第二十四話:意志の一撃
オクタゴンの中心で、五代は二刀流の木刀を低く構える宇津志真翔と対峙していた。
宇津志は星ヶ丘のベンチに座る小平萌香を一瞥すると、すぐに視線を五代へと戻した。彼の脳裏には、先日の練習試合で、剣道未経験の高山高校の先輩にあっけなく敗れていた五代の姿がよぎっている。(あの程度のレベルで、よく個人戦の一回戦を突破できたな)宇津志の張り詰めた構えには、明確な格下への侮蔑が混じっていた。左利きの変幻自在な二刀流。五代は逃げずに、真っ直ぐに木刀を構え直した。
試合開始の合図と同時に、先に動いたのは宇津志だった。鋭い踏み込みから繰り出される左右の連撃に対し、五代は防戦一方に追い込まれる。完全に主導権を握られ、防具のインジケーターが激しく明滅した。第一ラウンドが終了した時点で、五代は3ポイントを無残に削り取られていた。やはり中学からの実績を持つ経験者の技は伊達ではない。ふだん星ヶ丘の練習で萌香の二刀流を相手にしていた五代だったが、左利きの宇津志は構えが左右逆であり、間合いの潰し方も勝手も何もかもが違っていた。
続く第二ラウンド、宇津志はさらに攻勢を強めて五代をケージ際まで追い詰めていく。
「ゴダイ先輩! そこ、引かないで! 前に出て!!」
オクタゴンの外から、萌香の割れんばかりの声援が響いた。その瞬間、宇津志の集中がわずかに乱れた。かつて自分を叩きのめした怪物新人の声に、彼がほんの横目で萌香を意識した、まさにその瞬間――。五代の刃先が、宇津志の構える短刀のわずかな隙間を鮮やかにすり抜けた。インジケーターが音を立て、五代が意地の一ポイントをもぎ取る。
「……チッ!」
激昂した宇津志は、そこから獣のような猛攻に転じた。宇津志は五代の懐へ強引に潜り込むと、左手の小刀を使って五代の右腕を力任せに封じ込めた。完全に身動きをロックされた五代に対し、宇津志は右手の大きな刀をコンパクトに、かつ鋭く何度も振り下ろす。容赦のない超近接ラッシュに圧倒され、五代はさらに4ポイントを削り取られ、圧倒的な点数差のまま第二ラウンドを終える。
しかし、迎えた運命の第三ラウンド、宇津志の様子に明らかな変化が生じていた。先ほどまでの嵐のような手数が嘘のように減り、大振りだった刀の軌道も明らかに小振りに縮こまっている。
「五代! あいつ二刀流で動き回りすぎてスタミナ切れだ! いま、手元が狂い始めてるぞ!!」
オクタゴンの外から、今井の鋭い叫びが飛ぶ。ポイント差で勝っているはずの宇津志は、格下と見下していた五代に有効打を許した屈辱と、二刀流特有の激しい運動量によって、その強靭な肉体と精神のスタミナを確実に削り取られていたのだ。
今度は五代が攻めに転じる番。迷いなく踏み込んだ五代の鋭い一撃が、動揺する宇津志からさらに一ポイントを力強く削り取る。
「ふざけるな……っ!」
極限の焦りに駆られた宇津志は、体勢も作らぬまま、不用意に直線の『突き』を五代の胸元へと繰り出した。
(ここだ――!)
五代の視界が、一瞬にしてクリアになる。一回戦のオクタゴンで、あの時はテニスの経験から偶然に出ただけの身体の動き。しかし五代は、それをただの偶然で終わらせはしなかった。あの夜、星ヶ丘の体育館に戻ってから、身体に染み込ませるように何度も何度も反復練習を重ねた。家に帰ってからも、目を瞑ればいつでもあの軌道が描けるようになるまで、イメージトレーニングを繰り返してきた。
とっさの逃避ではない。今度は明確に、自分の確かな意志でその体捌きを繰り出す。
五代は鋭く左へステップを踏み込み、宇津志の直線の突きを紙一重で回り込んでかわす。同時に、肩の後ろへと円を描くように木刀を引き上げ、重力の理合を乗せて一気に振り下ろした。
ダウンザライン。
狙い済まされた最速のストレートショットと同じ軌道が、オクタゴンを真っ二つに切り裂く。泥臭く、決して教本通りではない不格好なフォーム。しかし、重力を味方につけた五代の木刀は、宇津志の肩口から脇腹へと斜め45度の角度で完璧に突き刺さった。
「な、に……っ!?」
急激な回り込みに対応できず、身体の制御がきかなくなった宇津志は、眼前に迫る五代の凄まじい太刀筋をその瞳に捉えながらも、防ぐ術を何一つ持たなかった。
ザンッ!!という、一回戦よりも重い電子肉裂き音がアリーナに轟く。
――一本。AI判定が非情に告げたのは、宇津志の完璧な敗北を意味する、大逆転の「即死判定」だった。
ピィィィンという終了のアラートがアリーナに響き渡ると同時に、オクタゴンの外で歓声が沸き起こった。
「やったあああ!! 五代、大金星だ!!」今井がフェンスを掴んで激しく叫び、ベンチの部員たちも手を取り合って飛び跳ねる。エース羽美の瞬殺劇に続き、五代までもが格上の怪物を撃破しての二回戦突破。星ヶ丘サムライ部のボルテージは最高潮に達していた。
その熱狂の影で、オクタゴンの床に膝をついたままの宇津志は、プロテクターの中で激しく歯を食いしばっていた。木刀を握る拳が、悔しさで小刻みに震える。見下していたはずの未経験の五代に、完璧な一本を奪われた。その事実がプライドを容赦なく叩き潰していた。
(……ふざけるな。こんなところで終われるかよ……!)
ゆっくりと立ち上がった宇津志は、歓声に包まれる五代の背中を、そしてその向こうで見つめる萌香の姿を冷徹な眼光で睨みつけた。この屈辱は絶対に忘れない。次に対峙する時は、その首を完全に叩き斬る。敗北を知った少年は、胸の内で燃え盛る雪辱の炎をさらに激しく滾らせながら、静かに戦場を後にするのだった。




