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OCTAGON  作者: 海内裏


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第十一話:初めての歓喜

初戦の相手、八巻高校の陣営を前に先鋒を務める一年生の太原あいりが、見たこともないほどガチガチに緊張していた。

「う、うう……手が震えて、カーボン木刀が2本に見える……」

「落ち着け太原、それはただの乱視だ!」

副将の三年生・今井が宥めるが、初めての公式戦、さらにプロさながらの巨大アリーナの熱気は、一年生の太原の小さな身体を完全にすくませていた。その尋常ではないプレッシャーは、後ろに控える九十歩や手永の二年生たちにまでじわじわと伝播していく。しかし、監督席に深く腰掛けた桐生陣だけは、顎を撫でながらフッと自信ありげに微笑んでいた。

「おい、太原。ビビる必要はねえ。いつも通りのクソ泥臭い動きをしてこい」

『第一試合、始め!』電子音声の合図とともに、試合が開始された。案の定、緊張で身体が強張った太原は、開始早々に相手の不用意な踏み込みをまともに浴びてしまう。

シャキィィィン!!「有効打突! 先制ポイント!」

相手に先制の1ポイントを奪われ、星ヶ丘のチェリーレッドのLEDが減点を告げる。

(ああ、やっぱり私じゃ駄目なんだ……!)と太原は絶望しかけた。——だが、その瞬間。太原は面金めんがねの隙間から、唖然として目を見開いた。

(……え? いまの、何?)

呆然とする太原の頭の中で、違和感が急速に膨れ上がる。先ほど自分からポイントを奪っていった相手の踏み込みが、驚くほど「遅く」見えたのだ。太刀の軌道もヘロヘロで、まるでスローモーションのようだった。

それもそのはずだった。太原はこれまで、元プロ・桐生の地獄メニューに耐え、エース羽美の神速の抜刀や、野生の怪物である高知たちの超高速スパーを毎日至近距離で見続けてきたのだ。知らぬ間に、彼女の目はそのスピードに適応していた。

「な、なんだ……全然怖くないじゃん!」

一瞬で平静を取り戻した太原は、水を得た魚のように躍動した。相手の遅すぎる刃を軽々といなし、泥臭くも正確な刃筋で次々とセンサーを射抜いていく。ガツン、シャキィィィン! と電子音がアリーナに響き渡る。太原は危なげない試合運びで、そのまま怒濤の3人抜き(三連勝)を果たしてみせた。

「やったぁぁ! 3人抜いた! 私、3人も倒したよ!」

ベンチへ戻ってきた太原は、ぴょんぴょんと跳ねて大はしゃぎだ。手永や九十歩も「太原、すげえ!」とハイタッチで迎える。

桐生コーチの言う通り、自分たちの牙は確実にプロの領域へ近づいていた。しかし、相手の4人目——副将の三年生、樋村ひむらがオクタゴンに上がった瞬間、劇的に空気が変わった。樋村は恵まれた大きな体躯を型落ちのサイバー防具に包み、ゆっくりとした足取りで位置についた。その佇まいには、派手さはないが、どっしりとした大樹のような安定感があった。

「始め!」太原は三連勝の勢いのまま、積極的に間合いを詰めて攻め立てた。だが、樋村の守りは文字通りの「鉄壁」だった。大きな体躯を活かした最小限の体さばきで、太原の放つ泥臭い連撃をすべて刀の物打ち(先端部分)で完璧に弾き返してくる。AI判定の隙を与えない、公立校の三年生が泥をすすりながら磨き上げてきた、老獪な防御技術。

どれだけ手数を繰り出しても有効ポイントが取れず、一年生の太原の心に焦りが生じた。その一瞬の隙を、樋村は見逃さなかった。大きく踏み込む太原の体勢が崩れた刹那、樋村の重い一撃が、太原の胴のセンサーを正確に捉えた。

シャキィィィン!!「有効打突!」

さらに焦る太原の頭部へと、樋村の冷徹な一振りがもう1ポイントを積み重ねていく。10点減点方式のゲージがじわじわと削られ、無情にもタイムアップ のブザーが鳴り響いた。

完璧な一本(即死判定)こそ免れたものの、手堅く有効打突を重ねた樋村のその2ポイント差が、決定的な決勝点となった。

「すいません……焦っちゃいました」面を外した太原が、悔しそうにベンチへ戻ってくる。

「いや、上出来だ。敵は俺が取る」次鋒の九十歩が、静かに闘志を燃やして立ち上がった。長刀の柄を握り締め、巴との朝練で培ったあの『振り返し』のイメージを脳内に叩き込む。

しかし、オクタゴンへ向かおうとする九十歩の後ろでは、すでに緊張感の欠片もない歓声が上がっていた。「負けちゃったのは悔しいけど! 公式戦で3連勝だよ!? うちら、いけるじゃん!」

「あいり、マジでカッコよかった!」負けたことよりも、初めての公式戦で三連勝できたという純粋な喜びに、一年生の太原やサポートに回っている帆南たちは抱き合ってはしゃぎ倒していた。三年生の先輩たちもその健闘を温かく称えている。

「おい、九十歩がこれから戦うんだぞ……」という手永の苦笑いを余所に、星ヶ丘のベンチは初勝利の興奮で完全に沸き立っている。九十歩はフッと小さく息を吐くと、その賑やかな声を背中に受けながら、覚悟を決めた瞳で決戦のオクタゴンへと一歩を踏み出すのだった。

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