第三話:野生の狂刃
「な……なんだ、今の……」
創部からの2年間で公式戦の一回戦すら勝ったことのない3年生たち、そして公式試合にも出られない2年生の手永や九十歩は、あまりの衝撃にあっけにとられて声も出せなかった。高校から始めたはずの1年生が、中学エリートの二刀流を技術でねじ伏せたのだ。
「やったぁぁぁーーーっ!!」
「モカ、すごすぎるよ!!」
ベンチの1年生4人は、我が事のように抱き合って勝利を喜び合った。それは、弱小だった星ヶ丘高校サムライ部に、新たな「才能」の怪物が産声を上げた瞬間だった。
だが喜びも束の間、さっきの勝利が嘘みたいに次の試合萌香はあっさり負け、残った3年生にできることなどあるはずもなく、三人抜きで試合に負ける。
トボトボと帰る一行、萌香の「マグレ」に盛り上がる新入生、落ち込む上級生の中、五代だけが部に短刀を購入することを静かに決意する。
数日後、新入生たちの「抜刀」練習の中、五代が萌香を呼び短刀が届いたことを告げる。しかし、誰も二刀流など教えられるはずもなく、体育館には気まずいしらけたムードが漂った。
そこへガラガラと音を立てて、普段は部活に全く顔を出さない顧問の五島が現れた。ジャージのポケットに手を突っ込み、片手にはクシャクシャに丸めた競馬新聞を握りしめている。
「なんだあ? 随分としけた面してんな、お前ら。せっかくオモチャが届いたってのに、宝の持ち腐れか?」
相変わらずのやる気のない態度に、副部長の今井が呆れたようにため息をつく。五代は藁にもすがる思いで、五島の前へと一歩踏み出し、深く頭を下げた。
「五島先生! お願いします、どなたか二刀流を指導できる方に心当たりはありませんか!? このままでは、せっかくの萌香の才能が潰れてしまいます!」
「あ? 知るかよ。俺は未経験の形だけ顧問だぞ。大体、二刀流なんて素人が手を出して勝てるほど、BUSHIDOのAI判定は甘かねえんだ」
鼻で笑って踵を返そうとする五島。しかし、五代は諦めなかった。何度も、何度も、床に額がつきそうなほどに深く頭を下げ、しつこく食い下がった。
「お願いします!何でもいいんです!うちの部に力を貸してください!」
五代のあまりの必死さに、五島は頭をボリボリと掻きむしり、心底面倒くさそうに吐き捨てた。
「チッ、うっとうしいなぁ……。わかったよ、一本だけ連絡してみるから、そこをどけ」
しぶしぶスマホを取り出した五島は、通話ボタンを押して耳に当てる。
「おう、桐生か? 俺だよ。お前の大好きな酒を奢ってやるからよ、ちょっとうちの部活に顔を出せ。面白いガキがいるんだ」
電話を切った五島は、名刺を一枚、五代の胸元へ放り投げた。
『サムライ部用品店・店主 桐生 陣』
「そいつは隣町で小さな店を営んでるが……実は数年前、発足したばかりのプロリーグ『BUSHIDO FIGHT』で、わずか一年だけ活動していた元プロ選手だ。それも、『二刀流』の使い手だった男さ」
「えっ……!? 元プロ……!?」
その場にいた全員の口から、驚愕の悲鳴が上がった。トップ選手になれば年間推定収入が約4億円にも達するという、あの画面の向こう側の華やかなプロの世界。そこに、かつて身を置いていた本物のサムライが、こんな身近な顧問の飲み仲間にいるという事実に、部員たちは完全に唖然とし、目を見開いて硬直していた。
翌週から、萌香の二刀流の特訓が始まった。桐生の指導は想像を絶する過酷さだった。
「腕の力だけで振るな! 大刀と短刀の刃筋がバラバラだ! それじゃあAIは一生ライトを灯しちゃくれないぞ!」
放課後の体育館に桐生の怒声が響き渡る。萌香は何度も床へ叩きつけられながらも、プロの厳格な理合を身体に叩き込まれていった。その運動量は驚異的で、他の1年生たちが抜刀の基礎練習を続ける横で、萌香は毎日死に物狂いで食い下がっていた。
しかし、この活気溢れる部活から、1年生の奥羽高知は完全に足が遠のいていた。剣道での実績はあったが、AIが刃筋を厳密に管理するシステムの前で、自分の不器用なスタイルは全否定された気がしていたのだ。
(俺がここにいたって、何の意味があるんだよ……)
ある土曜日、高知は郊外の大型アミューズメント施設で時間を潰していた。けたたましいゲーム音が響く中、特設の「BUSHIDO FIGHT」体験ブースで刀を振るう一人の男が目に入る。
その男は、最新のカーボン木刀を構え、同時に二人を相手にしていた。男の動きは異次元だった。相手の隙を突き、容赦ない足払いを駆使して次々とポイントを取っていく。――足払い(テイクダウン): 軸足を払って相手を転倒させたらポイント。倒れた相手への「追い打ち」も有り――
「そこまで! 本数満了!」
圧倒的な実戦の技術の前に、諦めたのかすごすごと帰る二人。だが、高知の目は見逃さなかった。帰り際に、挑戦者が男の手のひらへと小さく折り畳まれた紙幣を渡すのが見えた。
(賭け試合だ……)
プロリーグの華やかな表舞台の裏で横行する、非公式のマッチメイク。男はそこで圧倒的な技術を売り、金を稼ぐ闇のサムライだった。思わずブースから出る男の背中に、高知は衝動的に声をかけた。
「弟子にしてください!」




