第二十七話:剛力の一閃
団体戦準々決勝、第二試合の熱気が冷めやらぬオクタゴン。
星ヶ丘高校サムライ部のベンチが小平萌香の二連勝に沸き、準決勝進出へのロードマップが確実に引かれつつある中、冨里川高校の陣営から静かに第三の刺客がケージへと足を踏み入れる。
第三試合、岡固水月。試合前の整列時、そのトレードマークであるマニッシュなショートヘアが、引き締まった百七十八センチメートルの細マッチョな体躯によく映え、強豪校の中でもひときわ異彩を放っていた少女だ。
だが、ひとたびサイバー防具のフルフェイスマスクを装着してしまえば、その頭部は冷徹なカーボンと電子の塊へと変わり、表情も髪型も一切 窺い知ることはできなくなる。ただ、防具越しでもはっきりと伝わってくるその重厚な佇まいには、先鋒や次鋒が持っていた「速度」に加え、圧倒的な「体幹の強さ」が満ち満ちていた。
「第三試合を開始します。両者、前へ」
審判の電子コールに従い、地響きを立ててオクタゴンの中心へと進み出る両者。これが実に三戦連続の出場となる小平萌香は、疲労が色濃く残る腕で二刀流のハイテク木刀を構えながら、じっと対峙する水月を見据えた。
星ヶ丘のベンチからは、市川帆南がタブレットを握りしめ、悲痛な祈りを込めて視線を送っている。前の二戦で冨里川のスピードを完全にハックしてみせた萌香だったが、この水月という存在は、帆南のデータ分析の範疇を大きく超える「異質」な性質を秘めていた。
――ピィィン!試合開始を告げる鋭い電子音が響いた。それと同時に、凄まじい足の破裂音がアリーナの床を激しく鳴らし、空気を爆破した。水月が、爆発的な踏み込みで突進してきたのだ。トップスピードに達するまでの時間がゼロに近い。ただの超速ではない、大型の重戦車が全速力で突っ込んでくるかのような、圧倒的な質量を伴った突進。水月は一瞬にして萌香の築いていた安全圏を蹂躙し、その懐の内側へと侵入する。
「速――っ!?」
これまでの二人とは根本的に質の違う攻撃。回避のステップを踏む時間すら間に合わないと直感した萌香は、野生的な防衛本能に従い、咄嗟に左右二本の木刀を十字に交差させた。最大の防御姿勢をとる。直後、正面から水月の強烈な一撃が炸裂した。
体重とスピードが限界まで乗った、文字通りの重い衝撃。樹脂製木刀が激突した凄まじい衝撃波がケージ内に吹き荒れる。ガードの上から骨を軋ませるような打突により、萌香の固めた構えは耐えきれず、その身体はオクタゴンの床の上を滑るようにして、一気に端の金網まで吹き飛ばされた。衝撃の数値が防具のセンサーを駆け巡り、インジケーターが激しく赤色に明滅する。AI判定の非情なアラートが鳴り早くも防戦一方に、その後も追い込まれる萌香は、二ポイントを無残に削り取られる形となった。
迎えた第二ラウンド。萌香はステップワークを試みながら、一本目の木刀を突き出して牽制の一打を放つ。しかし、水月はそれを強靭な体幹の軸で易々と正面から受け止め、発生した反動を完全にその肉体で抑え込んだ。
「冨里川をスピードだけのチームだと思ったら、大間違いだよ」
防具の奥から、不敵な意思を纏った水月の低い声が漏れ出る。水月は萌香の刀を強引に弾き返すと、間髪入れずに左右、上下から、目にも留らぬ速さで木刀を打ち下ろしてきた。ただ速いだけではない。一撃一撃のすべてに、相手のガードを粉砕せんばかりの容赦のない質量が宿っている。
ガギィン、ガツン、と激しい打撃音がオクタゴンに連続して響き渡る。二刀流の防御可動域を限界まで使って耐えようとする萌香だったが、プロ基準のサイバー防具を通しても伝わる強烈な震動が、その肉体を確実に蝕んでいく。高速かつ重厚な連撃の前に、萌香はさらに三ポイントを失い、それと同時に体力を急激に削り取られていった。呼吸は完全に乱れ、足元がおぼつかなくなる。ジリジリと、しかし確実に、完璧な敗北へのカウントダウンが迫る中、萌香は絶体絶命の窮地へと追い詰められていく。
勝負の第三ラウンド。デジタル表示板に刻まれた残りライフはあと僅か。このまま小細工抜きで削られ続ければ、絶対に逃げ切れない。そう悟った萌香は、極限状態の中で野生の勘を研ぎ澄まし、一か八かの大博打に出た。あえて二刀流の完璧な構えを大きく崩し、自らの胸元を無防備にガラ空きにしたのだ。
フルフェイスマスクの奥で、水月の鋭い視線が輝いた。星ヶ丘の怪物新人が見せた、明らかな集中力の切れ、あるいは絶望ゆえの致命的な隙。これを勝機と見た水月は、勝利を確実なものにするため、萌香の無防備な胸元へ向かって、最短距離を撃ち抜く鋭く重い突きを一直線に放った。しかし、これこそが萌香が仕掛けた唯一の罠だった。
(乗ってきた……!)
迫り来る必殺の突きに対し、萌香は当たる直前でわずかに半身をひねり、致命傷をかわす。そして、自分の身体の脇を通り過ぎようとする水月の木刀の刀身を、自身の左脇の下へと滑り込ませ、ガッチリと挟み込んだ。全体重を前傾させて乗せ、左腕を締め上げることで、相手の武器を完全にロックする。動きを止めた。これならどれだけ強靭な体幹があろうと、剛力があろうと、物理的に刀を瞬時に引き抜くことはできない。
(勝った! 動きさえ止めちゃえば、残った右の大きな木刀で仕留められる!)
勝利の確信が萌香の脳内を駆け巡り、右手の大刀を水月の無防備な首元へと振り上げようとした、まさにその瞬間だった。
「甘いね」
水月は焦るどころか、不敵にニヤリと笑った気配を見せた。刀を引き抜くための予備動作すら一切見せず、逆に木刀を脇に挟まれたままの状態の萌香を、体格差を活かした圧倒的な怪力だけで、そのまま前方へと強引に押し込んできたのだ。
「えっ……、うそ……っ!?」
百七十八センチメートルの細マッチョな肉体から繰り出される、信じがたい剛力。オクタゴンの端で踏ん張ろうとした萌香だったが、絶対的な質量とパワーの差による直線の押し込みに耐えきれるはずもなかった。重心を完全に狂わされ、萌香の身体が床からわずかに浮き上がる。
その瞬間、バランスを完全に失ったことで、必死に締め付けていた左腕のホールドが強制的に外れてしまう。それはすなわち、水月の刀が完全に自由になったことを意味していた。勝負を分けたのは、本当に一瞬の隙だった。体勢を崩し、完全に無防備となった萌香の脳面へと、水月の木刀が間髪入れずに振り下ろされた。
ザンッ!!!!アリーナ全体に、これまでにないほど激しく重い電子音が響き渡り、火花のようなLEDの光が防具の上で弾けた。――一本。AI判定が非情に告げたのは、冨里川高校第三試合の走者・岡固水月の一本勝ち。
星ヶ丘高校サムライ部の快進撃を止める、強烈な剛力の一撃だった。




