ソヴィエト軍の越境 1-3-2 関東軍第124師団 島崎一等兵 牡丹江、泥の底の覚醒
島崎は塹壕から飛び出した後のことを罪悪感とともに何度も、何度も、頭の中で繰り返して体験していた。
――ドガァァァァンッ!!!
鼓膜を、そして脳髄を直接揺るがすような衝撃が島崎を襲った。
飛び出した瞬間、彼の数メートル右側へソ連軍の重砲弾が直撃したのだ。凄まじい熱風と、引きちぎられた大地の土砂が島崎の身体を容赦なく打ち据える。
「あ……」
声にもならない吐息とともに、島崎の身体は木の葉のように宙を舞い、そのまま視界が真っ暗な闇へと急転落していった。抱きしめていた布団爆薬が、手から滑り落ちる感覚だけが、彼の意識の最後の灯火だった。
◇
『『……き、……起きろ、島崎……』』
遠くで誰かが自分を呼んでいるような気がした。いや、それは耳鳴りだ。キーンと高い金属音が、頭の中で狂ったように鳴り響いている。
島崎は激しく咳き込み、口の中に入り込んでいた泥と血を吐き出した。
(俺は……生きているのか?)
ゆっくりと目を開ける。数分、あるいは十数分が経過していた。空は相変わらず不気味な夕焼けに染まっていたが、周囲の光景は一変していた。
島崎の身体は、先ほどの砲撃が作り出した巨大な弾痕の斜面に転がり落ちていた。そのおかげで、ソ連戦車の容赦ない同軸機銃の掃射からも、すべてをすり潰していく鉄の履帯からも、奇妙なほど完全に死角となっていたのだ。
頭を上げてクレーターの縁から這い出た島崎は、その場に凍りついた。
地獄だった。
さっきまで彼がいた第一線陣地は完全に蹂躙され、黒煙を上げる巨大なクレーターがあちこちに口を開けている。突撃していった少年兵が自爆させたT-34/85は、下腹部から激しい炎を噴き上げて完全に沈黙していたが、その後続の戦車群は、島崎の頭上を通り過ぎ、すでに遥か後方の第二線陣地へと攻め込んでいた。遠くから、重機関銃の乾いた音が響いてくる。
「おい……みんな、どこだ……」
島崎は這いつくばったまま、泥まみれの周囲を見回した。
少し離れた場所に、彼が抱いていた布団爆薬が転がっていた。麻袋は破け、中の黄色い爆薬が露出しているが、点火紐は引きちぎられたままで、爆発はしていなかった。
すぐ傍らには、ちぎれた日本の軍服の袖と、誰のとも分からない肉片が散らばっている。
さっきまで共に泥を噛み、天皇陛下万歳を叫んで散っていった戦友たち。その中で、ただ一人、突撃すら全うできずに泥の底で気絶していた自分だけが、五体満足で生き残ってしまった。
「なんで……なんで俺だけが!」
島崎は拳で何度も泥を叩いた。声にならぬ絶叫が、硝煙の空へと吸い込まれていく。
死に損なった。戦友を裏切り、自分だけが醜く生き長らえてしまった――その瞬間、彼の心に生涯消えることのない、昏く重い「罪悪感」の楔が打ち込まれたのだ。
だが、戦場は彼に絶望する時間すら与えなかった。
後方から、戦車に随伴してきたソ連軍の歩兵部隊(サブマシンガンを構えた自動銃兵たち)が、残存兵を掃討しながら近づいてくる足音が聞こえる。
島崎は、引きちぎられた点火紐を見つめ、それから足元に転がっていた九九式短小銃を拾い上げた。
ボルトを引くと、泥にまみれながらも、金属の冷たい擦過音とともに次弾が薬室に送り込まれる。
「死なせて貰えなかったのなら……一人でも多く、道連れにしてやる」
牡丹江の亡霊となった島崎は、怨念の塊のような目で迫りくるソ連歩兵の影を睨みつけ、再び泥の這行を開始した。




