ウラジオストク上陸戦 3-1 ソヴィエツカヤ・ガヴァニ軍港襲撃 1945年9月8日
1945年
8月11日
ソヴィエト連邦第16軍は北樺太より、南樺太 日本へ侵攻を開始。
8月20日
真岡、豊原まで攻め込まれるも、北方防衛開放軍北方軍より先行して、樺太、占守島の危機に駆けつけた新連合艦隊によって、ソヴィエト侵略軍を撃退する。
8月25日
新連合艦隊は占守島の守備隊の危機にも駆けつけて、ここでもソヴィエト軍を撃破する。
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そして、9月8日
ソヴィエツカヤ・ガヴァニの崩壊
北太平洋の海原は深い霧に包まれていた。その濃霧を切り裂き、日本艦隊が大陸沿岸に出現した。戦艦『大和』を筆頭とする、帝国海軍新連合艦隊主力部隊である。彼らの目標は、北緯49度線に位置するソ連北太平洋艦隊の要衝、ソヴィエツカヤ・ガヴァニ軍港であった。かつてシベリア東端の威容を誇ったその軍港は、日本艦隊の接近に気づくのが遅れた。霧が晴れた瞬間、彼らの目の前には、巨大な砲口が並んでいた。
「全主砲、撃ち方始め!」
大和の艦橋の伊藤司令官から放たれた指令と共に、9門の46センチ主砲が一斉に火を噴いた。続けて陸奥の41センチ主砲が一斉射を開始し、爆風が周囲の海面を押し潰し、霧を吹き飛ばす。その一撃は、戦略や戦術といった言葉を無意味にする、暴力的な質量の投下であった。一トンを超える鋼鉄の塊――46センチ一式徹甲弾が、まず軍港の命脈である第一ドックと大型クレーン群を直撃した。衝撃波はコンクリートの岸壁を紙細工のように粉砕し、数千トンクラスの鋼鉄製クレーンが、飴細工のように捻じ曲がって海へと崩落した。同時に、港湾西部に並んでいた巨大な重油貯蔵タンク群に陸奥の41センチ榴弾が突き刺さる。
ドガァァァァン!!!
何万キロリットルもの重油が、爆発の火柱とともに津波となって港内に溢れ出した。燃え盛る黒い液体が海面を覆い尽くし、軍港全体がまたたく間に「火の海」へと変貌していく。港内に停泊していたソ連海軍の北太平洋艦隊は、主砲を向ける間もなく地獄の渦に巻き込まれた。
もっとも凄惨だったのは、岸壁に係留されていた潜水艦(L型・S型)の列だった。46センチ砲弾の至近弾が巻き起こした凄まじい水撃(水中衝撃波)により、潜水艦の強固な耐圧船殻は一瞬で歪み、内部の配管が激しく吹き飛んだ。潜水艦たちは潜ることもできず、内部の乗組員ごと圧潰し、どす黒い気泡を上げながら冷たい海底へと沈んでいった。
軽巡洋艦『カリニン』は、大和の第二斉射を艦橋にまともに浴びた。46センチ徹甲弾は巡洋艦の薄い装甲を紙のように貫通し、艦の心臓部である第一ボイラー室で炸裂。艦橋は一瞬で鉄屑の山と化し、指揮官以下全司令部要員が肉片へと変わった。割れた船体から侵入した海水と、引火した弾薬庫の爆発により、カリニンは右舷に大きく傾斜しながら大爆発を起こし、海面を真っ赤に染め上げた。
「敵艦の艦種を特定せよ! 沿岸砲、撃て! 撃ち返せ!」
沿岸の丘陵地に配置された第345沿岸砲兵大隊の陣地では、兵士たちがパニックに陥りながらも、130ミリ沿岸砲のボルトを引こうとしていた。しかし、彼らが引き金を引くより早く、空を切り裂くような金属音が響き渡った。大和から放たれた三式弾(対空・対地散弾)が、陣地の上空数百メートルで炸裂したのだ。
数千個の燃焼弾子と鉄片が、集中豪雨のように地上へ降り注ぐ。カチューシャ多連装ロケットの車両は装填されたロケット弾ごと誘爆を起こして狂ったように四方に爆炎を撒き散らし、対空機関砲陣地は人員ごと肉挽き器にかけられたように沈黙した。大地にしがみつく兵士たちの肉体は、爆風と高熱の破片によって一瞬で原型を留めぬまま吹き飛んだ。
