第三十四話:逆光の刃
「続いて第三コート。星ヶ丘高校・五代朝風、対、金城高校・織日武詩々美」
アリーナに電子アナウンスが響く中、星ヶ丘のベンチは歓声ではなく、どこか重苦しい静寂に包まれていた。
先ほどの羽美の試合。清流高校の榊原は、不慣れなはずの長刀をあえて持ち込み、羽美の抜刀術の射程を完璧に潰してきた。その事実に、BUSHIDOオタクの帆南がタブレットを握りしめながら顔を青くする。
「……間違いないよ。他校のデータ班、午前中の団体戦のデータをもう完全に解析して共有してるんだ。星ヶ丘の戦術も、みんなの癖も、全部バレてる……!」
萌香が、息を呑んで掲示板を見上げた。
午後からの団体戦決勝を前に、手の内がすべて晒されているという圧倒的な不安。だが、そんな後輩たちの動揺を払拭するように、部長の五代朝風――ゴダイが、ぽんと帆南の頭を叩いた。
「気にするな。データがあるってことは、それだけ私たちが警戒されてる証拠だろ」
ニカッと笑い、五代がオクタゴンへと歩き出す。
対戦相手は、昨年団体戦準優勝の超強豪・金城高校の織日武詩々美。その構えには一切の隙がなく、名門のプライドが全身からオーラとなって漂っていた。
「ゴダイ先輩、負けんなよ!」「泥臭く、一本もぎ取ってきてください!」
――ピィィン!
第一ラウンド開始のブザーが鳴り響く。
互いの木刀が激しく火花を散らし、オクタゴンに硬質な破裂音が何度もこだまする。金城の織日武は流石の強さだった。五代の放つ重い打突を冷徹にいなし、隙を突いてポイントを削ってくる。
激しい攻防の最中、織日武の鋭い上段からの振り下ろしが五代の脳面を襲った。しかし、五代はこれを予測していたかのように、織日武の右手側へと鋭く回り込む。織日武の木刀は空を切った。
「そこだッ!」
五代の右下がりの袈裟斬りが、織日武の無防備な肩口をめがけて凄まじい速度で落ちていく。背後から迫る凄まじい風切り音と殺気。織日武は、自らの死角への攻撃を本能的に察知した。しかし、振り下ろした刀を戻す時間は絶望的に足りない。まともに喰らえば、AIが「一本」を検知して即死判定となる。
「――くっ!」
織日武は強引に上体を右前方へと捻り、頭を深く沈めた。ヒュッ、と耳元を不気味に切り裂く風音と共に、五代の刃が織日武の肩口の防具をわずかにかすめて通り過ぎる。その後も一進一退の攻防が続き、互いにポイントを削り合う泥仕合のまま、第一ラウンドが終了した。
インターバルを終え、第二ラウンド。
「はぁぁぁっ!」
織日武が裂帛の気迫と共に、刀を真っ直ぐ真っ向から振り下ろす。脳天から垂直に叩きつけられる――それは剣術において「真っ向唐竹割り(まっこうからたけわり)」と呼ばれる、相手の脳天から垂直に両断する最もシンプルで強力な一撃だった。
(その軌道、さっき見た!)
五代は迫る刀を紙一重でかわすと、相手の右手側――五代から見て左外側へと、鋭いステップで回り込んでいく。織日武の刀は空を切り、その体勢がわずかに前へと流れた。五代はその絶好の隙を逃さなかった。織日武の死角、完全に無防備になった肩口へ向けて、刀を猛然と振り下ろす。
(もらった! ダウンザライン――!!)
勝負あった。星ヶ丘のベンチが勝利を確信した。刀を戻したのでは絶対に間に合わないと直感した織日武の身体が、驚異的な反応を見せる。
瞬時に左手を柄から離したのだ。
織日武の左手が、腰にある鞘の鯉口をガシッと掴む。そのまま前方へ、力任せに鞘を引き抜いた。振り下ろされる五代の剣に対し、左手に持った鞘を、斜め上へと掲げて滑り込ませる――!
ガギィィィン!!!!
アリーナに、これまで聞いたこともないような激しい金属質の衝突音が響き渡った。五代の木刀は、織日武の体に届く寸前、その左手に握られた鞘によって、辛うじて受け止められていた。完全なる、防御。五代の完璧な一撃の軌道が、強引に止められる。
「な……っ!?」
まさか鞘で刀を防がれるとは思っていなかったフルフェイスマスクの奥で五代の顔が驚愕に染まった。受け止められた反動により、五代の動きが一瞬フリーズする。
五代の刃が、織日武の鞘に引っかかっている、その本当に一瞬の隙。下に残っていた、織日武の右手が動き出した。
「甘いよ、星ヶ丘」
ガラ空きになった五代の脇腹を目がけ、右手に握られた本刀が、真横へ向かって一文字に、鋭く一閃される。
ザンッッ!!!!
電子の轟音がオクタゴンを揺るがし、五代のサイバー防具の全面が、冷徹な赤に染まった。
『一本(即死判定)。勝者、金城高校・織日武』
勝負は決した。五代の身体がゆっくりと膝をつく。データを超えた強豪の「執念の技術」の前に、星ヶ丘のたすきは、ここで無残にも断ち切られる形となった――。
静まり返る星ヶ丘ベンチの前で、勝者である織日武詩々美が「パカッ」とフルフェイスマスクのロックを外した。その額からは、勝利したとは思えないほどの大量の冷や汗が流れている。
詩々美は、いまだ床に膝をついたままの五代を、畏怖の混じった目で見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……何よ、あの回り込み。データ班の事前資料には一言も書いてなかったじゃない。危うく、本当に首を刈られるところだった……」
金城高校のデータ班が完璧に弾き出した五代のスタッツ(戦績データ)は、確かに「力任せの平打ち」だけだった。しかし、目の前の男が見せたのは、データには存在しない、過去の挫折を力ずくで血肉に変えた、泥臭くも鋭い「牙」そのものだったのだ。
詩々美が小さく肩を震わせてケージを降りていく。
主将の敗北という衝撃の引き。しかし、その泥臭い執念は、確実にベンチで見守る仲間たちの心へと繋がっていた――。




