第三十三話:間合いの檻
前年王者を大将戦の末に破るという大金星を挙げた星ヶ丘高校サムライ部のベンチは、おにぎりを頬張りながら午後の個人戦三回戦に向けた熱気に包まれていた。
その時、アリーナ中央にそびえ立つ大型の電子掲示板に、予選最終日である『第四日目』の公式スケジュールが一斉に公開された。
近年『BUSHIDO FIGHT』の競技人口は年々増加している。このインターハイ予選も、参加校とエントリー人数が過去最多を更新。その結果、発表されたのは過密な同時進行と容赦ない連戦が組み合わされたタイムテーブルだった。
【第四日目(最終日)】公式スケジュール
午前八時 | 開場・公式練習
個人戦 四回戦(十六試合)
個人戦 五回戦(八試合)
会場転換・特設コート設営(三十分間)
個人戦 準々決勝(四試合)※特設一面
お昼休憩 兼 アップ時間(七十五分間)
午後
個人戦 準決勝(二試合)※特設一面
個人戦 決勝戦(一試合)※特設一面
団体戦 決勝戦(一試合)※特設一面
その過酷なタイムテーブルを見上げた瞬間、アリーナのあちこちから「嘘だろ……」「このスケジュール、正気か?」と絶望に近い溜息が漏れ始めた。
競技人口の増加がもたらした、スタミナと選手層の厚さのすべてを搾り取る、文字通りのデスゲーム。
「だがな……俺のしごきに耐え抜いてきた。スタミナ勝負の泥仕合なら大歓迎だ。このあとの試合をキッチリ生き残って、明日の舞台へ繋くぞ!」
星ヶ丘のベンチに立つ外部コーチ・桐生陣の不敵な言葉に、部員たちの目が鋭く引き締まる。
昼休憩が終わり、ついに個人戦三回戦の火蓋が切って落とされた。
「第三コート。星ヶ丘高校・亘理羽美、対、清流高校・榊原陸」
アリーナに電子アナウンスが響き渡った瞬間, 観客席のあちこちから「おい, 前年王者を沈めた星ヶ丘のエースだぞ」「あの神速の抜刀, 生で見られるか?」と, 地鳴りのようなざわめきが湧き起こった。
地上一メートルに設置された八角形の高台ステージ(オクタゴン)。上がってきた清流高校の榊原は、不敵な笑みを浮かべていた。星ヶ丘のエースを仕留めるために用意した「兵器」――それが、榊原の右手に握られた、規定内ギリギリの長さを持つ長刀(リーチ型)だった。
「星ヶ丘の亘理さん。君の抜刀がいくら速くても、届かなきゃ意味がないよね」
――ピィィン!
試合開始のブザーが鳴り響いた。羽美の抜刀術の最大射程(踏み込み+刀の長さ)の外側から、長刀の先端だけをチクチクと蛇のように突き出して牽制する。
(届かない……!)
羽美の冷徹な瞳が間合いを測る。榊原の長刀の技自体は拙い。刀を振る軌道も直線的だ。だが、ただ先端を突き出して近づかせないという一点に特化されるだけで、羽美はうかつに抜刀することができない。不用意に踏み込めば、長刀の先端が防具のセンサーを掠める。
榊原は「一本」を狙わず、制限時間いっぱい羽美をこの間合いの檻に閉じ込め、かすり傷のようなポイントで削り殺そうとしているのだ。
羽美は冷静さを保っていた。相手が付け焼き刃の長刀を使っている以上、必ずその「長さ」に振り回される。羽美はあえてじりじりと間合いを詰め、榊原にプレッシャーを与え続けながら、その瞬間を待ち続けた。
「……これで、終わりだっ!」
このままポイントで削り勝つだけでは物足りない、前年王者を下した星ヶ丘のエースを完璧に仕留めてヒーローになりたいという色気が、その一撃に混ざった。榊原が長刀を大きく振り回す。それこそが、羽美の待っていた一瞬。
大振りしたことで生まれた隙。羽美はその軌道を完全に見切り、長刀の刃の下をかいくぐるようにして、一気に懐――超近接距離へと爆発的なステップで踏み込んだ。
「しまっ――!!」
しかし、榊原もただでは沈まない。木刀を強引に短く持ち直すと、その硬質な柄の部を食らわせてきた。これで羽美の体勢を崩し、抜刀の軌道を狂わせれば、組み伏せて泥仕合に持ち込める。
だが、羽美の進化は榊原の計算を遙かに超えていた。
コンマ数秒早く、羽美は身体を滑り込ませるようにして、相手の武器の「内側」へと完全に潜り込む。
相手よりも早く、羽美の右手が柄を捉え、真下から抜き放った。アリーナのスポットライトを反射したカーボン樹脂の刀身が、最小の軌道で、榊原の首元を美しく切り裂いた。
ザンッ!!!!
激しい電子がアリーナに轟き、榊原のサイバー防具の全面が鮮やかな赤に染まる。
『一本(即死判定)。勝者、星ヶ丘高校・亘理』
アリーナが割れんばかりの歓声に包まれる中、星ヶ丘のベンチで、自身の長刀を大事そうに抱えた九十歩歩十九が、静かに呟いた。
「長刀は相手を遠ざけるための道具じゃない。間合いの覚悟と軌道のコントロールがあって初めて活きる。……付け焼き刃じゃ、亘理に勝てるはずがない」
九十歩の言葉には、長刀の理合を追求してきた誇り、迅速な踏み込みを誇る星ヶ丘のエースへの敬意、中原巴から授かった円軌道の厳しさを知るからこその、深い実感がこもっていた。
見事に三回戦の初陣を飾った羽美。しかし、まだ広大なアリーナの別コートでは、五代の試合が始まろうとしていた――。




