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蠱惑の檻

読んで頂き、ありがとうございます。

新キャラ登場です。また近い内に登場人物ページを編集します。

結局、詩音と皐月の快復まで3週間かかった。

紗蘭の部屋の前で起きた、詩音の精神汚染騒動が原因である。


詩音は定期的にミクマの術を受けることになり、精神が安定するのに時間を要した。怪我は予定していた期間より早く治ったが、精神はまだ不安定なところが大きい。つまりは、爆弾を抱えている状態と言って差し支えない。

皐月の怪我も、詩音を拘束した時に無理が祟ったのか、せっかく閉じかけていた傷口が開いてしまったのである。あの後、再び意識を失った皐月に、紗蘭が慌てて治癒術をかけたが、特に胸の穴が簡単には塞がらなかった。結局、竜の子たちと紗蘭の連携で日々治療をし、持ち直したのである。


その間の任務は、全て桔梗と紗蘭でこなした。

紗蘭は最初、やはり暴走のトラウマと戦う方が主だった。だが、桔梗が魔力の使い方の特訓に付き合ってくれ、少しはその術を身に着けられた。特訓の成果が大きかったのか、この期間暴走することは一度も無かった。

怪我こそ多かったものの、3件あった任務のうち、1件封印に成功したと聞かされたミクマは、たいそう2人の成長を喜んだ。


封印された魔憑きは、神社の本部――大神殿に送られるのが習わしだ。

今日は、魔憑きの引き渡し日であり、詩音と皐月の復帰の日でもあった。


「……では、確かに」


本部から遣わされた神の使いは、平安時代を思わせる豪華な車で、雅楽を打ち鳴らしながらやって来た。

見るなり、おとぎ話?と思わず紗蘭が口に出してしまうが、神の使いは言われ慣れているようで、淡々と業務をこなしていた。


「よろしくお願いします」


ミクマが言うと、神の使いは何も言わず、再び雅楽を打ち鳴らしながら天に昇っていった。


「いや、かぐや姫のお迎えすぎない?」


我慢できずに紗蘭が尋ねる。すると、桔梗が吹き出してしまった。


「お前な!こっちは我慢してたのに……!」

「だって!モロじゃないの!雅楽まで出されたら役満でしょ!?」

「じゃあ不死の霊薬貰って富士山に捨てないと」

「詩音!お前まで!」


しれっと混ざる詩音に突っ込む桔梗。

日本と縁がない皐月は、首をかしげる。


「ミクマ様、わかります?」

「日本最古の物語の話だね。書庫に現代語訳版があるから、皐月もそのうち読んでみなさいね」


この日本オタクの神、ちゃっかり所蔵していたか。

皐月は苦笑いするしかできなかった。





「さてと」


本部の使いを見送り、朝餉をとった後のことだった。


「2人は復帰早々で悪いんだけど、次の任務の知らせが来てるよ」


ミクマはそう言うと、桔梗が苦い顔をする。


「けっこうハイペースで任務来てねぇか?流石に疲れが溜まってきた……」


桔梗が肩を回す。周りに聞こえる位、ゴキゴキと鳴った。


「霊体にも肩こりや疲れなんてあるんだ……」


意外そうに呟く紗蘭。「あるわ」と苦い顔をする桔梗。


「ごめんね。本当は休みをあげたいんだけど、人手不足がねぇ……」

「令和の就職事情みたいですね……」


ミクマのため息に、詩音が突っ込む。


「で、どんな任務なんですか?」


紗蘭が尋ねると、ミクマの顔が真剣になる。


「今度は明治・大正時代っぽい世界なんだけどね。とある遊郭で行方不明事件が連発しているらしいんだ」

「鬼◯の刃すぎませんか」


再び詩音が突っ込む。

紗蘭は確かに、と頷いたが、桔梗は首をかしげていた。どうやら彼とは世代が違うようだ。


「私も最初聞いた時そう思ったよ。でもね、色々相違点はある」

「例えば?」

「行方不明になるのは男ばかり。しかも……」

「しかも?」

「後々、必ず見つかるんだ。生きた状態で」


……。

それは、行方不明とは言わないのでは?


