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OCTAGON  作者: 海内裏


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第二十三話:流転の刃

インターハイ県予選三日目。会場となる巨大アリーナの熱気は最高潮に達していたが、星ヶ丘高校サムライ部のベンチには、今日も手永紺の姿はなかった。初日の一回戦で惨敗し、二日目には会場から姿を消した二年生。彼の穴を埋めるように一年生の太原あいりが奔走しているが、部員たちの胸中には一抹の寂しさと焦燥感がくすぶり続けている。だが、それ以上に深刻なのは、監督である桐生陣の様子だった。

「……桐生コーチ、本当に大丈夫ですか?」

サポートの帆南が恐る恐る声をかけるほど、日を追うごとに桐生の顔には色濃い死相が浮かび上がっていた。夜通しで進められるデータ分析と、妹・荻香からの終わらない小言のループ。プロのオクタゴンを戦い抜いた男の体力も、そのストレスの前には限界を迎えつつあった。

大会三日目は、午前と午後にそれぞれ個人戦と団体戦が二試合ずつ交互に組まれるという、息つく暇もない過酷な連戦が割り振られていた。その幕開けとして、まずは朝一番から個人戦の二回戦が一斉にスタートする。

オクタゴンに上がった亘理羽美の前に立ち塞がったのは、早くもあの国立の名門・浜南大学付属高校のエース、金佐三鹿かなさ みかだった。

「ウミ先輩、ぶっ潰してきて! あいつらの鼻を明かしてやりなよ!」

オクタゴンの外から、先日の団体戦でイライラを爆発させた萌香が、金佐を激しく睨みつけながら鋭いエールを送る。かつて練習試合で、鉄壁の守りを誇る浜南のキャプテンの前に完敗を喫した羽美にとって、これは事実上の雪辱戦でもあった。

対する浜南大学付属のベンチでも、あの鉄壁のキャプテンが金佐の肩を叩いて発破をかけていた。

「金佐、油断するなよ。相手はあの星ヶ丘のエースだ」

「分かっています」

金佐は不気味なほど冷静だった。その瞳には一切の慢心もなく、ただ獲物を確実に仕留めるための冷徹な計算だけが宿っている。

対照的に、羽美はオクタゴンの中心で静かに目をつぶり、深く俯いていた。その姿は、恐怖に怯えているようにも、深く静かに集中を研ぎ澄ましているようにも見えた。

――ピィィン!試合開始を告げるブザーと同時に、緊迫の空間が弾けた。金佐三鹿は、羽美の代名詞である『神速の抜刀』を警戒し、その隙を一切与えない電光石火の踏み込みを見せる。抜刀を待たずに、開始一歩で間合いを盗み、頭上から強烈な斬撃を振り下ろした。

(もらった――!)

浜南のベンチが勝利を確信した、その刹那。正面から迫る金佐の刃に対し、羽美は焦ることも、後ろへ下がることもなかった。刀に添えられていた羽美の手が、流れるように動く。頭上をかばうように、カーボン樹脂製の刀を胸元から斜め上へと滑らかに抜き上げた。激しい衝撃音が響き、金佐の必殺の斬り下ろしが、羽美の刀身の上を滑るように斜め後方へと弾かれる。完璧な『受け流し』。

羽美の真骨頂は、ここからだった。彼女は受け流した刀を、決して止めなかった。相手の攻撃の威力を、自らの刀の円運動へとそのまま変換する。重力と遠心力を味方につけたカーボン樹脂の刀身は、淀みのないひとつの美しい真円を描き、そのままトップスピードへと加速した。流転する刃。受け流した勢いをそのまま利用して、羽美は金佐の無防備な肩口へと、一気に一撃を袈裟斬りに振り下ろした。

ザンッ!!鋭い電子音がアリーナに轟く。相手を斜めに断ち切った位置で、羽美の刀がピタリと止まった。――一本。AIが告げたのは、一撃必殺の「即死判定」だった。

「よっしゃあああ!!」

「一撃……! うそ、あの金佐を完璧に……!!」

一瞬の静寂の後、星ヶ丘高校のベンチから爆発的な歓声が湧き起こった。あの国立名門との練習試合で叩きのめされた後、羽美は桐生コーチのもとで、ただ愚直に、何度も何度もあらゆるシチュエーションを想定した練習を繰り返してきた。いま繰り出したこの鮮やかな返し技も、その地獄の日々の中で血肉に変えた膨大な戦術の一つ。

地獄のメニューで牙を研ぎ続けた成果が、いま最高舞台のオクタゴンで見事に結実した。興奮冷めやらぬアリーナの熱気が渦巻く中、息を突く間もなく、隣のコートではもう一人の星ヶ丘の看板――五代部長の個人戦二回戦のコールが響き渡ろうとしていた。アナウンスされた対戦相手の氏名を聞いた瞬間、星ヶ丘ベンチの空気がピシリと凍りつく。五代の二回戦の相手は、団体戦一回戦負けを喫したものの、圧倒的な強烈さを残した高山高校の一年生、宇津志真翔ウツシ マナトだった。

かつての練習試合で変幻自在な二刀流を操り、エースの羽美、そして接近戦の恐怖に囚われた手永の2人を瞬く間に葬り去り、最後は九十歩の代わりに出てきた怪物新人・萌香に敗れたあの恐るべき一年生だ。高山の看板を背負い、ギラついた視線でオクタゴンへ上がる宇津志に対し、五代は前日の「ダウンザライン」の一本を胸に、静かに木刀を構えるのだった。

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