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堅牢な鉄筋コンクリート三階建ての港湾総司令部ビルは、大和の放った第一斉射の至近弾だけで外壁が剥がれ落ち、中破していた。地下数メートルに掘られたコンクリート製の防空シェルターには、北太平洋艦隊の高級将校や参謀、そして必死にハバロフスクの本部へ緊急電を送り続けようとする通信兵たちがひしめき合っていた。
しかし、そこに安全な場所など存在しなかった。
「……長官! ハバロフスクとの回線が不通です! 沿岸の無線鉄塔がすべて叩き潰されました!」
「ウラジオストクは!? 太平洋艦隊司令部は出撃できないのか!」
「応答がありません! 完全に孤立しています!」
カンテラの赤い光の下、書類が散乱する作戦室で、将校たちが狂乱状態で叫び合っていた。東部戦線でドイツ軍の猛攻を戦い抜いた歴戦の参謀たちでさえ、その顔は恐怖で引き攣り、大気そのものを激しく震わせる地鳴りのような重低音に怯えていた。彼らがこれまで経験したあらゆる砲撃――重砲や急降下爆撃機のそれとは、根本的に「質量」が違っていた。
直後、46センチ徹甲弾の一発が、司令部ビルの屋上を貫通。そのまま三層のフロアを紙細工のようにぶち抜き、地下壕の天井を形成する厚さ数メートルの強化コンクリートの真上で炸裂した。
ズゥゥゥゥンッ!!!
鼓膜を破らんばかりの強烈な爆縮音。地下壕の天井が真っ二つに割れ、凄まじい衝撃波と、数トンのコンクリートの破片、そして火薬の有毒ガスが狭い室内に吹き荒れた。
「目が……目が見えない! 助けてくれ!」
「息ができない! 誰か、扉を開けろ!」
爆風で通信機や机が凶器と化して四方に飛び散り、多くの通信兵がその下敷きとなって骨を砕かれた。暗黒と化した室内には、コンクリートの粉塵が濃密に立ち込め、生き残った者たちの肺を容赦なく蝕んでいく。爆風によって一瞬でボロボロになった参謀たちが、床をのたうち回りながら泥と血をすすり、壊れて押しつぶされた肺と有毒ガスに窒息しかけながら、出口のない暗闇の中で互いを踏みつけ合い、絶叫を上げた。
かつて数千の将兵を率い、樺太進攻の指揮を執っていた司令官もまた、崩落した巨大な梁の下半身を挟まれ、五感を失ったまま、ただ暗闇の中で血の泡を吐き出すことしかできなかった。
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この攻撃は、単なる報復ではない。ソヴィエツカヤ・ガヴァニは、間宮海峡を挟んで対峙する樺太へ進攻したソ連軍の兵站母港であった。ここを潰すことは、前線の樺太ソ連軍の弾薬、食料、燃料の補給を完全にゼロにすることを意味する。
「……後顧の憂いを断つ。草一本残すな」
艦隊司令部の冷徹な命令に従い、大和、陸奥、駆逐艦隊は、港湾施設、弾薬庫、燃料タンク、そして背後の丘陵地に築かれた陣地に対し、容赦のない修正砲撃を継続した。港は炎と黒煙に包まれ、かつての軍事拠点の面影は、砕け散った鉄骨と瓦礫の山へと変わり果てた。それは、敵の戦力を物理的に「消滅」させる。
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地上では、阿鼻叫喚の地獄が展開されていた。
逃げ惑うソ連軍兵士たちは、空から降り注ぐ巨大な死神の前に、完全に無力であった。爆風は人間の鼓膜を破り、肺を圧壊させ、着弾点付近にいた者は爆風そのものによって人体だった物の小片に分解され、硝煙の空へと舞い上がった。
運良く即死を免れたものの、重傷を負った兵士たちの惨状は目を覆うばかりだった。両足を失った若き兵士が、燃え盛る重油の海から這い上がろうとして力尽き、瓦礫の下で引き裂かれた体を引きずりながら呻き、悲鳴を上げた。彼らは遥か極東のシベリアで、故郷の母の名や、モスクワに残してきた家族、恋人の名前を狂ったように呼びながら息絶えていった。
