第二十五話:九頭の影
個人戦の熱気が冷めやらぬまま、午前中の二試合目となる「団体戦準々決勝」の火蓋が切って落とされようとしていた。星ヶ丘高校サムライ部の前に立ちはだかるのは、前年優勝にして全国大会への出場実績を持つ、絶対的なシード校の一角・冨里川高校。
「……気を引き締めて。冨里川の監督は、『サイバー・サムライ』って呼ばれてて、二十代の女子プロ選手を筆頭とした、超速の新世代スピードスター揃いの剣術門派『九頭竜』の流れをくむ女性よ。データ上、ただの高校生だと思ったら一瞬で食い殺される」
サポートの帆南がタブレットを睨みながら緊迫した声をあげる。相手陣営に目を向けると、全国レベルの強豪という威圧感とは裏腹に、驚くほど小柄な選手たちが目立っていた。しかしその佇まいは、極限まで無駄を削ぎ落とした、速度に特化した新世代の肉体を思わせる不気味さがあった。
第一試合、先鋒戦。星ヶ丘からオクタゴンに上がった小平萌香の前に立ったのは、冨里川の先鋒・道脇だった。その体躯は萌香よりもさらに小さく、百四十センチメートルほどしかない。小柄な彼女が構えると、通常の長さであるはずの木刀の刀身が、まるでリーチの長い『長刀』であるかのように錯覚してしまう。
「つくし先輩〜! いっちゃってください!」
冨里川のベンチから、どこか親しみを込めた黄色い声援が飛ぶ。
――ピィィン!
試合開始の合図とともに、爆発的なスピードで飛び出したのは萌香だった。
開始直後、模倣の天才が放つ二刀流の変則的な連撃が冴え渡り、道脇の防御の隙を突いて幸先よく二ポイントを先取する。しかし、全国区のスピードスターは甘くなかった。道脇はすぐさま鋭い目つきに変わり、手数で勝る超高速の反撃を開始。小ささを武器にした変幻自在なステップで萌香の脇をすり抜け、死角から怒涛のラッシュを叩き込んできた。
萌香は一ラウンド目だけで五ポイントを削り取られてしまう。道脇の猛攻に防戦一方で押し込まれる中、鳴り響いた第一ラウンド終了のブザー。萌香はこの音にかろうじて救われる形となった。
続く第二ラウンド、今度は道脇が開始と同時に先手を打って動いた。凄まじい風切り音とともに迫る斬撃に、萌香はさらに三ポイントを削られ、絶体絶命の窮地に追い込まれる。しかし、防戦の最中、萌香の脳裏にいつも体育館で死線をくぐり抜けてきたあの野生児・奥羽高知との手合いの記憶が鮮烈によぎった。
(高知くんのデタラメな攻撃に比べたら、予測ができる……!)
天才的な野生の勘が完全に噛み合った。萌香の身体が、最小限の首振り(スウェー)で道脇の超速の太刀を紙一重でかわし始める。相手の懐へ潜り込むように、道脇よりもさらに低い姿勢へと滑り込んだ。
道脇が上から鋭く振り下ろしてくる刀に対し、萌香は手元に構えた左手の小刀を下から斜め上へと激しく擦り上げた。ガギィン!という鈍い衝撃音とともに、道脇の剣線が強制的に外される。その瞬間、低い姿勢のまま一歩深く踏み込み、右手の大刀で猛烈な打突を叩き込んだ。さらに左手の小刀で相手の刀身を上から強引に抑え込み、道脇の動きを完全にロックする。
「なっ……!?」
自由を奪われ、目を見開く道脇に対し、萌香はその至近距離から大刀による容赦のない連続攻撃を一気に叩き込んだ。この驚異的なカウンターラッシュにより、萌香は一気に七ポイントを奪い返すという怒濤の大立ち回りを演じてみせた。今度は一転して道脇が防戦一方となり、完全に形勢が逆転したところで第二ラウンド終了のブザーが鳴る。今度は道脇がブザーに救われる形となり、勝負は最終ラウンドへともつれ込んだ。
そして迎えた、運命の第三ラウンド。お互いのベンチから張り裂けんばかりの声援が飛び交う中、二人は呼吸を整えながらゆっくりと間合いを詰めていく。先に痺れを切らしたのは、後がない冨里川の道脇だった。床を強く蹴り、一歩鋭く踏み込んでくる。
しかし、萌香はそれを待っていた。迫る刃に対し、左手の小刀を円を描くように滑らかに回し、道脇の刀を強烈に「巻き落とし」てみせた。完全に体勢を崩された道脇の腕の下を、萌香は滑り込むようにすり抜ける。空いた胴を、萌香の右の大刀が最速の軌道で鋭く切り裂いた。
ザンッ!!!
アリーナ全体に響き渡る電子音とともに、道脇のライフを完全に削りきった。デジタル表示板の数値が「0」に変わり、終了ブザーが鳴り響く。
――勝者、星ヶ丘高校。
即死の一本判定ではなく、新世代の超速を誇る冨里川の先鋒を10点減点(KO)にまで追い込み、完全に削り勝った瞬間だった。
「よっしゃあああ!!」
星ヶ丘ベンチから大歓声が上がる。模倣の天才が泥臭くもぎ取った価値ある先勝が、チームの士気をどこまでも引き上げていくのだった。




