第十五話:明暗の同期
体育館が一気に初戦突破の歓喜に沸き返る中、九十歩と手永紺の二年生コンビだけは、どこか複雑な面持ちでその光景を眺めていた。
九十歩は無意識の内に秘技『振り返し』を発動させて勝利したものの、その直後の第六試合で小嶋のムチの刃の前に何もできずに敗北した悔しさが残っている。そして手永は、自らのすべてを注いだ『袖返し』が無残に砕け散り、努力では決して埋めることのできない「天賦の才能の壁」に、今も胸の奥を激しくすり潰されていた。
そんな歓喜と沈黙が交錯する場所に、まさかの冷徹な事実が突きつけられた。タブレットの採点データを同期していた帆南が、顔を引きつらせて声を上げる。
「あ、あの……大変です。羽美先輩と萌香ちゃんは、なんとかギリギリで追試に合格してロックが解除されたんですけど……高知くんのロックが介助されなくて、明日から公式の『補習授業』への強制出席が決まったみたいです。」
「……う、嘘だろ」高知の身体が凍りつく。BUSHIDO FIGHTの運営システムは非情だ。補習が完全に完了するまで、彼のサイバー防具のシステムロックは絶対に解除されない。明日の二回戦も、高知という爆発的なインファイターの戦力を欠いたまま戦うことが確定したのだ。
混乱が広がる体育館で、さらに追い打ちをかけるように手永が静かに一歩前へと出た。
「ゴダイ先輩。……俺、明日の二回戦の出場を辞退させてください」
「手永……お前、何を言って」九十歩が驚いて振り返る。だが、手永の瞳は自嘲気味に濁っていた。
「いまの俺じゃ、ただの足手まといだ。このチームに、才能の壁に怯えてる奴は要らない」
一回戦突破の歓喜から、一転して引き裂かれるような暗雲がサムライ部を包み込む。だが、その混乱のすべてを真っ向から受け止めたのは、大将の五代だった。五代は怒るでもなく、ただどっしりと構え、手永の肩に無言で大きな手を置いた。
「わかった。手永の決意も、高知の補習も、全部うちらが受け止める。明日も、残されたメンバーで勝つだけだよ」その凛とした部長の器の大きさに、手永は言葉を失い、ただ唇を強く噛み締めるのだった。
——その頃。星ヶ丘高サムライ部が衝撃に揺れているとは露知らず、監督の桐生陣は、学校からほど近い自身の武道具店兼自宅 の事務室で、精神を極限まで削られていた。
「ちょっと、お兄ちゃん! 聞いてるの!? 店番頼むって言うから、こっちは5歳と2歳の一番手がかかる盛りの子供を2人も連れて、わざわざ実家まで来てあげたのよ!?それなのに何その態度、少しは感謝の言葉とか、お土産の一つくらいあってもバチは当たらないんじゃないの?だいたいお兄ちゃんは昔からそうなのよ、現役の時だって減量でピリピリして周りに当たり散らして、こっちがどれだけ気を揉んだと思ってんの?今だって高校生の部活なんか始めてさあ、プロ崩れが今更何やってんのって近所でも噂されて——」
カウンターの向こう側から、機関銃のように言葉を放ち続けているのは、結婚して二人の子供を育てる妹の荻香だった。桐生が公式予選のために店番を頼んだ結果、溢れ出てきたのは、過去の怨念まで巻き込んだ終わりのない小言のループ。5歳児がサイバー防具を倒し、2歳児がカーボン樹脂の短刀を振り回して泣き叫ぶカオスな空間の中で、荻香の説教は一秒たりとも止まる気配がない。
(……クソ、オクタゴンの世界タイトル戦より、よっぽど地獄だわ)
桐生はこめかみに青筋を浮かべ、耳を塞ぎたくなるような妹のマシンガントークの前に、ただひたすらに苛立ちの溜息を吐き出し続けるのだった。




