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OCTAGON  作者: 海内裏


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第二十一話:落ちる刃

高台に設置された、本物のオクタゴン。その張り詰めた電子の檻の上で、五代は個人戦一回戦の舞台を迎えていた。

この厳粛なオクタゴンに足を踏み入れるのは、これが四度目だ。一昨年と去年のインターハイ県予選。そして、あの国立の名門・浜南大学付属高校との練習試合で、大エースの羽美が敗れたあとに大将として引きずり出され、圧倒的な力の前に叩きのめされて以来だ。

普段の星ヶ丘高校サムライ部での練習環境は、体育館の床に八角形の枠を設けただけの「仮想オクタゴン」に過ぎない。本物のケージが放つ重圧を五感で浴びながら、五代はふと、現実的なタイムリミットを意識していた。

(三年生の私にとって、この本物のオクタゴンに立つのも、これが最後になるかもしれないな……)

一昨年、まだ部が型落ちの防具しか持たなかった弱小時代、今井と二人で立ち上げた「サムライ同好会」。昨年、亘理羽美と九十歩、さらに剣道経験者である手永が加わったことで、同好会は正式に「サムライ部」へと昇格した。正式な部活動となって今年、さらに新入部員が増えて活気づき、元プロコーチの指導のもとで実力が結果に確実に届くところまでついてきている。それに対して、自分は一体どうなのだ。

「ゴダイ先輩! いけます、落ち着いて!」オクタゴンの外から、星ヶ丘高校サムライ部の面々が声を張り上げる。その中には、開始すぐの神速の抜刀で瞬く間に一回戦突破を決めた羽美の姿もあった。もともと剣道の経験もなく、配信動画の見様見真似で、ただ泥臭く木刀を振り回してきたこの二年間。だが、今年は確実に違う。短い期間ではあったが、元プロ選手である桐生陣の地獄のようなメニューを耐え抜き、本物の理合を身体に叩き込んってきたはずだった。

(なのに、なんでだ……。みんな、あんなに戦っているのに……!)

脳裏をよぎるのは、つい先ほど幕を閉じた団体戦二回戦の激闘だ。追試のイライラを爆発させて貴重な一勝をあげた萌香の執念。

初めての公式試合の舞台で相手の奇襲を見破り、驚異の「四人抜き」という大偉業をやってのけてチームを救った九十歩の目覚ましい活躍。

後輩たちがオクタゴンの上で泥臭く牙を剥き、二回戦を完全突破してみせたというのに、部長である自分は一歩も前に進めていない。

無情な電子音が響き、第二ラウンドが終了する。デジタル表示板に刻まれた数値に、五代は唇を噛んだ。自身はすでに8ポイントものライフを削られ、相手は有効打による減点がわずか4ポイント。防具のインジケーターが明滅し、敗北の二文字が色濃く迫っていた。インターバル中、五代の脳裏に、これまでの人生の景色が走馬灯のように駆け巡る。

小学生の時、きらきらと輝く姉の背中を追いかけて夢中で打ち込んだテニス。中学から心機一転、自分の足だけを信じて始めた駅伝。しかし、待っていたのは容赦のない怪我による挫折だった。

(私は、いつもそうだ。何一つ、最後まで成し遂げられていない)

急激に強くなっていく部を率いる立場にいながら、自分の中身だけはいつだって空っぽのまま、何も成し遂げられていなかった。第三ラウンドの開始を告げるブザーが鳴る。オクタゴンの床を踏み締めながら、五代は深い悲観の沼に沈んでいた。自分がここにいる意味すら見失いかけたその瞬間、相手の鋭い『突き』が、五代の死角からまっすぐに首元を捉えようと肉薄する。

「五代ッ!! 前を見ろ!! 終わらせんじゃねえぞ!!」

オクタゴンの外から、今井の張り裂けんばかりの激が鼓膜を突き破った。その声に弾かれるように、五代の身体が、思考より先に『動いた』。

それはBUSHIDOの教本にあるステップではない。ふと、小学校時代、コートで何度もラケットを振り抜いたテニスの、身体にしみついた体捌きが蘇ったのだ。狙うはサイドライン際を真っ直ぐに射抜く、あの最も得意だった最高の一撃。

五代は鋭く左ステップを踏み込み、相手の突きの軌道から滑り込むように回り込む。同時に、相手の肩の後ろへと円を描くように木刀を斜め上へと引き上げた。刀身の刃は斜め下を向き、首筋を完璧に捉える位置で美しくセットされる。

そこからの軌道は、まさに重力の体現だった。引き上げた肩の高さから、相手の肩口、および脇腹に向けて斜め45度の角度で、五代は一気に木刀を振り下ろす。桐生から教わった脱力の理合。力任せではない。木刀そのものの重力を利用して、「上から下」へと自然に落ちる、重力伝いの絶対的な軌道。テニスにおける、ダウンザライン。サイドラインと平行に真っ直ぐに突き抜けるあの必殺のストレートショットと同じ、一切の迷いがない最速のラインがオクタゴンの上に描かれた。

ザン、と電子的な肉裂き音がアリーナに響き渡る。相手を斜めに斬り裂いた位置、すなわち五代自身の膝の高さで、激しく振り下ろされた木刀の軌道がピタリと止まる。

ピィィィン!という、鼓膜を震わせる高音のアラート。――一本。AI判定が導き出したのは、大逆転の「即死判定」だった。

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