ち受けていた。
「零戦六十四型改」。金星七一型エンジンに換装され、その機体は、かつて世界を震撼させた驚異的な格闘性能をそのままに、弱点だった防弾性能と速度、そして信頼性を極限まで高めた異なる世界の「ゼロ」の完成形だった。
操縦幹を握るのは、数々の死線を潜り抜けてきた、日本の熟練搭乗員たちである。
「この旋回性、これがヤポンスキーのЗеро(ゼロ)なのか!?」
La-7の若きエース、ウラジミール中尉は、自機の背後にピタリと張り付いた暗緑色の機影に驚愕した。La-7は時速680キロを誇る高速機であり、低空での運動性にも絶対の自信を持っていた。ウラジミールは強烈なGに耐えながら操縦幹を横に引き絞り、機体を急旋回させた。ドイツのBf109であれば、この一撃で振り切れるはずだった。
しかし、零戦六十四型改は、まるでウラジミールの思考を先読みしているかのように、さらに小さな半径で、滑らかにその旋回の内側へと回り込んできた。
「嘘だろ!? 曲がりきれるわけがない!」
ウラジミールの視界の端に、零戦の先端が丸みを帯びた主翼と、そこに刻まれた鮮血のような日の丸が映った。それと同時に、零戦の機首から20ミリ機銃の曳光弾が放たれる。
ドガガガガッ!
正確無比な連射が、La-7の心臓部であるASh-82FNエンジンを直撃した。シリンダーが吹き飛び、滑らかな回転を失ったプロペラが激しい振動と共に停止する。カウリングの隙間から真っ黒な油煙と炎が噴き出し、ウラジミールの愛機はコントロールを失ってハバロフスクの泥地へと墜落していった。
空域のいたる所で、同じ光景が繰り返された。
烈風改が上空からソヴィエト軍の編隊をバラバラに引き裂き、散り散りになって低空へ逃れた獲物を、零戦六十四型改が執拗に、そして確実に仕留めていく。高度な連携と、機体の特性を極限まで活かした二重の罠。
ハバロフスク・ボリショイ飛行場の周辺は、離陸直後に撃墜されたソヴィエト機の残骸から上がる黒煙で、太陽の光さえ遮られるほどの暗黒と化していた。
制空権は、戦いが始まってからわずか数分のうちに、新・連合艦隊の航空部隊によって完全に掌握された。ソヴィエト軍第10航空軍は、その組織的な防空能力を完全に喪失し、極東の蒼空には、ただ不敵なエンジン音を轟かせる日本軍の編隊だけが、悠然と円陣を描いていた。
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空の露払いが終わると、次に出現したのは、重厚なエンジン音を響かせる艦上爆撃機「流星改」の編隊であった。
彼らの目標は、極東防衛の「頭脳」そのものである司令部ビル、および通信拠点、弾薬集積所であった。急降下を開始した流星改の爆弾倉から放たれた500キロ爆弾が、物理的な法則に従って司令部へと吸い込まれていく。
轟音と共に、ハバロフスクの司令部ビルは中央部からへし折れた。作戦立案の最中であった幕僚たちは、机も地図もろとも、崩落した瓦礫の下へと埋没した。
爆炎と噴煙が落ち着いた後、そこには軍事拠点としての機能は一切残されていなかった。通信網は断絶し、指揮系統は物理的に破壊された。プルカーエフ上級大将と一部の部員は地下シェルターで辛うじて生存したが、もはや広大な戦線を指揮する能力は消失していた。
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進路、ウラジオストク
ハバロフスクが機能不全に陥ったその頃、沿海州の沖合では、日本軍の新・連合艦隊が静かにその進路を定めていた。
「ハバロフスクの司令部は沈黙した。次は心臓部だ」
大和を筆頭とする巨艦の群れは、ソヴィエト極東最大の軍事拠点にして、最後の砦である『ウラジオストク』へと向け、静かに加速を開始した。北太平洋の冷たい風が、歴史の転換点を告げるかのように吹き抜けていった。
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【戦況推移:ハバロフスク空襲】
ソヴィエト側損害:第2極東方面軍司令部壊滅、第10航空軍多数損失。
日本側損害:軽微。
戦略的影響:北満州・樺太・千島方面のソヴィエト軍の統一指揮が不可能となる。




