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OCTAGON  作者: 海内裏


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第三十話:執念の盾

「第六試合を開始します。星ヶ丘高校次試合者、前へ」

 審判の電子コールがオクタゴンに響き渡る。九十歩を破り、冨里川高校のベンチから「真のエース」と送り出された和地香凛は、息を整える間もなく次の戦いを迎えようとしていた。しかし、フルフェイスのサイバー防具に隠された彼女の肉体は、すでに悲鳴を上げていた。九十歩との激闘によって足の筋肉が限界を迎えており、自慢である異次元のスピードステップが、今は全く出ない状態に陥っていたのだ。

 星ヶ丘高校サムライ部から次にケージへ上がったのは、副部長の今井智だった。構えが完全に流れており、足捌きも素人同然。香凛は一目で相手の実力を見抜いたが、それでも自身の肉体が一歩を踏み出すことすら重労働に感じている今、油断は一切許されなかった。

――ピィィン!試合開始の音が鳴ると同時に、今井が恐怖と興奮から無軌道で大振りの、しかし全体重が乗った危険な打撃をめちゃくちゃに振り下ろしてきた。ただ力任せに、力学の教本を無視して強引に叩きつけてくる木刀。

(合わせる必要はない。かわすだけでいい……!)

 香凛は華麗なフットワークを封じられながらも、上体のわずかな反りと最小限の体捌きだけで、風圧を感じるほどの至近距離で今井の無軌道な攻撃をかわし続けた。しかし、かわすだけでも限界に近い肉体には息が上がり、フルフェイスの奥で視界がチカチカと点滅し始める。早く終わらせなければ自滅するという、強烈な焦燥感が胸を灼いた。

 その時、今井がさらに大きな全力の振り下ろしを放った。ブンッ、と凄まじい風切り音が空を切る。素人ゆえに今井は自分の放った遠心力と体重を制御できず、前方に大きくつんのめり、完全に無防備な姿勢を正面に晒した。

 香凛は、今井の崩れた体勢に引きずられるようにして、重力に逆らわず自然に前へ一歩を踏み出した。力で斬るのではない。相手が自ら突っ込んでくる勢いをそのまま利用する。自身のハイテク木刀の切っ先を、今井の首筋の正確な位置へと「置いておく」ようにして真っ直ぐに突き出した。

 ドンッ、と軽い衝撃。今井は自分の勢いのまま香凛の刃に突っ込み、何が起きたか分からない表情のままオクタゴンに崩れ落ちた。――一本。AI判定が香凛の勝利を告げる。第六試合の終了ブザーが鳴り響き、香凛は次の試合までの短いインターバルの間に、深く息を吐き出した。

 ケージの隅でゆっくりと呼吸をコントロールし、限界を迎えていた足の筋肉の強張りをほぐしていく。ほんの数十秒の猶予ではあったが、香凛の呼吸は劇的に安定し、その内面は少しずつ息を整えていった。だが、サバイバルな勝ち抜き戦は、彼女に完全な休息を許さない。

「第七試合を開始します。」

 続いて現れたのは、一年生の太原あいり。

 「始め!」の合図とともにあいりが放った打ち込みは、簡単に見切れる大振りに見えた。しかし、それはただの素人の振り回しではない。あいりの太刀筋は、疲弊した香凛を確実に捉え、外側から退路を断つようにして追い詰めてくる確かな軌道を持っていた。

 香凛の身体はもう思うように動かない。避けるだけで精一杯となり、格下相手にジリジリと後退させられる、前年王者のプライドを引き裂かれるような屈辱の三分間がただ過ぎていった。

 第二ラウンド。九十歩を破った和地香凛を今なら倒せると確信したあいりは、手柄を焦って遮二無二しゃにむに木刀を振り回し、泥臭い猛攻を仕掛けてきた。

(綺麗な戦いなんて、もうやってられない……!)

 香凛は華麗な体捌きを完全に諦め、泥にまみれる覚悟を決めた。格下の放つ確かな打撃を無理に避けるのをやめ、木刀の根元で泥臭く受け止める。何度も激しい体当たりを喰らいながらも、なんとか急所への直撃だけは避ける防戦に徹した。

 バカッ、ガギィン、と不格好な衝突音がアリーナに響き続ける。技術では圧倒的に勝っているはずなのに、体力の差だけで押し込まれる緊迫の展開。お互いに汗と泥にまみれ、体力を極限まで削り合う第二ラウンドが終了した時点で、香凛のインジケーターは三ポイントを削り取られていた。

 最終、第三ラウンド。ぐったりと脱力している香凛に、あいりが「これで終わりだ!」と叫び、トドメの面打ちを全力で振り下ろしてくる。香凛の脳裏には先ほど死闘を演じた九十歩の、あの洗練された無駄のない動きが鮮烈に焼き付いていた。

 限界を超えた集中力の中で、あいりの放った大振りの軌道が、まるでスローモーションのように視界に映し出される。香凛は、わずか数センチだけ首を傾げてあいりの木刀をかわすと、その懐へと滑り込んだ。それはスピードによる侵入ではない。相手の力を利用して滑り落ちるような、完璧なタイミングの体捌きだった。完全にバランスを崩して前傾になったあいりの脇を、香凛がすれ違いざまにすり抜ける。力を右腕に込め、香凛はあいりのガラ空きになった脇腹へと、ハイテク木刀を突き刺すようにして叩き込んだ。ザンッ!!!!鈍く重い打撃音がオクタゴンに響く。――一本。デジタル表示板のアラートが鳴り響く。香凛は、ふぅ、と静かに長い息を吐き出した。木刀をしっかりと構え直す。その佇まいは、乱れていた呼吸を完全に支配し、前年王者の「真のエース」としての絶対的な平静を取り戻していた。泥臭い死闘の果てに、なお圧倒的な実力差をその場に見せつける、和地香凛の執念の連勝だった。

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