「神隠しじゃねえか」


と、桔梗が訂正した。


「神じゃなくて魔憑きの仕業だからねぇ。それに、この見つかった男性たち、みんな様子がおかしいんだって」

「というと?」


皐月が尋ねると、ミクマは右手の指を2本出す。


「2パターンある。廃人化するか、極端に女性に忠実な男が出来上がってるか」

「……洗脳、か」


ぽつりと、詩音が呟いた。

場の空気が、一瞬だけ静まる。


「おい」


桔梗が眉をひそめる。


「今の話で、その単語出すか普通」

「可能性の話だ」


詩音は淡々と返すが、その声には僅かな硬さがあった。


「意思の改変、あるいは依存の強制。精神干渉系の能力と考えるのが自然だろう」

「……詩音ちゃん」


皐月が、少しだけ真面目な声で呼ぶ。


「大丈夫?」

「……問題ない」


そうは言うが、ほんの一瞬視線が揺れたのを、桔梗は見逃さなかった。


(また……)


胸の奥がざわつく。

あの時と同じだ。 何かが混じる前触れ。


「で?」


皐月が空気を切り替えるように、パンと手を打つ。


「要するに、その遊郭にいる魔憑きが元凶なんですよね?」

「おそらくね」


ミクマは頷く。


「だから、それこそ漫画じゃないけどさ。遊郭に潜入してほしいんだよね」

「潜入、ねぇ……」


また難しいことをさらっと言う……。

桔梗は顔をしかめた。


「遊郭って、遊女以外の女人は禁制なんじゃなかったっけ」


と、紗蘭が呟く。


「私、舞も三味線もできないよ?」

「奇遇だな、私もだ。というか今の時世でできる方が希少だろ」


同意しつつも突っ込みを忘れない詩音。


「じゃあ、みんな客側ってことだね」

「囮捜査かよ」


皐月は意気揚々と言うが、桔梗は全く乗り気ではない。


「でも、どうやって?」


と、紗蘭が問う。

すると、ミクマがニヤリと笑った。


「紗蘭ちゃん、詩音ちゃん」


ちょいちょい、と手招きする。

2人はミクマに近寄る。すると……。


「えい!」


ミクマが何かの術をかける。

2人は煙に包まれた。


「きゃっ!?」

「何……!?」


ごほごほ、と2人の咳き込む声がした。

煙が晴れると、そこには――。


細身の黒い長髪の美丈夫と、茶髪の美男子がいた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


突然のことで、桔梗が素っ頓狂な声を上げる。


「え、え?詩音ちゃんと紗蘭ちゃん?」


皐月が男2人を指差して問う。


「嫌ーーーっ!?ある!ない!」

「…………うわ」


2人は話を聞いておらず、胸と股に手を当て、その感触に片方は悲鳴をあげ、片方はドン引きしていた。


「ということで、紗蘭ちゃん、詩音ちゃん」


全く意に介していないミクマは、術で何錠かカプセルを作ると、袋に詰めて2人に手渡した。


「これ、男体化の薬ね。24時間効能だから、バレないように飲んでね」

「えぇ…………」

「……………………」


2人はあからさまに嫌そうだった。


「いや待て待て待て!!」


桔梗が頭を抱える。


「なんでそうなる!?」

「潜入って言ったでしょ?」

「だからって性別変える必要あるか!?」

「あるよ?」


ミクマはあっさり言い切った。


「今回の相手、男を狙うタイプみたいだからね。女のまま入るより、男として潜った方が接触しやすいでしょ?」

「理屈はわかるけどな……」


桔梗はじとっと2人を見る。


「……似合いすぎだろ」

「やめろ」


詩音が即座に否定する。


「なんで俺より美形になるんだよお前!?」

「ばっ……知るか!」


美形と言われた詩音は少し照れていた。

一方で。


「ちょ、ちょっと待って……これ、声も変わってる……?」


紗蘭が自分の喉を押さえる。


「変えてるよ〜。ついでに体格も少し盛ってるよ」

「盛るって何!?」

「ほら、遊郭で舐められないようにね」


色んな意味でね、とウインクするミクマ。


「そんなぁ……」


紗蘭はへなへなと崩れ落ちた。

そこに、詩音が咳払いをする。


「……で、敵の情報とかないんですか」


ミクマの表情が、わずかに引き締まった。


「あるよ」


全員の背筋が伸びる。


「魔憑きのいるであろう遊郭まで絞り込んである。復帰にはまずライトな任務じゃないかな」

「場所が分かってるのはうれしいんですけど、戦い前提の任務をライトとは言わないんですよねぇ」


呆れた皐月がそう言うと、ごめんごめん、とミクマが笑う。


「でも、ここまでお膳立てされて手をこまねく君たちじゃない。でしょ?」


……分かってらっしゃる。

むしろ詩音は皆に迷惑をかけた分、やる気だった。


刹那。

また右手が無意識にびくりと動いた。


「わっ!詩音先輩、大丈夫ですか?」


紗蘭が心配そうに詩音の右手をさする。


「……問題ない」


そう言って、詩音は小さく息を吐いた。


(嘘つけ)


