ソヴィエト軍の越境 1-4 満州の慟哭:葛根廟(かっこんびょう)
満州の慟哭:葛根廟
一九四五年八月十四日。西満州の空は、信じられないほどに高く、抜けるように青かった。
興安街から逃れてきた千三百名の避難列は、灼熱の太陽の下、陽炎の立つ草原を這うように進んでいた。その大半は、夫や父を「根こそぎ動員」で奪われた、女と子供、そして老人たち。武器を持たぬ、守るべき背中を欠いた群れだった。
「お母ちゃん、喉が渇いたよ」
幼い娘の言葉に、浅子は乾ききった唇を噛んだ。水はない。食料もない。背後からは「ソ連軍迫る」という報せが、不吉な土煙とともに迫っていた。正午過ぎ、一行が葛根廟駅に近い小高い丘に差し掛かった、その時だった。
地平線の向こうから、臓腑を揺らすような地響きが轟いた。草原の緑を切り裂き、鋼鉄の巨躯が姿を現す。ソ連軍の戦車部隊。彼らにとって、この列は単なる「移動する標的」に過ぎなかった。
「白旗を! 早く白旗を掲げなさい!」
必死に振られる白い布を嘲笑うかのように、砲塔がゆっくりと、獲物を狙う蛇の動きでこちらを向いた。次の瞬間、世界は轟音と土煙に包まれた。
機銃の掃射音が、乾いた音を立てて草原に響き渡る。標的は、逃げ惑う小さな背中や、赤ん坊を必死に抱いた母親たちだった。浅子の目の前で、先ほどまで手を繋いでいた友人が、言葉を失ったまま崩れ落ちた。ソ連兵たちは、機銃で倒れた負傷者たちを、戦車で次々と轢き潰していく。肉が潰れ、骨が砕ける音が、阿鼻叫喚の悲鳴の中に混じり、緑色だった丘は、赤黒い泥濘へと変じ果てた。
夕刻、戦車隊が去った後の静寂は、死そのものよりも重かった。
累々と重なる肉塊の中から、生き残ったわずかな者たちが這い出した。だが、地獄にはまだ底があった。
「日本人(小日本)だ! 奪えッ!」
どこからともなく現れたのは、日頃から治安を乱し、戦乱の機を窺っていた中国人ごろつき集団であった。
彼らは、日本人が入植し、満州人と共に土地を耕してきた数年間の歩みなど、何ら顧みない。共に汗を流した善良な隣人たちが恐怖で戸を閉ざす中、このならず者たちは混乱に乗じ、弱り切った婦女子を獲物として定めた。
その目は、憎悪という名の口実を盾に、剥き出しの欲望にぎらついていた。彼らは生き残った女たちから、泥にまみれた着物を剥ぎ取り、わずかな所持品を力ずくで奪い、凄惨な暴行を加えた。国家の庇護が消え去った瞬間、人間としての倫理を投げ捨てたハイエナたちが、死者の山の上で狂宴を始めたのである。
浅子は、冷たくなった娘の小さな体を抱きしめ、沈みゆく真っ赤な夕陽を見つめていた。
国に捨てられ、軍に見放され、最後には人間としての尊厳さえも略奪された。かつて「五族協和」を夢見た大地は、いまや最悪の暴力が支配する混沌の荒野と化していた。
葛根廟。その名は、満州という夢の跡地に刻まれた、最も深く、最も消えない血の烙印となった。一千の魂が虚空に消えた草原には、ただ無情な風だけが、すべてを忘却の彼方へ運ぼうと吹き抜けていた。




