第三十七話:最果ての残光
「続いて第三試合。星ヶ丘高校・小平萌香、対、浜南大学付属高校・宮範」
審判の電子コールがオクタゴンに響く。
怒濤の二人抜きを達成し、ステージ中央で激しく肩を上下させる萌香へ向けて、市川帆南がタブレットを抱えながら必死に声を張り上げた。
「萌香、次の相手は三年連続でインターハイ予選の団体戦に出場し続けている実力者だよ! 得意技は羽美先輩と同じ抜刀術……気をつけて!」
浜南大付属のベンチからは「マスター!」「師範、頼みます!」と声援が飛ぶ。そこにいるだけでそこはかとない落ち着きを放つ宮に対し、萌香は二本の木刀を構え直した。
パチンとマスクをロックし、腰の鞘に左手を添える宮の構え。
――ピィィン!
試合開始のブザーと同時に、宮の右手が一閃した。
しかし、萌香は極限の疲弊状態にありながらも、これまで羽美としてきた抜刀の練習経験からその攻撃パターンを完全に読み切っていた。高い位置から繰り出される宮の鋭い抜刀を、萌香は最小限の動きでカツンと受け流す。
宮が目を見開いた瞬間には、すでに萌香の二刀流による至近距離からの容赦ない連撃が始まっていた。
右から、左から、死角を縫うように鋭く突き刺さるの牙。手数の圧倒的な差を前に、宮は冷や汗を流し、一歩も前に出られず防戦一方へと追い込まれていく。
(いける、萌香が圧勝してる……!)
ベンチの帆南が拳を握りしめた。だが、長くは続かなかった。
宮を完全に圧倒し、猛攻を仕掛け続けていた萌香だったが、時間が経つにつれて、すでに限界を迎えていた体力がついに底を突き始めた。
ガクン、と急激に萌香の肩が下がる。ステップの足運びに、一瞬の狂いが生じた。
(……見える)
萌香の剣速が明確に落ちた。宮はその刃を完全に視認できるようになる。宮は体格差によるリーチの長さを生かして大きく距離を取ると、萌香の連続攻撃を凌ぎ切り始めた。呼吸が完全に乱れ、足の止まった萌香を見て、宮は勝てると確信して一気に攻勢へと転じる。
「はぁ、ハァ……っ!」
焦った萌香は再び間合いを詰めようとするが、泥のように重くなった足に力が入らない。
その瞬間を見逃さず、宮は大きく間合いを取ると、深く腰を落として抜刀の構えに入った。萌香はそれを予期し、受け流そうと二本の刀を構える。しかし、疲労の蓄積した腕は驚くほど重く、脳の命令からコンマ数秒の致命的な遅れが生じてしまった。
「――仕留める」
宮は左手で鞘を後ろに引き、右手で柄を握り、膝を深く曲げた。その重心を、一瞬で地面すれすれまで急降下させる。
放たれたのは、地面すれすれの低空を真横に払う、極限の低空抜刀。
萌香が攻撃を警戒して脇腹をガードしようと刀を下ろすよりもさらに低く、長いリーチを持つ宮の刃が、萌香の足元を真横に捉えてその脛を深く切り裂いた。
「くっ――」
有効打突の電子音が響き、萌香の体勢が大きく崩れる。しかし、その身体はなおも反射的に動いた。
前のめりに倒れ込みながらも、萌香は執念で二本の刀を顔の前で交差させ、宮の次なる追撃を拒もうとする。
低空を斬り抜いた勢いのまま、宮は滑らかに手首を返して刀の軌道を反転させた。オクタゴンの床へと落ちてくる、萌香の首元へ向け、その刃を下から上へと一気に跳ね上げる。
ガギィィィン!!!!
跳ね上げられた刃は、萌香が死に物狂いで交差させた二本の刀に激突した。激しい音がアリーナに響き渡る。
辛うじて首元への直撃は防いだ。しかし、すでに片膝をついた体勢の萌香には、これ以上の攻撃を支える筋力は残っていなかった。
「終わりだ、一年生」
宮は跳ね上げた刃の体勢から、両手の力でハイテク木刀を上から強引に押し込んできた。 ギギギ、と軋む音が響き、やがて萌香の防御が完全に押し潰される。
ザンッ!!!!
電子の重低音がアリーナに鳴り響き、萌香の防具が赤一色に染まった。
『一本。勝者、浜南大学付属高校・宮』
勝負は決した。
星ヶ丘の怪物を、名門のプライドが力ずくでねじ伏せた瞬間だった。
ブザーが鳴り響く中、萌香はもう自力で立ち上がることすらできず、オクタゴンの床へと崩れ落ちた。
「萌香……っ!」
ベンチから真っ先に飛び出した帆南が、ステージの上へ駆け上がり、ぐったりとした萌香の身体を優しく抱きかかえる。マスクを外した萌香の顔は、真っ白に変色し、大粒の汗がボロボロと流れ落ちていた。
「ごめん、帆南……三人目、ダメだった……」
「ううん、ううん! 二人も抜いたんだよ! 凄かった、本当に凄かったから……!」
帆南に引きずられるようにして、一歩一歩、重い足取りでベンチへと帰っていく萌香。
星ヶ丘が残り四人、浜南大付属が残り三人。まだ人数有利は保っている。しかし、ステージの上の宮範が放つ圧倒的な威圧感は、星ヶ丘のリードを完全に無意味にするほどの、名門の厚い壁そのものだった――。