絶対大丈夫じゃねぇだろ。

その言葉を呑み込み、桔梗は心の中で舌打ちをした。






鳥居を潜ると、朝だった風景がいきなり夜に変わる。

街中に掲げられた行灯、姦しい女の声、酔って大声で叫ぶ男の声。


「そこのあんた!寄っていきな!」

「今日はこの子がいいよぉ。ほら、こっちさね」


客引きが男どもをぐいぐいと引っ張る様は、思っていた遊郭と少し違うようだ。現世のぼったくりバーを想起させる。


だが、今回4人の目的地は決まっていた。だからこそ、そういった強引な勧誘には目もくれなかった。


ミクマがいつの間にか揃えていた男物の書生服に着替えた紗蘭は、物珍しそうにあちこち見回す。


「不夜城とはよく言ったものだ」


同じくミクマの用意した軍服に着替えた詩音。腰に下げた刀の重さに少々バランスをとられながらも、こちらは余所見をしない。


「紗蘭……くん、おのぼりさんみたいだよ」


紗蘭ちゃん、と呼びかけて踏みとどまる皐月。

みんなぎくしゃくしている。

そんな様子を、桔梗は斜に構えて見ていた。滑稽すぎるだろう、と。


「お前ら、そんな調子で大丈夫かよ?」


皮肉めいた言い方をする桔梗に、紗蘭はむっとする。


「何よ。やるときはちゃんとやるんだから」

「その姿で女言葉使うな。背筋がゾッとする」

「うっ……」


紗蘭は口を押さえる。


「……気をつけ、る、よ」


ぎこちない言い方に、皐月がくすりと笑った。


「ボクも気をつけるけど……一番大変そうなの、紗蘭くんだねぇ」


少し慣れたようで、もう適応している皐月。

羨ましいとばかりに、紗蘭が睨む。


その時だった。


「なあ、そこ」


詩音が指さした先。

『紅葉館』。

今回の目的地だった。


その店先には、他の店とは明らかに違い、男が大勢群がっている。


「綾芽を!綾芽を出せ!!」

「俺だって今日こそは綾芽がいい!」

「どけ!俺の番だ!!」


男たちは1人の遊女を取り合っている様子だった。

だが。


「今日は先約がありんす。ごめんなんしね」


妖艶な声がしたかと思うと、男たちはさぁっと道を開いた。

そして、その先にいた4人――詩音たちを見ると、くすりと妖しく笑った。


「いらっしゃい。待ってやしたよ」


直感で、こいつだと分かった。

コイツが、今回の魔憑き。確か名前を、綾芽といったか。

自分たちが来るのを、待ち構えていた。

4人は一斉に警戒態勢をとる。


「そんなに怖い顔をしねえでおくんなんし」


綾芽はくすりと笑う。


「せっかく来てくれたお客でござんすから。もてなさねえといけんせんよ、ねぇ?」


その声は柔らかいのに、妙に耳に残る。


「……お前の客になるつもりはない」


詩音が一歩前に出る。


「あんたがここで何してるか、全部」

「知ってやすえ」


言葉を遮られた。

一瞬、空気が凍る。


「主さん達、神様のところの犬でありんしょう?」

「……」

「ふふ、可愛い顔をして、ぶっそうなことをしんすねぇ」


綾芽は詩音を上から下まで眺める。

その視線に、わずかな粘り気があった。


「うもう化けたつもりかもしれんせんが、女が滲み出てやすよ。そっちの坊っちゃんも」

「……!」


紗蘭と詩音は目を見開く。

バレている。


「そんなに警戒しなくても良いではありんせんか」


