第二話:模倣の狂刃
「……はぁ、はぁ……」
連続での試合に、羽美の呼吸が明らかに乱れていた。抜刀は完璧な角度とスピードを求めるため、全身の筋肉への負荷が凄まじい。
高山の副将、宇津志真翔は、私立中学時代からサムライ部に所属していたもののレギュラーになれず、未経験者ばかりの高山高校でようやくその座を手にした男だった。だが、彼が左手に大刀、右手に短刀を滑らかに構えたその姿は、本物のエリートの雰囲気を纏っていた。羽美のステップがわずかに鈍った瞬間を、宇津志の最新カーボン製木刀が見逃さなかった。
BUSHIDO特有の鋭い足払いで羽美の軸足が払われ、そのまま限定解禁の追い打ちが脳天を捉える。
「一本! 勝者、高山高校!」
星ヶ丘の絶対的な大黒柱が、ここでへし折られた。
「次、いきます……!」
星ヶ丘の次鋒としてステージに上がったのは、2年生の手永。彼は肉体接触を避けるために規定ギリギリの長刀を構えたが、緊張で腰が引けていた。
「そこ、間合いが甘いぞ」
宇津志が左利きの変則的な二刀流で冷酷に踏み込む。手永が長い木刀を振り回す前に、その懐へと鮮やかに潜り込まれた。
「一本! 勝者、高山高校!」
わずか数秒。手永は文字通りの瞬殺だった。あまりの実力差に、星ヶ丘の上級生たちに絶望の空気が広がる。高山の副将・宇津志はまだ息一つ乱していない。このまま5人抜きされるのではないか。そんな最悪の予感が道場を支配した。その時だった。
「ねえ、先輩。私、あの人の持ってる『二刀流』、真似してみたいんだけど」
緊張感のない声でそう言い放ったのは、1年生の小平萌香。高山高校の副将・宇津志は、大刀と短刀を揃えたBUSHIDO解禁ルール仕様の『二刀流』の使い手。萌香はその独特な武器セットと構えを、じっと見つめていたのだ。勝ち抜き戦の最中、自分の番ではないにもかかわらず、彼女は手を挙げた。
「バカ言え! お前はただでさえ剣道の癖が抜けない初心者のくせに、二刀流なんてできるわけないだろ!」
副部長の今井が血相を変えて止める。羽美の抜刀すら身につかなかった1年生が、掴みや足払いが解禁されたBUSHIDOで、最も制御が難しいとされる二刀流をやりたいなど、自殺行為に等しかった。
しかし、部長の五代だけは萌香の「目」を見ていた。そこにあるのは恐怖ではなく、底知れない好奇心だ。
「……ちょっと待ってろ」
五代は踵を返すと、高山高校の顧問のもとへと走った。そして、周囲の全員が唖然とする中、深々と頭を下げた。
「お願いします! うちの部員に、予備の短刀を一本貸してください!」
格上の相手に頭を下げる先輩の姿に、1年生たちの顔つきが変わる。高山の顧問は苦笑しながら、規定品の樹脂製短刀を五代に手渡した。
「試合、始め!」右手にいつもの木刀、左手に借り物の短刀。お世辞にも様になっているとは言えない不格好な二刀流で、小平萌香はステージの中央に立った。
「ふん、高校から始めた素人が、舐めるな!」
高山の副将・宇津志真翔が鋭い突きを放つ。「きゃっ!?」案の定、萌香は二つの武器の扱いに戸惑い、最初の防備が遅れた。AIセンサーが有効打を感知し、10点減点方式のシステムによって、高山に先制ポイントが入る。
だが、萌香は怯まなかった。それどころか、打たれるたびに彼女の動きが、目の前の「中学エリート」である宇津志の鋭い二刀流のステップを、二刀流の構えを、恐ろしい速度で吸収し始めていた。
宇津志が「左利きの二刀流」であることは、右利きの萌香にとって決定的な好条件となった。対面する彼の動きは、まるで鏡を見ているかのように視覚的レイアウトが左右対称に合致し、その刃筋の軌道や体重移動のタイミングを、脳内で反転させることなく直感的にトレースすることができたのだ。
(右で受けて、左で払う……うん、だいたいわかった)
完璧な抜刀はできなくても、彼女には見た技をそのまま自分の肉体にトレースする、野生の「模倣の才能」があった。
「嘘だろ……動きが変わった!?」
宇津志が焦りを見せる。萌香の左手の短刀が、相手の二刀の刃筋をピタリと弾き始めたのだ。気がつけば、見よう見まねの二刀流でポイントを奪い返し、減点方式のスコアは同点に追いついていた。
「この、素人がぁっ!!」
プライドを傷つけられた宇津志が、力任せの平打ち交じりの強引な一撃を放ち——その瞬間、焦りから床にワックスの残る足元をわずかに滑らせた。ほんの一瞬、相手の体勢が崩れる。
その刹那、小平萌香の目がギラリと不気味な光を放った。
剣道部時代に培った圧倒的な反応速度と、模倣した二刀流の連撃。右の大刀で相手の武器を完全に抑え込み、ガラ空きになった胴体へ、左手の短刀を最短距離で突き刺した。
——キィィィィン!!「そこまで! ポイント換算により、勝者、星ヶ丘高校・小平萌香!」
高山高校の副将・宇津志の防具が、敗北の赤に染まる。




