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OCTAGON  作者: 海内裏


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第二十九話:超速の残像

 第四試合で劇的な一本勝ちを収め、冨里川高校の猛追を気迫で退けた九十歩歩十九。しかし、前年王者たる冨里川の選手層は、星ヶ丘高校サムライ部の想像を遥かに超えて厚かった。

「第四試合、勝者、星ヶ丘高校。……続いて、第五試合を開始します」

 審判の電子コールがアリーナに響き渡る。BUSHIDO FIGHTの団体戦は、ライフを削り合うサバイバルな勝ち抜き戦。連戦となる九十歩の前に現れた冨里川高校の四人目――副将の和地香凛わちかりんの姿に、観客席から小さなどよめきが上がる。

 身長は百五十センチメートル弱。線が細く、今にも折れてしまいそうなほど華奢な体躯。その小さな顔に白磁のような肌、大きな二重まぶたという、およそ激しい格闘武道には似つかわしくない可憐な少女がフルフェイスのサイバー防具を装着する。

 冨里川のベンチで見守る大将の三年生キャプテンの瞳には、絶対的な勝利への確信が宿っていた。フェンスを掴み、ケージの中の背中へ向けて凛とした声を張り上げる。「香凛、思いきっていきな!あんたこそが、我が冨里川の『真のエース』なんだから!」

 キャプテンからの最高の信頼を背に受け、香凛のサイバー防具のインジケーターが冷たく発光した。その瞬間、ケージ内の空気がピリリと一変する。

「始め!」

 開始の合図とともに、香凛の身体が爆発的な速度で駆動した。オクタゴンを広く使い、まるで残像を残すような高速のフットワーク。目にも留らぬ速度で九十歩の周囲を円運動で動き回り、一瞬の死角を見出そうと鋭いステップを刻んでいく。

 だが、連戦となる九十歩も決して慌てはしなかった。香凛が死角へ回り込もうと地を蹴った瞬間、上体を美しい半身はんしんに開きながら、最短距離の突きを放つ。

(そこ――)

 空気を切り裂き、鋭く突き出される長刀の切っ先。香凛がどこから近づこうとしても、九十歩の放つ長いリーチが見えない壁となって立ち塞がり、その前進を完璧に拒む。香凛は一歩も懐に入れず、九十歩も一瞬の油断で首を獲られるという極限の緊張感。オクタゴンの中心で火花を散らすような視線の交錯が続き、お互いに一歩も譲らぬ無傷のまま、最初の三分間が終了した。

 第二ラウンド。香凛は、さらに身体のギアを上げた。「ッ……!」

 短い呼気とともに、ジグザグに跳躍しながら果敢に九十歩の懐へ突入してくる。常軌を逸した踏み込みの速度が、九十歩の動体視力を狂わせにかかる。九十歩は、その直線的な動きに対して「振り返し」を始動した。長刀の木柄を滑らかに操作し、刃を上下左右に猛烈な速度で反転させる。それは香凛の進路すべてに刃の網を張る、絶対的な迎撃の陣だった。

 ガギギギィン! と、カーボン樹脂の木刀と長刀の柄がぶつかり合う凄まじい高音がケージ内に響き渡る。香凛は九十歩が繰り出す振り返しの連続コンボを、紙一重のステップでかわし続ける。しかし、そのすべてを完璧には流しきれない。かすった打突で防具のセンサーが反応しポイントが容赦なく削られ、同時に香凛の体勢を崩しかける。

 お互いに息が荒くなり、二回目の三分間が過ぎていく。第二ラウンド終了時点で、香凛はマイナス三ポイント。星ヶ丘の優勢のまま、試合は最終局面へともつれ込んだ。

 勝負の第三ラウンド。疲労がピークに達する中、九十歩は確実にこの戦いに決着をつけるため、勝負に出た。あえて一瞬だけ自身の正中線――中心の構えを空け、香凛に「懐へ来い」と誘いをかける罠を仕掛けたのだ。

(――罠。だけど、行くしかない……!)

 香凛はそれが誘いだと知りながらも、この劣勢を打破する唯一の好機と割り切り、電光石火のスピードでその懐へと一気に潜り込んだ。

(捉えた!)

 九十歩は待ってましたとばかりに、長い柄をテコのように利用し、ゼロ距離の『斬る』軌道を香凛の首元へと滑らせる。前戦で水月を仕留めた必勝の間合い。ここで完璧に決着がつくはずだった。

 しかし、香凛の野生的な勘が、九十歩の予測をわずかに上回った。首元を擦り斬る刃に対し、香凛は自らの身体を真後ろへ、まるでエビのように極限まで反らせてこれを回避してみせたのだ。驚異的な柔軟性と速度。長刀の刃は香凛の胸元をわずかにかすめ、虚しく空を書いた。最大の技を空振りし、九十歩の体勢がほんのわずかに崩れる。この激闘の中で初めて、九十歩の動きが完全に止まった。

「しまっ――」

 九十歩は咄嗟に懐に入り込んだ敵を追い払うため、顎を突き上げようと地を這うような低空から弾かれるように長刀の柄の底を跳ね上げる。――それよりも早かった。石突きが顎に届くコンマ数秒前、香凛の木刀が、下から九十歩の面へと鋭く突き入れられた。

「ドンッ!」

 これまでで最も重い衝撃音がオクタゴンに響き渡る。気剣体の一致がもたらした強烈な一撃。九十歩の手から、きつく握られていたはずの長刀が滑り落ち、床に転がった。膝から崩れ落ちる九十歩。その姿を、香凛はプロテクターを激しく上下させ、肩で息をしながら見下ろしていた。――一本。AI判定が冷徹に告げたのは、冨里川高校・和地香凛の逆転勝利だった。お互いの「スピード」と「カウンター技術」が極限状態でぶつかり合い、幾重にも技の読み合いが繰り返された末の結末。真のエースと称された香凛の執念による紙一重の回避が、冨里川高校に繋ぐ価値ある一勝を手繰り寄せたのだった。

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