第十話:赤き斜線(アカテン)
インターハイ県予選が目前に迫る中、星ヶ丘高校サムライ部の面々の前に、プロのオクタゴンよりも冷徹な現代社会のシステムが立ち塞がっていた。
一学期中間テストの足音が近づき、九十歩たちの勉強への熱が一気に引き上がる。赤点を取れば公式戦の出場資格を失うという厳しいルールがあるためだ。
「ともえ、この数式の展開はね——」
「う、うぐぐ……アユト、数字がゲシュタルト崩壊してきた……」
朝練の直後、体育館の片隅で、巴は九十歩に泣きつきながら因数分解のプリントと格闘していた。彼女の規格外 の 身体能力も、数学の数式を前にしては形無しだった。他の部員たちも危機感を募らせ、部活動はそこそこに、放課後は自宅へ直行して机に向かって勉強に励むようになる。——ただし、例外の3人を除いて。
「ふんぬっ……! あともう一文字、英語が脳に入れば……ああっ、脳のメモリがショートした! 素振りしてくる!」
「……文字、動く。読めない。走る」
「刀を振っている時の方が脳が活性化する気がする!」
エースの羽美、野生児の高知、そして模倣の天才である萌香の3人だけは、教科書を開いて三分で限界を迎えていた。彼女たちは早々にペンを投げ捨て、自宅や道場で自主練と肉体鍛錬に没頭し、ひたすらに汗を流し続けた。
BUSHIDO FIGHTリーグの運営システムは、学校の成績管理システムと非情に直結している。そして迎えた運命の中間テスト。サムライ部の面々、あるいは弓道部の中原巴は、それぞれの意地を賭けて解答用紙という名の戦場に立ち向かった。
九十歩の献身的な指導の甲斐もあり、巴はギリギリのところでアユト先生との約束を果たし、九十歩と手永の二年生コンビも無事に基準点をクリアする。しかし、現実の採点システムは残酷だった。テスト返却の日、部室のタブレットに表示されたBUSHIDO公式の登録選手ステータスを見て、データオタクの帆南が絶望の悲鳴を上げた。
「う、嘘でしょ……!? 羽美先輩、高知くん、萌香ちゃん、3人とも赤点によるロックがかかってます! 予選初日の午前中、全員『強制追試』です!」
ただ無慈悲に、三人の名前に「ロック中」という赤き斜線のようなアラートが灯っているだけだった。BUSHIDOの運営システムは非情だ。追試をクリアしてシステムに合格データが同期されるまで、3人のサイバー防具のシステムロックは絶対に解除されない。そして、無情にもインターハイ県予選の当日がやってきた。大会初日の午前中は、個人戦のトーナメントが割り振られていた。星ヶ丘からは、亘理羽美と五代部長の2名がエントリーしている。
今年のインターハイ県予選、初日の午前中に配置された個人戦のトーナメントには、各校から選び抜かれた精鋭、総勢243人の猛者たちがその名を連ね、高台の本物オクタゴンを目指してしのぎを削る。星ヶ丘からは、亘理羽美と五代部長の2名がその巨大な山へとエントリーしていた。
そして団体戦の出場校は全部で30校。
トーナメント表の両翼には、前年優勝の冨里川高校と、準優勝の金城高校がそれぞれ絶対的なシード校として君臨している。星ヶ丘高校サムライ部がプロのオクタゴンへ辿り着くためには、この厚く高い壁をすべてぶち破らなければならなかった。
配布されたパンフレットの予定表を睨む。総勢243人の猛者がしのぎを削る「個人戦」は大会初日の午前に「1回戦・前半」が、そして翌日二日目の午前に「1回戦・後半」がそれぞれ配置されていた。星ヶ丘から個人戦へとエントリーしている亘理羽美と五代部長の2名は、この二日目の後半戦の組み合わせに組み込まれている。
いよいよ、4面展開で一斉に幕を開ける「団体戦一回戦」の制限時間がやってきた。
星ヶ丘が事前に登録していた団体戦の本エントリーは、先鋒・萌香、次鋒・九十歩、中堅・手永、副将・高知、大将・羽美の5名。そして補欠に一年の太原と副部長今井という布陣だった。
まだ追試組の合格データは一つもシステムに同期されていない。一回戦の制限時間が刻々と迫る中、高知と萌香、そして自分の未来の個人戦の行方に焦る羽美の3人は、今も学校の補習室で必死に再テストの用紙にペンを走らせているはずだった。
羽美が明日の個人戦のオクタゴンに立つためには、今日の追試をすべてパスして、今夜のうちに合格データを同期させるしかなかった。だが、それ以上に猶予がないのは団体戦だ。明日の心配をしている余裕は一秒もない。
ベンチに残されたメンバーは、急遽補欠から繰り上がることになった一年の太原、そして副部長の今井を含めた代行者たち。主力を欠いたまま、まずはこの初日の一回戦を生き残らなければ明日はない。残された代行者たちは、星ヶ丘のプライドを胸に、いま静かに決戦のオクタゴンへと足を踏み込むのだった。
初戦、星ヶ丘の前に立ったのは、初対戦となる八巻高校だった。相手の登録スタッツを見ても、二刀流や長刀といった変則的な武器を選択している選手は一人もいない。全員が標準的な『一刀・ノーマル型』を選択した、いわゆるオーソドックスなチームだった。
だが、そんな相手を前にして、星ヶ丘のベンチは異様な空気に包まれていた。