狐のような笑みを浮かべたまま、綾芽は桔梗の目の前に立つ。

とん、と。

指先で、桔梗の胸元を軽く叩く。


「男なんて」


ふっと、吐息混じりに。


「綺麗なものに弱いのでありんすから」

「…………」


その言葉に。

桔梗の視線が、一瞬だけ止まる。


「おい、桔梗」


詩音が低く呼ぶ。


「……あ?なんだよ」


普通だ。

普通、だが……。

ほんの僅かに、反応が遅い。


(今の……)


紗蘭は、ぞくりとした。

ただの言葉じゃない。 さっきの中に、キーワードがあった。


(あれ、ダメなやつだ)


直感だった。


「……みんな、あまり聞かない方がいい」


紗蘭は小声で皆に言う。


「言葉に何かある」

「へぇ?」


綾芽が楽しそうに目を細める。


「よい勘をしてやすねぇ」


くすくす、と綾芽が笑うが、4人は警戒を崩さない。


「でも」


彼女は肩をすくめて言った。


「もう手遅れかもしれんせんよ?」

「なに?」

「さっき、聞いちまったのでありんしょう?」


睨む桔梗をよそに、綾芽は耳元でそっと囁いた。


「『綺麗』って」


その瞬間、桔梗は大きく距離をとった。


「はっ。そんなもんでどうにかなるかよ」


だが、手が小刻みに震えている。

刀の鍔がカチカチと音を立てる。


「可愛らしゅうござりんす。なら、もう一度言ってあげんしょうか?」

「……やめろ」



「綺麗」




どくん。

桔梗の鼓動が、大きく脈打った。


「……うるせぇ」


吐き捨てるように言う桔梗。


だが、その視線は――

一瞬だけ、綾芽から逸らせなかった。


(……なんだ今の)


自分でも分かる。

見たくないのに、見てしまう。


「……桔梗、下がれ」


詩音が低く言う。


「そんな怖い顔をせんでも」


綾芽はくるりと背を向けた。


「どうせ、わっちに用があって来たんでありんしょう?」


細い指が、店の奥を指す。


「中で話しんしょうや」


綾芽の言葉に、詩音は動かない。


「断る」


即答。

空気が一瞬、張り詰める。


「……あら、つれない」


綾芽は小さく肩をすくめた。


「なら――」


ぱちん、と指を鳴らす。

次の瞬間。

周囲にいた男たちが、一斉に動いた。


「おい……!?」

「なっ……」


無言のまま、掴まれる腕。

異様だった。

目の焦点が合っていない。

それでも、力だけは異様に強い。


「離せ!!」


桔梗が振り払おうとする。

だが。

一瞬、動きが鈍る。


「……っ、くそ……!」


(なんでだ)


さっきの言葉が、頭に残っている。


「大丈夫でありんすよ」


綾芽が、優しく言う。


「すぐ、楽にしてあげんすから」


そのまま、4人は引きずり込まれる。

紅葉館の奥へ。

襖が、音もなく閉じた。


そして。


気づいた時には――


「……ここ、は……?」


それぞれ、別の部屋にいた。

畳の匂いが、やけに濃い。加えて、香水だろうか。甘ったるい匂いが、辺りに充満していた。

気がついた時、桔梗は一人だった。


「……は?」


さっきまで、確かに全員でいたはずだ。

詩音も、紗蘭も、皐月も――。


「チッ、やられた……」


舌打ちしながら立ち上がる。


襖に手をかける。

開けようとして――止まった。


(……静かすぎる)


