第四十一話:画面の向こうの熱量(独白)
もともと、流血のある格闘技なんて怖くて大嫌いだった。難しそうな格闘ゲームにも、これっぽっちの興味もなかった。
すべては、小学六年生の夏、不意にスマートフォンの画面に流れてきた広告の映像から始まった。
『――スマートフォン向け門派対抗・戦略型タップ格闘ゲーム「BUSHIDO FIGHT: 斬-ZAN-」今夏リリース! 画面を彩るLEDサイバー演出とシネマティックな墨絵エフェクト。海外が震撼した「クール・ジャパン」を、君の手の中に』
漆黒の背景の中で、ネオンピンクとネオンブルーの閃光が鮮やかに弾けるそのスタイリッシュなゲーム映像に、私は一瞬で心を奪われた。
私の推しは、軽量級の女の子たちが揃うスピードスター門派『サイバー・サムライ』の選手。大柄な男のパワーを滑らかなステップでかわし、美しい角度でハイテク木刀を叩き込む。その姿がクールで、美しかった。
『気・剣・体の一致を捉えるサークル・シンクロ・システム。完璧な刃筋スワイプが、一撃一本の脳汁(快感)を呼び覚ます』
広告の文字通り、タイミングが同調すると、スマホの画面全体が推しのカラーに激しく染まり、一撃で勝負が決まる。
現実のリーグの勝敗でゲーム内のステータスが一定期間リアルタイムで強化され、私のプレイで稼いだポイントがそのまま現実の推し門派に加算され、限定入場演出や限定グッズに反映された。その一瞬のヒリヒリとした快感に、私は毎日のようにログインを繰り返した。
やりくりして貯めたお小遣いで買った公式の『推しモデルのハイテクミニ木刀』、届いた箱を開け同封されていたQRコードを読み込ませて、ゲーム内の自キャラに推しとお揃いの限定コスチュームの陣羽織を着替えさせた日の高揚感。自分の部屋にお気に入りのミニ木刀を飾り、デジタルの中では憧れの推しと同じ姿になれる。それだけで、私の世界は十分に満たされていた。
その熱狂は中学生になると『BUSHIDO FIGHT:NEXUS』のリリースによって、さらに決定的な領域へと突入する。
『単なるゲームではない。専用スマート木刀が、世界中のリビングを道場に変える、リアル体感型eスポーツ。ミリ単位の物理演算と強烈なハプティクス衝撃が、真剣勝負の緊張感を再現する』
ゴーグルを装着した瞬間、見慣れた私の子供部屋は『京都のサイバー竹林』や『両国国技館の高台ステージ』へと変貌した。目の前に現れる、等身大のトップ選手のアバター。本当に刃物を突きつけられているかのような、足がすくむほどの恐怖と緊張感がそこにはあった。センサーが刀のわずかな傾きを感知し、画面内で刀がぶつかり合うと、スマート木刀の内部から衝撃が両手へダイナミックに伝わってくる。
『体格や力任せのゴリ押しは、すべて「受け流し」の餌食に。非力なプレイヤーでも、ミリ単位の間合いのコントロールと先読みカウンターで、大男を圧倒できる』
その完璧な世界観に、私は完全に魅了されていた。
(私も行ってみたい。画面の向こうの、あの綺麗な世界へ)
その純粋な憧れを胸に、私は現実の武道の世界へと一歩を踏み出した。
しかし、現実は非情だった。
当時はまだ、最新テクノロジーを用いたサムライ部は、一部の高校や私立中学校にしか存在していなかった。そのため、私は最も環境の近い公立中学校の伝統的な『剣道部』の門を叩くしかなかった。
そこで待っていたのは、私が画面の中で愛したスタイリッシュな世界ではなく、泥臭い強烈な伝統の壁だった。
どれだけミリ単位の正確な刃筋で面を捉えても、「声が小さい」「踏み込みが軽い」という理由で、人間の審判には一本と認めてもらえない。それどころか、ただ体格がよくて力が強いだけの相手に、強引に肉体ごと押し切られて床に転がされる理不尽。
(私のやりたかった武道と、違う……)
伝統のシステムに馴染めず、道場の隅で一人うなだれる日々。そんな私の視線の先に、もう一人の「馴染めない少女」がいた。
同じく新入生として入部してきた彼女の持つ才能は、伝統の枠に収まるにはあまりにも鋭すぎた。
見た技の本質を直感的に掴み、自らの肉体に一瞬で再現する。練習試合で悪気なく上級生たちをボコボコにしていった。しかし、型の美しさや礼儀、厳格な縦社会の秩序を重んじる剣道部において、その規格外の才能は、「基本ができていない」「生意気な一年生だ」と周囲から煙たがられ、孤立を深めていく原因となった。
正しい技術が力に押し潰される理不尽に心を折られた私。
早すぎる圧倒的な才能を理解されず、組織から弾き出された彼女。
道場の片隅、周囲と馴染めない者同士、私たちは言葉を交わし、肩を寄せ合うようになった。
ある放課後、私は体育館の裏へと連れ出し、自宅から持ってきた『スマート木刀』とゴーグルを差し出した。
「これ、振ってみて」
「ん? なにこれ、おもちゃー?」
軽い調子でゴーグルを被り、デバイスを握ったその目の前に、ホログラムの決戦場が広がる。対戦相手のアバターが放った超高速の打突。彼女の瞳がそれを捉えた瞬間、その身体が肉眼で追えないほどの速度で駆動した。伝統剣道の型にはない、しかし『BUSHIDO』のAIが求める角度、スピード、刃筋。
スマート木刀から「ガキィン!」という強烈な振動が響いて、ゴーグルの内側が、鮮やかなネオンピンクの一本(即死判定)の光で満たされた。
「わあ……! なにこれ、すごい! 私の動き、全部AIが分かってくれる!」
子供のように目を輝かせて飛び跳ねる姿を見て、私の胸の奥から、言葉にならない熱い塊が突き上がってきた。
(やっぱり、間違ってなかった……! 私の信じた世界は、ここにある!)
私には、萌香のような剣の才能はない。今の私では、まだ、大男を圧倒する一撃を放つことはできない。だけどあの画面を、衝撃の海を誰よりも愛し、誰よりも凝視し続けてきた執念がある。
自分のスタイルを見つけるその日までは、みんなのサポートに全力で回りながら、諦めずにそれを探し続けよう。プレイヤーとしては馴染めなかった伝統の先、高校で五代先輩たちと出会い、本当の『BUSHIDO FIGHT』の舞台へと辿り着いたあの日、私はそう心に決めたんだ。
私の頭脳を使って、画面の向こう側の世界に立つべき原石たちを、必ず全国の頂点へと押し上げてみせる。
データ担当、市川帆南。
私の根底にあるのは、あの夏に一目惚れしたスタイリッシュな世界への、今も一ミリも色褪せない純粋な恋心だった。




