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OCTAGON  作者: 海内裏


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第十三話:才能という名の檻

『第七試合、始め!』電子音声がアリーナに響いた瞬間、手永紺は地を走るような低い構えのまま、一歩も動かなかった。

手永は初めから、攻撃を完全に捨て、相手の刃を『受ける』ことだけを考えていた。狙うは、巴から授かった古流の高度な防御制圧技——『袖返し』。それしかなかった。

視界の外から蛇行する小嶋のムチのような太刀筋に対抗するため、手永は余計なステップを一切排除し、万全の構えで大将の襲撃をじっと待った。しかし、頭の中の完璧なイメージと、実戦の冷徹な現実はあまりにもかけ離れていた。

「——ッ!」小嶋のしなる腕からカーボン木刀が、予測不能な角度からグニャリと視界の死角を突いてくる。(ここだ、受け流して引っかけ——)秘密の朝練を繰り返したとはいえ、実戦ではまだ一度も成功していない高等技術だ。

焦りと、ボクシングジムのリングで浴びたあの容赦のない拳の恐怖が脳裏にフラッシュバックする。

「九十歩にできて……俺に、できないはずがないんだ……!」

前の試合で、疲労の極致から無意識に『振り返し』を爆発させた相棒の姿を思い出し、手永は一歩前へ踏み込んだ。小嶋の放った次の太刀を完璧に長刀の柄で受け止め、相手の手首をコントロールして『袖返し』へと繋げた——と、思った。しかし。シャキィィィン!!アリーナに虚しく響いたのは、手永の防具がチェリーレッドに灯り、有効打突を告げる冷徹な電子音だった。技は不発。相手の変幻自在な刃が一瞬早く手永のセンサーを射抜いていた。完璧な一本(即死判定)。その一瞬で、第七試合の決着は非情にも下されてしまった。

(また、これか……)

日本チャンピオンだったの伯父の背中、高山高の宇津志に瞬殺された記憶。どれだけ泥にまみれても届かないリングのライト。「才能」という残酷な二文字が、手永の心を限界まで押しつぶしていた。

その手永の敗北と苦戦をベンチから見つめていた一年生の太原あいりは、小さく拳を握り締めていた。

太原あいりは、中学時代に剣道の個人戦で『県ベスト16』という実績を残していた。公立校の普通の部活動としては立派な数字だ。だが、彼女にはもっと上の世界へいける「確かな才能」が間違いなくあった。ただ、時代と環境の縁がなかっただけなのだ。

彼女が剣道を始めたきっかけは、武道の伝統や精神といった大層な理由ではなかった。幼い頃、太原はともに暮らす母方の祖父にとても懐いていた。学校から帰ると、いつも祖父の部屋へ直行した。祖父の隣に座り、テレビで昔の侍の時代劇や映画をよく一緒に見ていた。別に侍に憧れはなかった。ただ、悪者が成敗され、正義が勝つという「勧善懲悪」のストーリーがシンプルで大好きだった。何より、それを見て子供のように笑う祖父の笑顔が、太原の宝物だった。

しかし、中学一年生の冬休み、祖父の容体が急激に悪化する。今ふり返れば、あれは病院ではなく住み慣れた家で最期を迎えるための、終末期ケア(ターミナルケア)のための同居だったのだ。家へ帰っても、かつてのように一緒に笑って時代劇を見てくれる祖父はもういない。静まり返った家の中にいるのが寂しくて、やることのなくなった太原は、なんとなく募集の張り紙があった剣道部の扉を叩いた。

ちょうどその頃、世間では新世代格闘武道『BUSHIDO FIGHT』が話題になっていた。太原が小学六年生になる年に誕生したそのプロリーグは、今年で発足してを5年を迎える。有効打突がダメージとして加算され、勝敗がデジタルに明確化されるそのシステムは、彼女がずっと求めていた現代の「勧善懲悪」の形そのものだった。

だが、当時はまだ、BUSHIDO FIGHTの部活動は資金力のある一部の私立中学にしか設立されていなかった。公立中学の剣道部にいた太原には、その最先端の機材に触れる環境も、プロへの道筋も、何一つ繋がっていなかったのだ。メキメキと力をつけながらも、最後まで伝統や精神の修行といった堅苦しい教えには興味が持てなかった彼女は、中学を卒業すると同時に、家からほど近い今の学校を選び、型落ちの防具しかないサムライ部の扉を叩いた。環境という縁にようやく巡り合えた今、彼女の隠された才能は、一回戦の三連勝という形で確かに開花し始めていた。

オクタゴンを降り、面を外した手永は、自分の両手を凝視したままベンチの片隅に崩れ落ちた。巴と九十歩の3人で、誰よりも早く毎朝5時に起きて、腕の筋肉が千切れるほど基本動作を繰り返し、黙々と刀を振り続けてきた。安全な距離に逃げる恐怖とも、吐き気がするほど向き合ってきた。それでも、届かなかった。

九十歩のように土壇場で技が自然体で出ることも、小嶋のように一瞬でオクタゴンの空気を変えることも、自分にはできない。血の滲むような日々の「努力」のすべてを嘲笑うかのように立ちはだかる、天賦の才能の壁。前髪の隙間から覗く手永の瞳は、自らの不甲斐なさと、努力だけでは決して埋めることのできない残酷な距離への絶望に激しく揺れ、その表情は歪むように苦悩の色に染まりきっていた。

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