第四十話:一歩の重み
「続いて第六試合、星ヶ丘高校・九十歩歩十九、対、浜南大学付属高校・金佐三鹿」
ついに、浜南大学付属高校の最後の砦が動く。
大将、金佐三鹿。副将の桝家すらも一本で沈められた事実を受け、彼女はどこか足取り重く、八角形のステージ(オクタゴン)へと上がってきた。
しかし、その表情に絶望の影は一切ない。相変わらずその所作の一つひとつには一切の無駄がなく、名門の絶対的エースとしての気高さを全身から放っていた。
――ピィィン!
大将戦のブザーが鳴り響いた瞬間、金佐のハイテク木刀が目にも留まらぬ速度で駆動した。 そのしなやかな肢体から繰り出されるステップは、まるで軽やかで滑らかな舞のようだった。重力を一切感じさせないその駆動は、力任せの強引な突進ではない。しなやかな筋肉のバネが精密に生み出す、超高速の連撃。一瞬で間合いを潰しにくる金佐の神速。
だが、二階席からの熱い視線を背中に受ける九十歩の集中力は、すでに極限の先へと達していた。
九十歩は金佐の素早い身体を直接は追わなかった。その移動先――すなわち、金佐が次に踏み込むであろう『地面の先の一歩』へ先回りするように長刀の切っ先をぴたりと置き、超高速のステップそのものを物理的に封じ込めていく。
(……この長刀、本当に底が見えない!)
金佐のマスクの奥に焦りが走る。九十歩は直線的な突きや縦振りだけでなく、規定内ギリギリの長刀をダイナミックに大きく振り回すことによって、金佐の周囲に「侵入不可能な軌道の壁」を作り出していた。金佐は九十歩の懐へ近づくことさえできず、どれほど鋭い自慢の連撃も、すべて虚空を切る結果に終わる。
さらに金佐が強引に刃を合わせてきても、九十歩は長刀の長い柄と刃の長さをフルに使い、相手の攻撃を滑らかな円を描くようにいなし続けた。カーボン樹脂のしなる石突や柄を巧みに使い、金佐の攻撃エネルギーを外側へと美しく逃がしては、名門エースの体勢を無慈悲に崩していく。
手元を高速で入れ替えて放たれる、死角からの石突での突き。それは、高速で動く金佐の懐へと一瞬で届き、完璧な刃筋として防具のセンサーを正確に掠め、ポイントを確実に削り取っていった。
(これで――終わりだ)
九十歩は冷徹にその瞬間を捉えた。金佐が次の連撃へと移行する、ほんのわずかな「タメ」の瞬間。そして、金佐がステップを踏み込んだ、その出鼻。
相手を傷つけない優しい剣理のまま、しかし電光石火の速度で突き出された長刀の先端が、金佐の防具の喉元、そして鳩尾を正確に貫いた。
ザンッ!!ザンッ!!!!
気剣体の一致を認めたAIの最高音がアリーナを揺るがし、金佐の防具がシャットダウンの色に染まる。十点減点方式のルールに基づき、ポイントがゼロになった瞬間だった。
『勝者、星ヶ丘高校。よって団体戦準決勝、星ヶ丘高校の勝利です!』
「やったぁぁぁぁぁぁッ!!」
星ヶ丘のベンチから、割れんばかりの歓声が爆発した。小平萌香が飛び跳ね、五代朝風が今井の肩を揺らして大はしゃぎしている。前年王者に続き、浜南大付属すらも引きずり下ろした、歴史的な金星。
一方の浜南大付属のベンチは、誰もが頭を抱えてうなだれ、静まり返っていた。最後まで無駄のない美しさを見せた金佐も、自身の木刀を見つめたまま茫然と立ち尽くしている。
激闘を終え、フルフェイスマスクを外した九十歩。アリーナを包む地鳴りのような歓声も、仲間たちの手荒い祝福も、今の彼の耳にはほとんど届いていなかった。
九十歩の視界の先。二階の観客席のフェンスから身を乗り出している、憧れの少女の姿だけが、鮮明に映り込んでいた。
中原巴。彼女の細い首には、先ほどまで戦っていた弓道会場で勝ち取った、高体連の公式マークが大きく刻印された重厚感のある金属製メダルが、誇らしげに太陽の光を反射して輝いている。
最高の結果を出してきた巴が、オクタゴンの中心に立つ九十歩に向けて、今日一番の、本当に嬉しそうな満面の笑顔を咲かせていた。その笑顔を見つめ返しながら、九十歩の胸には言葉にならない熱い感情が満ち溢れていく。
星ヶ丘サムライ部が歴史的な決勝進出を決めた、まさにその歓喜の最中。
ベンチでタブレットを操作していた市川帆南が、画面にポップアップした『システム通知』を見た瞬間、その息を激しく呑んだ。
「……え!? みなさん、これ見てくださいっ!」
帆南の引きつった声に、五代や今井が驚いて画面を覗き込む。
そこには、中間テストの赤点によってエントリーを拒絶していた、あの無慈悲な電子の檻が、緑色の文字で『解除』された履歴が刻まれていた。
「高知の……システムロックが、外れた……!」
明日の第四日目、すべてのコートが解体されて設置される特設一面の決戦場へ向けて、原石の怪物が、その獰猛な牙を静かにアリーナの闇の奥で剥き始めようとしていた――。




