第三十五話:影と光の軌跡
星ヶ丘高校サムライ部のベンチに戻ってきた五代朝風の顔には、不思議とどこか晴れやかな、満足気な笑みが浮かんでいた。
公式戦未勝利だった男が、強豪をあそこまで追い詰めたのだ。自分の泥臭い牙が通用するという確信。それは五代にとって、大きな一歩だった。
しかし、その隣では、副部長の今井智がまるで自分が負けたかのように顔を真っ赤にし、床を殴りつけていた。
「クソッ……クソォ! あと一歩だったのに! 五代のあのダウンザライン、完璧に決まってただろ!」
「いいって、今井。それより、これで他校のデータ班も星ヶ丘高校を無視できなくなったはずだ。たすきは、まだ途切ないよ」
五代は優しく今井の肩を叩き、アリーナの大型電子掲示板へと視線を移した。個人戦三回戦の全日程が終了し、大会はいよいよ佳境へと突き進む。
星ヶ丘高校、団体戦準決勝。その対戦相手の欄に刻まれたのは、あの因縁の宿敵――浜南大学付属高校の名だった。
だが、市川帆南がタブレットを叩きながら提示した浜南大付属のオーダー表は、星ヶ丘の面々を驚愕させるものだった。 先鋒としてオクタゴンへ上がるのは、二刀流を操る一年生、楓家翔。
しかし、次鋒、中堅、副将の三人は、かつての合同練習試合には一度も出てこなかった選手たちばかり。さらに大将の座に据えられているのは、練習試合でも、そして今大会の個人戦でも羽美に連敗を喫し、執念の炎を燃やし続ける二年生エース、金佐三鹿だった。
地上一メートルに設置された八角形の高台ステージ(オクタゴン)。天井からのスポットライトに照らされた決戦の舞台へ、両校の先鋒が上がっていく。
「なーんだ。あの男はいないのか」
浜南大付属の先鋒、楓家翔が、星ヶ丘のベンチを退屈そうに見下ろしながら、少し背の高い身体をすくめた。彼が探しているのは、かつての練習試合で凄まじい闇の格闘理合を見せた奥羽高知の姿だ。高知がいないことを、楓はつまらなそうに残念がっている。
そんな楓をよそに、星ヶ丘の先鋒、小平萌香の視線は、真っ直ぐに浜南大付属のベンチへと向けられていた。萌香が鋭く睨みつけているのは、かつての練習試合で、手も足も出せず完全に負けた相手――金佐三鹿。
楓と萌香の身長差は、二十センチメートル近くある。大柄な男子の二刀流に対し、萌香は五代が自費で購入してくれた小刀を咥えんばかりの気迫で構える。その圧倒的な体格差は、観客席から見ても一目瞭然だった。
――ピィィン!
準決勝第一試合のブザーが鳴り響く。体格とリーチで劣る以上、正面からぶつかれば一瞬で押し潰される。萌香は左右へ激しく足を使ってオクタゴンを疾走した。高速のフットワークで楓の側面、そして背後へと回り込んでいく。
「ちょこまかと……!」
楓が大刀を大きく振り上げた一瞬の隙。萌香の身体が爆発的に加速した。楓の顎の下、無防備な脇腹、そして刀を握る手首(小手)など、あらゆる死角へ下から滑り込むようにして小刀と本刀を突き出す。完璧な刃筋をAIが検知し、アリーナにポイント減算の電子音が次々と響き渡った。
(よし、萌香がリードしてる……!)
ベンチの帆南が拳を握りしめる。しかし、名門がそのままで終わるはずがなかった。楓は萌香の高速の回り込みに順応し始めていた。
楓は、左手の小刀で萌香の鋭い突進を冷徹に受け流し、軌道をずらす。そして生まれた一瞬の隙に、右手の大刀を使い、萌香の手が届かない遠距離から一方的な攻撃を開始した。楓が上段から打ち下ろす刀の軌道は、凄まじい風切り音と共に、萌香の頭上へ降り注ぐ。萌香の全身に強烈な圧迫感が襲いかかった。
(まずい……懐に入る前に捕まる!)
楓の二本の刀が形成する完璧な防御網。特に、左手の小刀による執拗な押さえつけにより、萌香は自分の刀が届く距離にどうしても侵入できない。楓が優位を保つ中距離を維持され続け、完全に防戦一方。
フルフェイスマスクの奥で、萌香の瞳がギラリと光った。ベンチで腕を組んで冷徹に戦況を見つめる金佐の幻影を振り払うように、萌香の闘志が爆発する。
(このままじゃ勝てない。……なら、これだっ!)
萌香は突如、大きく跳躍した。楓の頭上を狙うような、激しい上段へのフェイント。その凄まじい気迫に押され、楓は無意識に二本の刀を上方へと構え、意識のすべてを上空の影へと向けてしまった。
だが、それこそが萌香の狙いだった。空中で姿勢を急激に変えた萌香は、着地と同時に、地面を這うような極限の低さへと上体を沈めた。楓が構えた大刀の刃の下を滑り込むようにくぐる一歩を踏み出す。
「え――」
楓の視界から、一瞬で萌香の姿が「消えた」。次の瞬間、楓が気づいたときには、すでに懐の内側に、小さな影が入り込んでいた。
「そこっ!」
顎下の死角、萌香の小刀が楓の右手首へと叩きつけられた。激しい衝撃波がセンサーを駆け巡り、楓が刀を振り下ろしてくる動きを阻止する。それと同時に、萌香のもう一本の大刀が、吸い込まれるような直線軌道を描いた。
ザシュッ!!!!
萌香の刃が、楓の心臓の位置を一突きに貫いていた。アリーナ全体に勝負の終わりを告げる「一本」の電子音が鳴り響き、楓の防具がシャットダウンを告げる赤一色に染まる。
星ヶ丘のベンチでは、帆南が手元のタブレットも忘れて、飛び上がるようにして最高のガッツポーズを突き上げた。練習試合の雪辱、そして金佐の目の前で勝ち名乗りを上げた萌香の先勝。しかし、浜南大付属のベンチでは、大将の金佐三鹿が、相変わらず冷徹な眼光で星ヶ丘のエース、亘理羽美をじっと睨み続けていた――。