外の喧騒が、一切聞こえない。

まるで、この部屋だけ切り離されたみたいだ。


「……くだらねぇ細工しやがって」


乱暴に襖を開ける。

だが。

その先にも、同じ部屋が広がっていた。


「は?」


一歩、踏み出す。

畳。机。行灯。


全部、同じ。

まさか、と思って振り返る。

さっきまでいた部屋が、そのままそこにある。


「……迷路かよ」


苛立ち混じりに吐き捨てた、その時。


「迷っているのでありんすか?」


艷やかな声が、すぐ後ろから飛んでくる。

桔梗は反射的に振り返る。


「……っ」


そこにいたのは、綾芽だった。


「……気配、なかったぞ」

「そりゃあそうでありんす」


くすり、と笑う。


「ここは、わっちの中でありんすから」


意味が分からない。

だが、嫌な予感だけはする。


「……仲間はどこだ」

「さてねぇ」


綾芽は首を傾げる。明らかに嘘をついている目だった。


「それより」


モデルのような動きで、一歩、また一歩と近づく。


「怖くはありんせんか?」

「は?」


思わず、眉をひそめる。


「一人で、知らない場所に閉じ込められて」


す、と手が伸びる。

頬に触れ――


「触んな」


桔梗が払い落とした。

ぱしん、と乾いた音が鳴る。

だが、綾芽は怒らない。

むしろ、楽しそうに目を細めた。


「強いんでありんすねぇ」


その一言。


どくん。


心臓が、妙に大きく鳴った。


「……あ?」


今のは、なんだ。

ただの言葉だろ。

なのに。


「そうやって、突っぱねて」


綾芽は、さらに一歩距離を詰める。


「誰にも頼らず、一人で戦って」


顔が、近い。

息がかかる距離。


「ずっと、そうしてきたんでありんしょう?」

「……」


言葉が、詰まる。

図星だった。


「偉うござりんすね」


どくん。


まただ。


「頑張ってやす」


どくん、どくん。


「誰よりも」


やめろ。


「強くて、綺麗で」


「……っ、やめろっつってんだろ!!」


思わず、怒鳴った。

刀を抜く。

切っ先を、綾芽の喉元に突きつける。


「それ以上喋んな」

「おや」


くすり、と笑う。


「怒っている顔も、素敵でありんすよ?」


どくん。


手が、震える。


「……くそ……」


分かってる。

これが、能力だ。

言葉に、何かがある。

だから。


「……聞かなきゃ、いいだけだろ」


そうだ。

耳を塞げばいい。

視線を逸らせばいい。

そうすれば。


「無理でありんすよ」


ぴたりと。


その考えを読んだように、綾芽が言う。


「だって、もう」


す、と指が伸びる。

今度は、頬ではなく。

胸元。

心臓の上を、軽く叩く。

とん、と。


「ここはわっちのもの」


どくん。


「……っ」


息が、詰まる。


「さっきから、よく鳴ってるでありんしょう?」


綾芽が耳元で囁く。


「嬉しいんでありんすよね?」

「違ぇよ……!」


否定する。

だが、鼓動は止まらない。


「認めちまえば、楽でありんすよ」


甘ったるい声。


「綺麗だって」

「強いって」

「特別だって」

「……っ、違う……!」


違う。

そんなの、どうでもいい。

俺は――


「どうでもよく、ありんせんよ」


言葉を、切られる。


「だって、ほしゅうござりんしたのでありんしょう?」


――やめろ。


「誰かに認められる言葉」


「……っ……」


声が、出ない。


「褒められる言葉」


「……」


「見てほしかった」


「……ぁ……」


膝が、わずかに揺れる。


「全部、わっちがあげんす」


優しく、抱き寄せられる。

抵抗しようとして――

動けなかった。


「だから」


耳元で。

吐息混じりに。


「もう、いいでありんすよ」


どくん。


「抗わなくて」


刀が、畳に落ちた。

からん、と音を立てる。


「……あ……」


視界が、ぼやける。


「いい子」


頭を撫でられる。

その感触が――

やけに、心地よかった。


(……ああ)


思考が、鈍る。


(楽だ)


何も考えなくていい。

何も抗わなくていい。

ただ――


「……必要、って」


自分の口が、勝手に動いた。


「……俺は、必要、なんだ」


その瞬間。

思考が闇に堕ちた。

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