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OCTAGON  作者: 海内裏


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第三十六話:残像の獣

「続いて第二試合。星ヶ丘高校・小平萌香、対、浜南大学付属高校・群武二」

 先勝の興奮が冷めやらぬアリーナに、再び審判の電子コールが響き渡った。

 オクタゴンへと上がってきた浜南大付属の二人目は、三年生の群武二むら たけじ

市川帆南が身を乗り出し、タブレットの画面を指差した。

「萌香、気をつけて! 次の相手、三年生だけど今年初めてインターハイ予選の舞台に登録てるけど……今大会のデータでは、すでに勝ち星をあげてる!」

「ふーん、わかったー!」

 萌香はいつもの軽い調子でベンチへ片手を振り返す。

 ステージに立った群は、どこか目が泳いでいる様子で、落ち着きがないように見えた。

「ムラさん落ち着いて! しっかり!」

 浜南大付属のベンチから、張り詰めた声援が飛ぶ。その様子に、萌香の心には知らず知らずのうちに、一瞬の「油断」が生まれていた。

――ピィィン!

 ブザーの直後、群は大きく息を吸い込んだ。その瞬間、泳いでいた瞳が静止する。

 ドン、と床を爆裂させるような踏み込みと共に、群の姿が視界から掻き消えた。

(――速いっ!?)

 萌香が驚愕した瞬間には、すでに全方位から圧倒的な一撃離脱ヒットアンドアウェイが開始されていた。前後左右、完全に死角から放たれる目にも留まらぬ斬撃。萌香は自慢の手数を出す暇すら与えられず、二本の刀を必死に交差させて防御に追われる。

 視界で捉えきれない変則的な高速戦闘。防具のセンサーを掠める電子音が何度もアリーナに響き、浅い傷を重ねられた萌香は、精神的にも体力的にもの絶望的な窮地へと追い詰められていった。

(合わせようとしたら、スピードで完全に押し切られる……!)

 だが、プロ並みのスタミナを誇る萌香の頭脳は、極限状態の中で逆に冷徹さを取り戻していた。

 萌香はあえて防戦一方の姿勢を崩さず、防御の解析へと目を凝らし、耳を澄ます。全方位から襲いかかる群の爆発的な足さばきの中から、特定の足音、方向転換の瞬間に生じるわずかな予備動作――「踏み込みの癖」と「方向転換の法則」を冷静に見極めていく。

(これッ……!)

 萌香は二本の刀を広く交差させ、空間を切り裂くように展開した。一本の刀では点でしか捉えられない高速の刃を、二本の刃が作る面(空間)として引っかけるようにして防ぎ始める。

 完全に動きが読まれ始めた、そう直感した群のステップがほんの一瞬だけ強張る。その一瞬の狂いを見逃さず、萌香は低姿勢からの鋭いカウンターを滑り込ませ、群の足と太腿に浅い傷を負わせた。

「っ……!」

 足へのダメージにより、群の爆発的なスピードがわずかに鈍り始める。

 速度が落ち、自分の技が見切られ始めたことを悟った群の顔に、明らかな焦りが走った。群は一撃で勝負を決めようと、全力を乗せた最高速の斬撃を真っ直ぐに放ってくる。

(避けるのは――諦める!)

 萌香はその必殺の一撃を回避することを、瞬時に捨てた。

 あえて自身の肩の防具で、群の鋭い刃を強引に弾く。ガギィン、と激しい打撃音が響き、衝撃で群の動きが一瞬だけ完全にフリーズした。

 肉を斬らせて、骨を断つ。

 一瞬の硬直を突いて、萌香の残ったもう一本の刀が、至近距離から群のガラ空きになった脇腹を真横に一閃した。

ザザンッ!!!!

 激しい電子音が鳴り響き、試合終了を告げるに轟いた。

 お互いの防具からダメージが引かれ、電子掲示板に表示されたのは――わずか一ポイントという極限の差で競り勝った、小平萌香の数字だった。

『一本。勝者、星ヶ丘高校、小平』

「ふぅぅー……っ!」

 ベンチの市川帆南は、手元のタブレットを胸に抱きしめるようにして、ようやく大きく息を吐き出した。

「あまりの緊張感に、心臓が破裂するかと思った。」

 しかし、ホッとしたのも束の間、ステージの萌香を見つめる帆南の表情がすぐに曇った。

(……萌香の呼吸が早すぎる。二本の刀を広く構え続けるのって、一本のときより何倍も腕の筋肉を使うのに……!)

 中学時代から萌香の戦いを誰よりも間近で見てきた帆南だからこそ、その異変にすぐ気づいた。桐生コーチの地獄のしごきに耐え抜き、部内随一の底なしの体力を誇るはずの萌香。しかし、全方位から襲いかかる群の猛攻を防御し続けた代償は、確実にその肉体を蝕んでいた。

 オクタゴンの中心を見上げれば、マスク越しでも分かるほどに萌香の肩は激しく上下し、二本の木刀を握る両手には、隠しきれない疲労の微震が走っていた。

「ハァ、ハァ……っ、二人目……!」

 満身創痍で立ち尽くす萌香。星ヶ丘サムライ部は、先鋒の萌香一人の手によって、怒濤の「二人抜き」を飾った。

しかし、浜南大付属のベンチへと戻っていく群に対し、相手の部員たちは焦る様子もなく、笑みを浮かべて出迎えていた。

「ドンマイです、ムラさん」

「お疲れさまでした!」

二連敗。あと三人残っているとはいえ、普通なら動揺が走るはずの崖っぷち。それにもかかわらず、浜南大付属のベンチには不気味なほど余裕が漂っていた。

息を切らし、必死に構え直す萌香の視線の先――スロープから、浜南大付属の「三人目」の影が、足音を立ててステージへと上がってこようとしていた。

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