暗闇の隧道
落ちて消えてしまったたいまつ(トーチ)を取り、ミサナギのたいまつから火をもらう。たいまつがあっても洞窟内は見通せないほど暗く、先へと続く通路はまるで何かに食べられるようだ。
「ラガクさん。どうしてあの夜、私を生かしたんですか?」
あの夜とは彼女と出会った時のことだろう。生かした理由はいくつかある――情報を知りたかったから。殺すのを躊躇ったから。彼女から何かを感じることがあったからか。
「どうしてだろうな――」
先頭に立ってたいまつを片手に洞窟を進み、その後をミサナギが続いた。
「理由は無かったんですか?」
「……そっちはどうなんだ?」
「エッ、わ、私ですか?」
「そう。チャンスはあっただろう?」
殺す好機が。出会った時は敵であり、躊躇うことはない。自身も彼女も――。
「それは……ラガクさんが私を生かしたからで……」
「ピュアいな」
嘘だと思わないこともない。純粋な響きであり、それはあまりにも輝きが強く尊いモノだ。
「ぴゅあい?」
「純粋とかいう意味だ」
「私、そんなに純粋でもないですよ?」
「嘘が純粋過ぎる。嫌いじゃないが」
「アハアハ。嘘ってバレてるじゃないですかー? でも、そっちも嘘をついていますよね?」
「どうかな?」
「はぐらかすんですか?」
一人で登るのは苦労しそうな岩場があり、他に道もなくここを行くしかない。たいまつを岩場に置き、右膝を着いてしゃがんで両手を足場になるように合わせた。
「さ、登ってくれ」
「えッ……いいんですか? 変なことしないと思いますけど、やめてくださいね……?」
彼女もたいまつを岩場に置き、足場にしている両手に脚を乗せる。
『……けしからん格好だ』
その足は脛までの編み上げ草履で指先が覗き、脛から上を隠す白の巻き袴の綺麗な対比。さらに脛から股に入る隙間から覗く脚も素晴らしい。
「むッ――前が」
自身の肩に脚を乗せ登ろうとする彼女のスカート裾が顔に覆い被さったのだ。つまり、スリットから頭が入り込んで巻きスカートの中。
『…………』
うむ、頭がおかしくなりそうだ。覆面と防面がなければ呼吸だけで、気絶していたかもしれない。
「たいまつと荷物を渡してください」
岩場の上でしゃがむ彼女にたいまつと背負っていた背嚢を渡す。
「周囲に気をつけろ。混蟲がいるかもしれない」
「ちょっと待って――」
岩場の上にいるミサナギはたいまつで辺りを照らし、混蟲を警戒しているようだ。
「――――ッ!?」
「どうした! 大丈夫かッ?」
悲鳴が聞こえて上から何かが転がり落ちてくる。それは丸まった大きな蜘蛛の混蟲で大きさは人の胴体くらいあり、牙と脚には毛虫のような無数の毛で覆われていた。
「クソ。混蟲かッ」
竹槍を構えるより、速く蜘蛛は飛びかかられそのまま転倒。蜘蛛の両牙を両手で押さえて攻撃を逃れるも、暴れる蜘蛛は振りほどける相手ではない。
「クソ蟲がッ」
横に転がるようにして蜘蛛をひっくり返し、腰から引き抜いた小剣を蜘蛛の腹に斬りつけ刺し込む。
斬りつけられた脚は千切れ、刺し込んだショートソードからは黄緑の体液が付く。構わずに引き抜けばその体液があふれ出てきた。
「ラ――ガクッ! 助け――てッ!!」
バンブースピアを拾い、岩場に飛び付いて腕の力から脚の力を使って這い上がる。ミサナギに取り付く蜘蛛を蹴り飛ばし、ひっくり返って柔らかい腹をさらした蜘蛛にバンブースピアを突き立てた。
「しっかりしろ……無事か?」
「なんとか大丈夫です……」
薄暗い中で彼女の瞳と眼が合い、不思議と笑みがこぼれる。彼女も瞬きをしてこちらを見つめ、優しく微笑んだ。
「立てるか?」
手を差し伸べて彼女を起こし、怪我はないかと心配する。擦り傷や土汚れはあるようだが、大したことはなさそうだ。
「助かりました」
落としたたいまつとバックパックを拾い、混蟲の腹に突き立てたバンブースピアを引き抜く。
「先へ進もう」
さらに洞窟の奥へと脚を踏み入れば、蜘蛛の糸が通路を塞いでいる。それをたいまつで焼き払って進み、不気味な音をたてて寄ってくる蜘蛛どもをたいまつで追い払い、武器で蹴散らしながらここまできた。
「どうやらここを倉庫に使ってたみたいですね」
「そのようだな」
そこは天井も高い部屋のような洞窟であり、蜘蛛の糸にまみれた木箱や木乃伊。隅には蜘蛛の卵嚢もあり、ここで間違いない。
「気をつけろ、かなりいる」
バンブースピアの先に腰の小鞄から取り出した布切れを巻き付け、さらに別のポーチから油瓶を取り出す。
「ちょ! ラガクさん!! い、いますッ小さいのがッ!!」
見ればいくつもある穴の中から小さな蜘蛛が姿を現した。人と同じくらいか、それ以下の大きさだろう。
「大丈夫だ。落ち着け、たいまつで振り払え」
布切れを巻き付けたバンブースピアに油を塗り付け、たいまつに近付ければ火が燃え移って炎を纏う槍となる。
「混蟲ども火に弱い。ひっくり返して胸を刺せ」
飛びかかってくる蜘蛛をスピアで捌き、ひっくり返えった奴から胸を突き刺す。火に弱い混蟲の蜘蛛はたいまつと火を纏うスピアにやられ、残った蜘蛛は散り散りに逃げていく。
「一通り片付きましたね」
「そうだな。その箱、気にならないか?」
「……盗むんですか?」
「人聞きの悪い。拝借や戦利品というだろう」
「野盗と同じですよ?」
「ミューヴィルの法に反するか?」
蜘蛛の糸にまみれた木箱。中身は何かは知らないが、少しくらい得られる戦利品があっても良いと思うのだが。
「野盗との約束が違うと思います」
「野盗の約束を守るのか?」
約束は箱には触るな。それ意外の死体から漁れ。それが報酬なのだが、死体も何もミイラな上に武器すら持ってない。
「そういう訳でもないですけど……」
「何がいけない?」
「私の良心が痛みます」
「…………」
どうやらミサナギの良心が痛むらしい。ここまで報酬なし――自身の懐が痛む。しかも、バンブースピアは消し炭に。
「ところで出口はどっちでしょうか?」
出口へ通じる道はそう簡単に見つかるものではないが、手にするたいまつをいくつかある穴に近付けて調べていく。
「それでわかるんですか?」
「こうして風の流れがあるほうに通り道があるだろうさ」
たいまつは風に揺られ、そこに風が流れていることがわかる。穴の先は行き止まりではない、通り道があるのだ。
「詳しいんですね」
「何度か混蟲どもの巣穴にも入っているからな」
「本当ですか。その時はどうして入ったんですか?」
その時――初めて巣穴に入ったのは自身だけではなく、多くの戦友と一緒に地獄へと続くであろう隧道を進んだ。それは祖国の防人としてであり、目的は混蟲どもを殲滅するため。