地上の平地や防空壕の周辺では、肉体的な破壊以上に、ソ連兵たちの「精神」が凄惨に破壊され尽くしていた。
空を切り裂く、特有の「引き裂くような金属音」。それは46センチ砲弾が超音速で大気を圧縮しながら迫りくる死。その音が響くたび、兵士たちは五体を大地に投げ出したが、着弾時の凄まじい大震災のような揺れが、彼らの三半規管と理性を完全に狂わせた。
「悪魔だ……日本の悪魔が海から山を投げつけてきている……!」
爆煙にまみれた塹壕の中、まだ二十歳にも満たない若い赤軍兵士が、愛銃のPPSh-41を放り出し、頭を抱えてガタガタと震えていた。彼の耳からは、至近弾の衝撃波で破れた鼓膜から一筋の血が流れ落ちていた。
戦友たちが一瞬にして肉煙となって消え去る光景を目の当たりにした彼は、すでにまともな思考を失っていた。地響きが鳴るたび、彼は奇声を上げて泥をかきむしり、自らの爪が剥がれ、指から骨が露出してもなお、地獄から逃れるように地面を掘り続けようとした。
周囲には、同じように「シェルショック(戦慄病)」に陥り、狂気に逃げ込む兵士たちが続出していた。
ある者は、降り注ぐ鉄破片の雨の中を、虚ろな目をしながら笑って歩き回り、次の瞬間に三式弾の散弾に貫かれて人形のように崩れ落ちた。またある者は、燃え盛る重油の炎に包まれた戦友の「殺してくれ! 頼むから撃ってくれ!」という悲鳴を聞きながら、ただ恐怖で引き攣った顔で、自らの喉をかきむしって絶命していった。
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しかし、彼らを手当てする衛生兵も、モルヒネの残る病院施設も、すべては最初の数分で鉄屑と灰に変わっていた。
港湾東部、臨時に設けられていた野戦救護所は、最初の三十分で完全に機能停止していた。
天幕は跡形もなく吹き飛び、医療器具やモルヒネ、消毒液はすべて燃え盛る瓦礫の下に埋もれた。生き残ったわずかな衛生兵たちは、自らも血まみれになりながら、押し寄せる重傷者の群れを前に、ただ絶望するしかなかった。
「同志衛生兵……足が、俺の足はどこにいったんだ……」
泥と黒煙で真っ黒に汚れた若者が、衛生兵の軍服の裾を震える手で掴んだ。彼の腹部は抉れ、自らの内臓を両手で必死に押さえつけていた。しかし、彼に与えられる医療は何一つとして残っていなかった。衛生兵は涙を流しながら、ただ彼の泥まみれの手を握り返すことしかできない。
「ヴォルガ……ヴォルガの水をくれ……お母さん……」
若者は、遠く離れた故郷の広大な大河の幻影を見ながら、シベリアの泥の上で、激しく身体を痙攣させた。
その傍らでは、全身の八割に重度の火傷を負い、ただの「赤い肉塊」と化した将兵たちが、声帯を焼かれた掠れた声で、文字通り狂ったように水を求め、あるいは神やスターリンの名を呪いながら、一人、また一人と冷たくなっていった。
手当てを施す者も、その遺体を収容する者も、やがては次々と飛来する41センチ、46センチの容赦ない追撃砲火によって、その命を刈り取られていく。
一時間の猛砲撃が静まり返ったとき、ソヴィエツカヤ・ガヴァニを支配していたのは、ただ重油の燃える不気味なパチパチという音と、生き残った数少ない者たちの、人間とは思えぬ獣のような呻き声だけだった。
北太平洋の濃霧の向こう側から飛来した「暴力的な質量」は、ソ連兵たちの肉体を、精神を、そして彼らが築き上げた誇り高き要塞を、文字通り根底から叩き潰し、冷徹な静寂の地獄へと変え果てたのである。
一時間の砲撃が終わり、大和が砲身を下げたとき、爆炎の晴れたソヴィエツカヤ・ガヴァニにあったのは、物言わぬ無数の死体が打ち捨てられた、静寂の瓦礫の野であった。
樺太進攻軍の心臓部であり、北太平洋の不落の盾と謳われた栄光ある軍港は、巨大な砲弾と爆風によって物理的に地図から消し去られ、ただ真っ黒な重油の煙を上げながら、冷たい霧の彼方へと没していった。




